【完結】慰霊の旅路~修業編~

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旭川ダム(岡山・岡山市)

公開日時: 2021年11月16日(火) 23:57
文字数:6,554

ラーメン屋でのランチを食べ終えて満腹になった一同は、次の目的地である旭川ダムに向けて出発をし始めた。そして、早道のルートでまたしても侑斗にとっては「狭過ぎる!」と苦言を言いたくなるような難所を潜り抜けて1時間9分が経過した14時10分頃には旭川ダムに到着をすることが出来た。


トンネルを抜けた先にあった駐車場でバイクと車を停車させてから、ダム湖の湖畔にあるダム工事で殉職された方を弔うための慰霊碑に先ずは深々とお辞儀をしたうえで両手で拝み始めたところで、日向と勝本から侑斗に旭川ダムに纏わる心霊現象について説明を行うことにした。


まずは日向から知っている限りでの情報を侑斗に話し始めた。


「旭川ダムは釣りスポットとしても知られているのと同時に心霊スポットとしても非常に有名なところなの。先程拝んだ場所は、ダム工事に携わった30名の工事関係者の殉職者を出したことから、鎮魂の意も込めて後々慰霊碑が建立された。有名な怪談話があって、それは家族4人が乗った乗用車がダムに転落し一家全員が死亡したという痛ましい事故があったと言われている。それからは、誰もいないはずなのに男性の声がして「おい!おい!」と呼ばれたり、車の窓ガラスをコンコンと叩いてくる心霊現象が起きたとされている。その他にも、男性の霊が隣に現れる、黒い靄のようなもので現れたりするなどの体験談や目撃情報がある。」


日向が一般的に伝わっている心霊現象のほかにも怪談話があると話し、そのことについても侑斗に説明をし始めた。


「ある人、ここではA君としようか。A君が友人の部屋で飲んでいたところ、旭川ダムに纏わる怪談話がはじまったそうだが、その際にA君が体験した出来事を語り始めた。旭川ダムは釣りで有名なスポットとしても知られ、A君はバイト先の従業員の誘いを受ける形で旭川ダムに行ってきた。A君はダム湖での釣りもボートに乗るのも初めての経験だったが、ボートに波が当たる音が思ったよりもすることを初めて体感したが釣りでの成績はいまいちだったそうだったが、A君にとっては初めての体験を色々と味わうことが出来て大満足の一日になったという。『おい!大丈夫か!』と一緒にいた従業員がそろそろ帰る時間になったところで、A君に対して呼びかけたところ、初めての体験がどれだけ嬉しかったのかと語ろうとしたところ、突如肩を掴まれて名前を大声で呼ばれ何が何だか理解が出来ずにいたA君は車を停めた場所まで歩き始めていたはずだったのだがいつの間にやら車のところまで来ていた。どうやら、A君は自分自身と会話をしながら歩いていたある人がこけたと思ったら何事もないように会話を続け乍ら起き上がりA君を連れてきた従業員が驚きながら様子を伺うとA君は隣に誰かがいるかのように話しながら歩いていたという。そのことを、後にA君に説明をしたのだが、A君はそのことについては全く記憶に残っておらず、ただ手の平には小さな擦り傷がいつの間にかできていたことに気付き、A君が意識のないままの状態で歩いていたのではないかという。嬉しすぎて興奮してしまった挙句意識が飛んでしまったとバイト先でからかわれたそうだが、流石に恥ずかしい思いから今まで知られたくないとA君は思っていたのだが、A君が熱く語り合った相手が幽霊だったかもしれないと考えると急に不安になったそうだ。その場の軽いノリの気持ちで怪談話をしたのだが、本当に起こりえた心霊体験を聞いて戸惑いを隠せられずにはいられなかったという話がある。」


日向が話し終えたタイミングを見計らい、勝本が続けて説明を行った。


「先程のダム工事に携わった30名の工事関係者の尊い命が失われたことに付け加えて事故がいつ起きたのかは定かではないが家族を乗せた4人乗りの乗用車がダムに落下して一家全員が亡くなったという話もあるため、共通して言えることは男性に呼び止められたり、或いは窓ガラスをコンコンと叩かれるといった情報が主にあげられている。今回はバイクなどは一切使わずに歩いて霊視検証を行うつもりだが、その他にも旭川ダムに纏わる興味深い話があるんだ。それは自殺を図る人も多かれ少なかれいるのではないかという説があるんだ。とりわけ、昼間の明るい人目にも付きやすい今のこの時間帯ならその可能性は無いだろうが、夜になれば人気は無くなり、たとえ飛び込もうとしようとしても誰も止めることが出来ない状況なども考えると、自殺しやすい環境は揃っている。そこで今回の課題は、一連の心霊現象は果たして殉職しした工事関係者の哀しき御霊が招いたものなのか、はたまた事故を起こした一家の主が死んでもなお助けを求めて通りすがる人を見つけては救済を求めているのか、そして自殺者の御霊なのかどうか、いずれの可能性も視野に入れて検証を行ってほしい。」


二人の話をじっくりと聞いた侑斗は「わかりました。過去に何が起きたのかも含めて透視も交えながら検証しましょう。」と答えてから、ダムを一望することが出来る橋の上のところへゆっくりとした歩調で移動すると、そこで深く深呼吸を行ってから軽く腕を伸ばしてストレッチを行うと、暫くして霊視検証を行い始めた。


そんな侑斗の様子を後ろから勝本と日向が注意深くチェックを行う。


侑斗は周りにいる観光のお客さんにも気を遣いながら、検証をし始めること、15分ほどが経過して、背後で見守る勝本に侑斗から声を掛け始めた。


「あの、勝本さん。僕の判断で”危険だ”と判断していいのかどうなのか迷ってしまうことがあって、勝本さんにも見て頂きたいんです。」


侑斗が真剣な表情で勝本に相談すると、勝本は「わかった。俺と日向、3人で検証を行うことにしようか。」と切り出すと、侑斗は安堵したのか「ありがとうございます。これは僕の中では謎が多い案件の一つになりました。」と答えると、日向は「謎が多い案件って一体どういう事?」と訊ねると、侑斗は「何て言いますかね。僕も色々な心霊スポットを見てきましたが、ここまで色々な事情が絡み合っているようなところが初めてで、ベテランの御二方に見て頂いたほうが確実かなと思いましてそれで僕は勝本さんに相談したんです。」と答えると、勝本と日向が霊視検証をその場で行い始めることにした。


検証を行い10分が経った頃だった。


二人が侑斗の前まで戻ってくるとやはり考え方は同じだった。


日向が「確かに事故で殉職死されたであろう作業員の男性の姿も見受けられた、だけど同時に欄干から身を乗り出し投身自殺を図った方も複数名見受けられた。これは何が元凶なのかとなると、工事の最中にお亡くなりになられた方が禍を起こした可能性も捨てきれない所ではあるが、慰霊碑は昭和29年(1954年)の11月20日に建てられたものだが、卒塔婆で手厚く供養されているところから見ても、未だに工事中だと思って死んでもなお働き続けている様子などは見受けられず、今は完成したこの地を誇らしげに見守っている、自然と一体化しているあたりから、生者に禍を齎す可能性は無い。だとしたら投身自殺を図った自殺者か、いやそれにしてもどうなんだろう。」


日向がどう答えるべきなのか頭を抱えて悩み始めたところで、勝本が自分なりの結論を語り始めた。


「恐らくだが、この旭川ダムには死と直結する要素が複数存在しているから、より何が原因で起きたのかが特定しにくい状態になっている。工事に携わり殉職死された作業員の男性も見受けられたが、完全な成仏霊であり恐らくは浮遊霊だろう。この世に未練がない以上、生きている者を闇の世界へと引きずり込むようなパワーなどは存在しない。つまり、心霊現象として報告されている男の声やドアの窓をノックするような音は作業員の御霊によるものではない。あの慰霊碑から察してみても、きちんと綺麗な卒塔婆があるし、大切に大切にこの地で今も供養されているのだから、恨めしい気持ちはないに等しいだろう。そして投身自殺を図った方達も、俺が見る・・・。」


勝本が自分なりの見解を言おうとした際に、侑斗が遮るような形で語り始めた。


「この地で投身自殺を図りお亡くなりになられたのは推定ですが、30人には達していない。大よそ20人いや、それ以下かもしれない。ただ、名所と言えるほどの自殺者の数ではないので、この地で最期を遂げた御霊達で集合し合うような形で生者を引きずり込むほどの力は存在しないと思われます。ダム湖を見て思いました。水面にポツンと物寂しい表情で浮かぶ40代らしき男性の姿が見受けられました。だけど自らの愚行に対して深く反省の意があるから男性は僕が見て気づいたと分かるとスッと消えた。それ以外にも30代らしき女性の霊なども見受けられたが、いずれも”この世に対して憎悪の念が全くない”御霊達ばかりだった。そして心霊現象の原因の一つとして言われている一家を乗せた乗用車がダムに転落したことについても、疑って食ってかかったほうがいいと思います。仮にもしそれがあったとしたら、今伝わっている心霊現象の内容では、運転操作ミスによる単独事故の可能性があり得ますが、恐らく運転していたのがお父さんで、お父さんの不注意ではなく例えば誰かの過失により巻き込まれたのであれば、お父さんが加害者に対して激しい怨みの念を抱いても不思議ではない。ところがいつの事故なのかが分からないうえに、凄惨な事故であれば時代や出来事なども記録として残っているはずなのにそれすらない。だとしたら、ノックしたり男の声が聞こえるという話の真偽さえも、その正体が掴めないんですよ。」


侑斗が疑問に思うことを語ると、日向も思い思いのことを話し始めた。


「仮にもしこの地で一家全員がお亡くなりになられた痛ましい事故があったとして、でも疑問に残るのはどうしてお父さんがという点ね。自らの運転不注意で家族を死なせてしまったという罪の意識から通りかかった車に対してSOSを発信しているなら、今とこの道路事情が変わっていなければ、こんな真っ直ぐの一直線の道路を街灯が薄暗く見えにくいとしても車のライトでガードレールは反射するから分かるはず。だとしたらハンドル操作ミスをするにしてもその要因が掴めない、ひょっとするとわたしが考えた案のほうがより可能性としてぐっと高くなってきたと思う。」


日向がそう話すと、勝本は「まさかデマですとでもいうのか?」と聞き出すと、日向は「いや、それは違う。」と答えた後に語り始めた。


「事故があったのは間違いないだろうと思われる。ただ記録からも抹消されたのには訳があると推測される。それは今となれば厳罰化され、単独で事故を起こしたとしても厳しく罰則される世の中になったからこそ、同じようなことをすれば死んだ場合であってもたちまち実名はあげられ、書類送検されるだろう。」


日向が話したときに侑斗の中で思わずはっとなって、透視を行った際に浮かんできた頭のイメージ図を語り始めた。


「僕が透視を行ったとき、運転席にお父さん、助手席にお母さん、そして後部座席に子供が二人乗っているのは見えた。恐らく息子さん二人。お母さんや子供達は旅の疲れだろうかついつい眠りながらこの道を通ったのだが、運転しているお父さんも眠気には勝てなかったのかもしれない。その時にかなりハードな運転時間を強いられていたのだろう、睡魔に負け、恐らく事故直前は居眠り運転をした状態で、目の前のガードレールを避け切れずにぶつかったのだろう。だとしたら、この地で伝わる”一家が全員死亡した乗用車による単独事故”も被疑者死亡で書類送検されたとしたら、事故が起きた時代にもよるが内容が内容で大々的に報道するべきものではないだろうと判断される可能性というのも捨てきれない。飲酒運転の可能性も視野に色々と考えたのだが、これは飲酒が原因ではないだろう。仮にそうだったとしても僕が透視を行った際に見た光景は、運転しているお父さんが眠気に耐えられずにずっと我慢をしている様子そのものだった。きっとお父さんは事故を起こし、自らの罪の大きさに耐えられずに、あの地に訪れた車を見かけては声を掛けたり、ドアをノックしていたに違いない。でも今は違う。死んだ直後はかなり混乱していて、何としてでもという思いが強かったのかもしれないが、事故後にきちんと御遺族の方が手厚く供養をしている様子なども見て、男性が死後抱き続けた後悔や無念は時間の経過と共に薄らいでいったに違いない。よってこの地はこの地で最期を遂げた成仏済みの浮遊霊達にとっての楽園とも言うべき場所なのだろうとね。勿論その中に、事故を起こした男性の霊は見受けられるが、ただ家族の姿が何度見まわしてもいなかった。」


侑斗の結論に、日向も同じことを考えていた。


「わたしもそれは思った。ミスを犯したお父さんが出てくるのに、それじゃ被害を受けた側でもあるお母さんやお子さん達が出てこないのは不自然でならない。そこが最大の疑問でもある、どうして出てこないのだろうか。」


考えれば考えるほど答えの出てこないミステリーに深く悩み込んでしまうと、そんな二人の様子を見かねた勝本がある可能性を示唆した。


「車に”おーい”と声をかけたのは、ドアをノックし続ける正体が、ミスを犯したお父さんだと思い込んでいないか?ドアに声をかけたのは子供、ノックは恐らく母親の御霊による可能性は捨てきれない。だとすると、かつてこの地で事故があったという事は恐らくは世間話のような形で広まっていったのがいつしか心霊スポットたるゆえんの一つともなっていく過程において、事故を起こした張本人のお父さんが現れるという話になったのだろう。でも現実は違った。お父さんは罪の意識に苛まれ、この地で確かにずっと彷徨っているのは事実だ。だが今にもダムの湖底へと沈みそうな車体から必死になって救済を求めているお母さんや子供達は、言葉には言い尽くしがたいぐらい必死だったんだ。何しろお父さんは事故を起こした直後に受けたダメージが強く、既に意識を失っていた後だったと推察される。だからお父さんの代わりに皆が必死になって死んだ後もなお、SOSのサインを出し続けていたのかもしれない。俺も当初は殉職死した作業員の可能性も含めて考えたりもしたがやはり事故死した家族の話は仮に噂であっても、こんな話が”心霊現象の真偽”として広く色々な心霊スポット検索サイトに記載されるのにはやはりそれなりの理由があると思った。記録が残されていないだけであって、事故が起こったのは間違いないだろう。」


勝本がある程度の結論をまとめたところで、日向が深く頷くと、侑斗は「そうかもしれません。声変りをした中学生ぐらいの男の子であったとしても”男性の声がして、おーい!おーい!と呼び止められた”と思われても不思議ではないと思います。僕が見たあの光景には小学生ではないだろう、まあ見た感じ変声期が終わって、これからますます成長していくであろう、一番下が中学1年か2年生でお兄ちゃんのほうが推定で恐らく中学3年生か高校1年生ぐらいの男の子のようにも見受けられました。まだまだ命あればやりたいことはあったでしょう。それを考えると切ないですね。」と語ると、ダム湖のほうを見て感慨深くじっと見つめ始めた。


「恐らくこの地で伝わる謎の追求は出来たけど、追求してはいけないものを知ってしまったような気がします。このことはそっと胸の中にしまっておきたいです。」


侑斗が呟くと、日向は「このような場所は全国津々浦々、どこにでもあるのよ。決して知り過ぎて悪い事ではない。知ったことにより、さらにこの事故を報道した記事なども合わせて、事故の真実をより赤裸々にしていったほうが、噂話や都市伝説の一つとも捉えられかねないこの話だって、明るみにすることで考え方が変わってくるいいきっかけになるかもしれない。そう考えたほうがいい。」と助言すると、侑斗は深く考え込んだ末に「わかりました。検討します。」と答えるにとどまった。


駐車スペースにまで戻ってくると、まずはそれぞれの御祓いを済ませてから、次の目的地である倉敷市内の沙美海岸へと向けて出発をした。

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