一同は森のしずく公園を後にすると、急いで秋田県の仙北市内にある田沢湖に向けて走り始めることにした。
烏藤が運転する車内で、ゆっくりとスマートフォンを片手にYahoo!で画像検索した田沢湖の絶景を映した画像を眺める吉原がいた。
「夕暮れの時間になってからの田沢湖ってなかなかの絶景じゃない。これを是非とも見てみたい。」
後部座席に座る吉原が呟くと、隣に座る支倉が語りだした。
「暗くなったら不気味になると思うけど。それに今から田沢湖に向かって走ったら、ルート的に考えたらもう18時は回ってしまうな。まあ夕暮れの時間には間に合うだろうけど、堪能できるのはあっという間になってしまうだろう。」
支倉がそう語ると、烏藤がハンドルを握りながらあることを指摘をした。「まあ真っ暗にならないうちに、長谷川君の思い出作りが出来ればと言いたいところだが、でも暗くなればなるほど心霊現象が果たして真実ならば、夜のほうが霊が現れやすい確率のほうが高い。それだけはなるべく避けたいところだね。肝試しだと思われてはこちらも不名誉だからね。」と語ると、助手席に座る星弥は「まあそうだな。辺りが真っ暗闇になるまでに撤退をしたいところだね。場所的に山もある、水場でもあるから霊の憩いの場になりやすいのは間違いない。調べてみたが自殺した方の霊が出る以上に、反社会勢力(暴力団)が遺体を処分する際に重石を縛りつけた状態で田沢湖に沈めたという話から、男性の霊が出る等の話がある。男性の霊は主に水面に浮かんでいる、背泳ぎをしている等がある。」と語りだすと、烏藤が笑い始めた。
「水面に浮かんでいるという話は考えやすいが、背泳ぎしている男性の霊を見ましたってか。それはなかなか素晴らしい、渾身のネタだ。それは霊でも何でもなく生きている人間だろうな、きっと。人にバレないと思って選んだ時間で黙々と田沢湖で背泳ぎの練習をしていたに違いない。秘密の猛特訓をね。その姿を誰かが見て幽霊だと勘違いされたのだろう。」と語った。
烏藤がそう話すと星弥と支倉は声を大にして爆笑した。
それを聞いた吉原は支倉と星弥のほうを見てこう指摘した。
「支倉と饗庭だって、夜な夜な誰もいないだろうと思った時間に秘密の猛特訓をしていて、それを発見された人から”あっ幽霊だ”と思われているかもしれないよ。」
吉原の話に、星弥と支倉が揃って吉原を睨み始めた。
そして一同が田沢湖に到着したのは既に19時になろうとしており、辺りは次第に暗闇の世界に包まれようとしていた時だった。
「夕暮れの絶景も、ちょっとしか見れなかった。あと何?肝試ししてホテル?それだけは悪いけどわたしは絶対参加しない。」
吉原がそう話すと、芦原が近付き「まあまあ。わたしもいるからね。女同士で、男子たちがどう行動するか、ゆっくりと見てみることにしよう。」と話すと、男子たちの行動を傍らでじっくりと眺めることにした。
行きたかったスポットに訪れることが出来た長谷川は、デジタル一眼レフカメラで幽霊が撮影できそうだと思ったスポットを次から次へと写真撮影をし始めると、その様子を自身のInstagramにも写真のアップロードをし始めるのだった。
長谷川が夢中になって写真撮影に興じている様子を星弥、侑斗、烏藤、支倉の4人は冷ややかな目で見ているのだった。
星弥は侑斗に「いつものWikipediaチェックはどう?掲載されているか?」と訊ねると、侑斗は予め持ってきたタブレットを取り出すと「分かった。調べてみるよ。」と話すとWikipediaのアプリをクリックし、記載されてある内容を読み始めた。
『田沢湖(たざわこ)は、秋田県仙北市にある淡水湖。一級河川雄物川水系に属する。日本で最も深い湖であり、日本で19番目に広い湖沼である。その全域が田沢湖抱返り県立自然公園に指定されており、日本百景にも選ばれている景勝地である。1956年(昭和31年)から2005年(平成17年)まで存在した自治体である田沢湖町の名の由来であり、現在も旧田沢湖町の区域の地名冠称として使われている。
秋田県の中東部に位置する。円形で直径は約6km、最大深度は423.4mで日本第1位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖である。世界で最も深い湖であるバイカル湖になぞらえて「日本のバイカル湖」とも呼ばれる。
湖面標高は249mであるため、最深部の湖底は海面下174.4mということになる。真冬でも湖面が凍り付くことはない。
流入河川は小規模な沢しかなく、豊富な水量は湖底の湧水が支えているものと考えられている。流出河川は西部の潟尻川で、桧木内川・玉川を経て雄物川に合流する。人工の水路としては、北部に玉川から田沢湖発電所を経由する流入路、北東部に先達川(玉川支流)からの流入路、南東部に生保内発電所を経由して玉川への流出路が存在する。
田沢湖周辺には、(イワナを食い)水をがぶ飲みして龍の体になった辰子と八郎がやがてめぐり合って夫婦になったという伝説がある。
田沢湖のほとり神成村に辰子(タッ子、または金釣(カナヅ)子ともいわれる)という名の娘が暮らしていた。辰子は類いまれな美しい娘であったが、その美貌に自ら気付いた日を境に、いつの日か衰えていくであろうその若さと美しさを何とか保ちたいと願うようになる。辰子はその願いを胸に、村の背後の院内岳は大蔵観音に、百夜の願掛けをした。必死の願いに観音が応え、山深い泉の在処を辰子に示した。そのお告げの通り泉の水を辰子は飲んだが、急に激しい喉の渇きを覚え、しかもいくら水を飲んでも渇きは激しくなるばかりであった。狂奔する辰子の姿は、いつの間にか龍へと変化していった。自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、そこの主として暮らすようになった。
辰子の母は、山に入ったまま帰らない辰子の身を案じ、やがて湖の畔で辰子と対面を果たした。辰子は変わらぬ姿で母を迎えたが、その実体は既に人ではなかった。悲しむ母が、別れを告げる辰子を想って投げた松明が、水に入ると魚の姿をとった。これが田沢湖のクニマスの始まりという。
北方の海沿いに、八郎潟という湖がある。ここは、やはり人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という龍が、ついの住み家と定めた湖であった。しかし八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子にひかれ、辰子もその想いを受け容れた。それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったのだという。
一部では、タッ子(辰子)には不老不死の願望があったが、のちに夫となる八郎にはその願望はなく、たまたま同じ行為にふけるうち、「唯、岩魚を食ひ、水を鯨飲してゐるうちに龍體となつてしまつた」とも語り継がれていた。
なお、湖の北岸にある御座石神社には、辰子が竜になるきっかけとなった水を飲んだと言われる泉がある。
田沢湖の湖畔には辰子伝説にまつわる像が4体あり、漢槎宮近くにある舟越保武作の「たつこ像」の他に、湖の東岸にある「辰子観音」、北岸にある「姫観音像」、御座石神社境内にある「たつこ姫像」がある。』
(出典先:Wikipedia 田沢湖の記事のページより一部を引用)
侑斗が読み上げた内容を聞いた支倉が思わず声を上げた。
「怖い要素ゼロ!しかしこの時間になってから、少し肌寒くなってきた。」
支倉がそう語ると、湖畔のほうを見てじっと眺めて検証のため霊視を行った。
「湖の水深が深いためだろうか、一度沈んだ遺体は二度と浮き上がってこないという素晴らしいネタもあるな。あとは田沢湖を一周すると水面から御霊が現れ湖に引きずり込もうとするというのもある。」
烏藤がGoogleのワード検索で出た結果を星弥と話し合うと、星弥は苦笑いした。
「馬鹿馬鹿しすぎる。本当に素晴らしく。だが俺も調べた限り、ヤクザが遺体の処分方法として田沢湖を使ったというのはデマだろう。色々な書き込みサイトでも記載されてある情報だが、地元の人によれば事実無根とある。ただ、自殺があったのは事実のようだ。50年以上も前に妊婦が田沢湖で自殺を図っているらしい。このときの遺体の引き上げは大変なものだったらしいとか、自殺者の御霊が現れる話に関しては信憑性は高いとみて間違いは無いが、それ以外に関してはほぼ都市伝説とあと田沢湖をネタにしたい誰かがデマを流しただけに過ぎないのだろう。長谷川に伝えてくる。」
無我夢中になって写真撮影を行っている長谷川に星弥が声をかけた。
「思い出作りは満足に出来たか?」
星弥の問いかけに、長谷川は笑顔で答えた。
「はい!饗庭のお兄さんのおかげで、しかもこんな夜の時間帯に来れて俺としては満足以外の言葉しかない!本当にありがとうございました。俺のワガママをこれでもかとばかりに聞いてもらえて、明日に行く秋田市内の梅林園や鶴岡市内の高館山や白山島も楽しみでしょうがない!!饗庭のお兄さんは田沢湖を見てどう思ったか率直な意見を教えてほしいんです。霊能者としているかいないか、わかりますよね?」
長谷川が笑顔で星弥に訊ねると、星弥は率直な意見を答えた。
「今まさに支倉が田沢湖を霊視しているのだが、俺はこの田沢湖を見ただけでピンときた。入水自殺で命絶った人は確かにいた。でもそこで心霊スポットサイトで書き込まれていた口封じのために湖底に沈められたとか、ずぶ濡れの女性が現れる、湖底に沈められた御霊達によって足を引っ張られると言われる話も調べたら出てきたが、俺は正直有り得ないと思っている。日本で一番深い湖と言われるこの田沢湖で、生きることに疲れた人々がこの地を最期の地として選んでもおかしくはないだろう。しかし俺が見た限りでは、自殺者の御霊が彷徨っている様子は見受けられない。烏藤が予め調べてくれた50年以上も前に田沢湖で自殺をした妊婦の女性の霊の検証も行ってみたが、この女性はもうこの世に未練などはないようだ。既に輪廻転生をしている。今必死になって、支倉がいるのかいないのかを含め気を集中させ検証を行っているがこれは何をしても出てこないと確信した。ここは何もない。」
星弥が淡々とした口調で語ると、烏藤も続けて自分なりの解釈を語りだした。
「ここは長谷川君が思っているほど怖くはない。何でかは饗庭の話した内容と重複してしまうことになるが、夜になるとより鬱蒼になって、黄金のたつこ像が気味が悪いぐらいに光り輝くぐらい、あとは森林に何かあるような気配を感じざるを得ないと思っているようだが、仮にもしもここで遺体が処分されたのであれば、亡くなられた方が現れる確率として高いのは田沢湖じゃない。死ぬまでにいた場所のほうが高い。遺体が処分された場所に霊は現れない。そして心霊スポットサイトで掲載されていた妊婦の女性の自殺者がいたとされるのは、50年以上も前の上に、いつの出来事なのかがはっきりとしていない。どのサイトも調べたが、いつの出来事について詳細には触れられていない。よって、真実なのか否かは時代が特定されない限り、デマである可能性も捨てきれない。仮に自殺を図ったとしたら自殺を図った妊婦の女性は、存在も感じられなかったので、書き込まれた内容が事実なら既に成仏していることになり、禍を齎す可能性は皆無に等しい。そのほかの自殺者の可能性も含め検証を行ってみたが、やはりあのたつこ像が夜に見れば不気味だぐらいの印象しかなく、残念ながら田沢湖は至って平和な湖でしたとしか、霊能者の俺と饗庭はそう考えている。な?そうだろ?支倉、侑斗君。じっと霊視したって無駄、出ないものは出ない!」
烏藤の呼びかけに支倉が反応すると、諦めがついたのか、続けて侑斗も、烏藤と星弥のほうを見て振り返った。
「気を集中し精神統一を行った末に霊視を行ったが、何もなかった。」
侑斗が話すと、支倉も同じことを語りだした。
「俺も全く同じだ。いるはずだという先入観を持ってみたとしても気配すらない。」
二人の意見を改めて聞いた長谷川は愕然とした。
「どうしてだ!?絶対に出てくると思って俺はずっと幽霊ハンターとして日本全国のありとあらゆる心霊スポットを調べてきたのに、ここでは出ないってどういうことだよ。妊婦の女性が出ないのなら、その他の自殺者が、ほら四十四田ダムで言っていた自殺者の集合体の話はどうなんだよ。田沢湖には自殺者の集合体はいるんだろ?それが心に闇を抱えた人が田沢湖の湖面をぼんやりと眺めていると引きずり込むんじゃないのか?そういったことは見えなかったのか。俺はそんな気がしてならない。」
長谷川が自慢げに語ると、長谷川が考えたプランは星弥によって打ち砕かれることになった。
「残念ながら、仮に自殺者がいたとしても、自殺の名所と言えるほどの数ではない。ポツポツといる程度に過ぎないのじゃないのか。生者を誘い込むほどの強い負のパワーは感じられず、湖に引きずり込むほどのものではないだろう。地縛霊として居座っているのはちらっと見えたが、この世に強い怨みの感情はなく、逆にこの地で死ねたことすら本望と思っているようにしか見えなかった。死んでもなお、大好きな田沢湖を眺めて心の底から満足をしているのだろう。自然と一体化しているので、完全な成仏霊である。集合体になりうる可能性も、成仏霊である以上、サークルを作り出す可能性は皆無に等しい。俺も湖畔を更にじっと見てみたが、自殺者とは関係のない浮遊霊がうろついているだけに過ぎなかった。ここは山も近く、また水場でもあるから、これから天国を目指し昇天をして行く御霊達が、田沢湖で休憩を取ってからまた山へ登り始めて、高く高く昇っていくんだよ。田沢湖は通過点の一部にしか過ぎない。」
星弥がそう話すと、長谷川が納得しない表情へと変わっていく。
「何でだよ!?どうしてだよ!?理解できない。どうしてだ?」
長谷川が更に強く主張し始めると、そんな長谷川の様子を見た芦原が近付いて声をかけた。
「今まで熱心に調べてきた努力は認める。だけど、心霊スポットとされる場所には、夜に見たら不気味に見える等の理由で、誰かがでっち上げたデマが拡散されて心霊スポットとなってしまうことが殆どなのよ。本当にその場所が心霊スポットなのかどうかは、本当にあった事故現場や事件現場を除いて、心霊スポットサイトなどで紹介されている場所の大方は疑ったほうがいい。都市伝説めいた話もあるけど、果たしてそうなのか。もっと長谷川君には、取り上げられている心霊現象が果たして本当に起こっているものなのかどうか、情報を鵜呑みにするだけにとどまらず、情報の真偽をもっと確かめることもこれからは学習しないといけないことよ。」
芦原が長谷川にそう語ると、吉原も続けて話した。
「わたしとしては怖くないと分かって安心した。でもやっぱりちゃんと調べてから確信を持って言えるような場所でなかったら、せっかく心霊好きの長谷川君のワガママを聞いてこうして饗庭だってプランを組んでやってくれているわけだから、出ないと分かれば潔くデマを信じたことを素直な気持ちになって認めることも必要なことなんじゃないのかな?幽霊ハンター、幽霊ハンターって四十四田ダムにいたときから長谷川君はずっと言っているけどはっきり言って心霊スポットサイトに掲載されてある情報を信じ切って鵜呑みにしているだけじゃハンターって言えるほどのレベルではないと思うよ。もう少しインターネットに頼らずに色々なその土地に纏わる資料や郷土史などを調べてみて学習をしてみることも、やはり必要なことよ。」
吉原の指摘に長谷川は反論することが出来ず、その場で黙り込んでしまった。
暫く黙り込むと、長谷川のほうから芦原と吉原に語り掛けた。
「でかい態度を取ってすみませんでした。色々なオカルトサイトや都市伝説を取り扱うWEBサイトなんかを閲覧して、色々とそのスポットをネットサーフィンしたりして調べたりするのが僕の趣味の一つでした。デマだと饗庭の兄さんが分かりやすく説明して頭が真っ白になって、そのときに噂話の一つに過ぎなかったと思い知らされました。本当にこんな形で皆さんを振り回してごめんなさい。」
長谷川が深々と頭を下げると土下座をして謝罪をした。
そんな様子を見た侑斗は長谷川の側に駆け寄ると、「土下座なんかしなくていい。デマかもしれない情報の真偽を確かめることだって俺達の霊能者の仕事の一つなんだからね。だから俺は凄く感謝しているよ、噂話の一つにしか過ぎないものだと分かれば信用しないようにと情報として発信することが出来るのだからね。」と話すと、長谷川は声にもならぬ声で「俺のことを庇ってくれてありがとう。これからは検証することも含めて活動しなきゃと改めて思った。」と釈明するのだった。
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