【完結】慰霊の旅路~修業編~

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つがね落としの滝(長崎・西海市)

公開日時: 2021年10月23日(土) 18:50
文字数:6,462

西海橋で自殺者の御霊を見てしまった侑斗は、その場にいる自殺者の御霊達に刺激を与えさせないためにも歩くのもゆっくりとしたスピードで西海橋を離れると、駐車場のところへと戻ってくると、自身の御祓い行ってから車に乗り込んだ。


「まさか、声を掛けられるなんて思ってもいなかった。しかしあれが自殺者の御霊の心情なのだろうか。西海橋から飛び込み、海面に浮かぶ自分の肉体を霊魂となって浮かび上がっているところを眺め、苦しみから解放されたと思うと同時に、死んでからああしておけばと思った後悔の念が、きっと死んで数日経てば色々なことが頭をよぎってくるのだろう。俺が見たあの男の人には果たして家族はいたのだろうか、孤独で誰にも相談できず、旅立つことを決意されたのであれば、それは何だかこの世の中が生み出した社会の闇ともいうべきものなのだろうか。」


自殺をした方々に一体何があったのか、生前に抱え持った心の闇を明るくさせることは御経の力ではできない。


人が精神的に追い詰められて自決をするには、様々な理由がある。それは衝動的なものもあれば、長年ずっと苦しめられ続けてきたトラウマのような物だってある。一概に借金の取り立てに苦しめられた以外にも、人間関係の苦しみから解放されたい、人は感情を持って生きている生き物だからこそ、人には言えぬ悩みをこっそりと抱え我慢できないと爆発した結果が自殺ならば、SOSを発信できず悩みを抱え込みやすい人ほど救いの手を差し伸べなければならないという事だろう。


運転席のシートを倒した状態で色々と考え込む侑斗の姿がそこにはあった。


「この地で救いの声を上げている御霊達を助けてあげたいが、こればかりは(=現れた御霊達の数が多すぎるため)俺の手に負えない。大々的に様々な霊能力者や霊媒師やら宗教関係者を一堂に集めてきて御経を読み上げたとしても、亡くなられた方々の悩みには寄り添えない結果になる。それは御経の力(=言霊)では解決できない、生前に抱えた闇が非常に根深い。死んでもなおその苦しみから解放できぬものならば、自殺をしたことで全てがリセットできるわけがない。悩みや苦しみから解放されるが、同時に命を失ってしまったことによる哀しみとの闘いに向き合わなければならない。生き続けるか、死んでリセットをしてやり直すか、生きるって本当に大変だ。」


侑斗がそう呟くと、「ここでぼうっと座っているばかりではいけないね。次のつがね落としの滝について調べねばいけないね。」とハッとなってシートから起き上がるとつがね落としの滝について調べ始めた。


「昔この地でキリシタンが暮らし住んでいたが、狩られ大量虐殺が行われたことにより滝ではキリシタンの霊が度々目撃されている。その他にもトンネル内で白い顔が浮かび上がる、女性の泣き声が聞こえる、自殺の名所の一つでもあるため自殺者の霊も目撃されている。」


「ボコボコとした薄気味悪いトンネルを歩いていると、人数より多い足音が聞こえてくる。かつて、隠れキリシタンがこの場所に住んでおり、キリシタン狩りと呼ばれる大量虐殺により、殺されたキリシタンによる無念がこの地に今も残っているために心霊現象が発生するのではという噂が有力である。その他にも、橋の上でびしょ濡れになった女性の幽霊を見た、泣き声がした、橋のたもとで親子連れの幽霊が横切ったなどの目撃情報もある。一度大きな渦潮に飛び込めば、二度と遺体は上がることはない。自殺者の霊も多く、重々しい雰囲気が漂っている。」


「トンネル内に白い顔が浮かび上がる、トンネルから女性の泣き声が聞こえてくる、キリシタンの幽霊が現れる、滝の水の上を何者かが歩いているといった噂などがあげられている。自殺の名所となっており、何が起きても不思議ではない。かつてキリシタンがこの場所に隠れ住んでおり、キリシタン狩りによる大量虐殺が行われた。」


「隣町の外海町は隠れキリシタンの潜伏地とされ、多くのキリシタンが難を逃れようと水があるつがね落としの滝に身を潜めようと山に登ってきたが、山狩りで殆どのキリシタンが惨殺処刑をされた場所としても知られている。」


様々な心霊スポットサイトに寄せられた情報などをもとに、独自の検証を行いたいところではあった。ただやはり、”キリシタン狩りによる大量虐殺”が果たして本当にあったのかどうかとなると、情報が乏しいがために、さすがに侑斗の中でも「これは果たして信憑性の高い情報と判断をしていいのだろうか。もっと地元の人からの書き込みはないのか。」と思い、更にコメント欄を調べてみた結果、興味深い話を目にすることとなった。


「この証言からすると、隠れキリシタンがこの地で虐殺されたというのは噂ではないような気がしてきたな。滝の高さが20mと考えたら、ビルの高さから推測すると1フロアの高さが1階につき3mだと仮定しても、20mの高さだと大よそ6階から7階のビルの高さから転落をすることになる。自殺の名所だとしても、相当の高さがあり、仮にこんなところを死に場所として選ぶには相当の覚悟が必要になってくるだろう。名所と言うほどのレベルではないはずだ。」


色々と思いながらも、実際に現地に行って見ないと分からないこともあるので、ひとまず西海橋からつがね落としの滝へと向かって出発する。


「長崎県や西海市のWEBサイトなんかを見ても、仮に隠れキリシタンの大量虐殺が行われたことが事実なら、天草四郎が籠城した原城(長崎県島原市)のように慰霊碑があってもおかしくない。しかし紹介されているWEBサイトなどを見ても、つがねとはモクズガニの事を指し、水と共につがね(=モクズガニ)が滝を落ちることが由来とされているぐらいの情報しかない。果たして大量虐殺があったことを令和になっても認めずに隠蔽する必要などはあるのか、やはり噂は噂にしか過ぎないのか。山もあり、また川もある。霊が非常に集まりやすいスポットでもある、山に登るまでに通りかかった浮遊霊が現れても不自然ではないが、女性の泣く声や親子連れの幽霊の説明がつかない。しかし、投稿されている写真や動画などから察するとやはりいるのはいる。この地に現れる御霊が禍を齎すのか否か、霊能力者として見極めることが出来るのかが今回の課題とでも言いたいのだろうか。」


ハンドルを握りながら、色々と考え始めていた。


お気に入りの音楽を聴き、不慣れな山道を抜けたところで、ようやくつがね落としの滝の駐車場へと辿り着くと停車をさせてから、滝の近くへと歩いて移動し始めた。


「ここは特に、重苦しい雰囲気は感じさせない。問題はトンネルからだろう。」


そう思い、さらに歩き進めていく。


そして滝へと向かうトンネルを前にして、すーっと深く深呼吸をした後に気を集中し精神統一を行ってから、果たして彷徨う御霊がいるのか霊視を行い始めた。


「いる。何名かいる。数はそんなに多くはない。」


侑斗が呟くような口調で、トンネル内へと入っていく。

トンネル内はかなりひんやりとした空気で、ここで心霊現象とも思われる現象が多発しているとも情報を予め把握したうえで、ゆっくりとした歩調で歩いていくのだが、侑斗にとっては”何だか肌寒いね”ぐらいの程度でしかなかった。


「ここで心霊現象を体験した人の大方は肝試しが原因だろう。からかいに来たと思われて、怒りの感情を露わにした。このトンネルを作るに至って発生した工事中の事故なども無ければ、自殺者の御霊がわざわざトンネル内までやってきて自らの存在を主張するというのも非常に考えにくい話だ。」


侑斗はそう思いながら、トンネルを抜けると、滝の近くへと向かう遊歩道をゆっくりと歩き進んでいく。


「この辺りから段々と視線を感じる。見張られているような気がする。」


段々と霊のいる気配を感じ始めてきた。


そして滝壺の近くへと近付き始めるとより強く、霊の視線を感じ始めた。


「滝の上を歩く何者かはいない。ただ、滝壺の中から、何十名かこちらを警戒深く覗き込む視線だけは強く感じる。キリシタンの御霊なのか、自殺者の御霊なのか。」


侑斗が気付き始めると、かつてこの地で何が起こったのかを確認するために透視を行うことにした。


「血が、大量の血が見える。滝壺の周辺の岩にべったりついているのが見える。しかしこれは拷問や虐殺によるものではない。隠れキリシタンの大量虐殺はここではなく、別の地に呼び集められ行われた可能性のほうが高い。恐らく処刑場だろう。しかし、これは一体何の血なのか。」


そう思ったときに、上から誰かが覗き込む気配を強く感じ、上を見上げた。


すると、30代半ばの男性が侑斗のほうを見ると、滝面へと向かって思いっきりダイブをしたのだった。


その様子を見てしまった侑斗は「何をするんだ!!」とダイブをしてしまった瞬間は大きな声を上げてしまったがふと冷静になって考え始めた。


「待てよ。本当にダイブをしたのならば、滝の水の流れに身を任せて落下してきてもおかしくないはずなのに、俺が見たあの男性は自殺者の御霊だったのか。だとしたら、岩に飛びついたあの血の正体は自殺者が流した血だったのか。滝面へダイブした自殺者はこの岩々に叩きつけられた末に、お亡くなりになられた。遺体は恐らく損傷が激しすぎて、原形をとどめていないはずだ。」


そう思った瞬間だった。


滝壺のほうへと再び目をやると、ダイブした男性が滝の下に現れるかと思いきや現れては来なかった。


トンネルへと向かう入り口のほうへと振り返り、別の場所にある滝面のほうへ向かおうとしたときだった。目の前に顔面が潰れ、顔の見た目だけでは男なのか女なのか、それすら区別がつかない御霊が侑斗の前に現れ始めた。


「俺に助けを求めているのか。」


侑斗がそう呟くとさらに続けた。


「生前に色々なことがあって、確実に死ぬことが出来る方法を選んだあなたは死に場所としてこのつがね落としの滝を選んだ。色々と思い返せば、嫌な思い出が色々とあったでしょう。しかし、あなたは死んだことにより、死ぬまでにもう一度思い返すことがあったはずだということに気が付いた。それが今もあなたにとってはトラウマの一つとなり、自ら命を絶った場所で繰り返し投身自殺を行っているのですか。隠れキリシタンの虐殺の地とも噂されるこの場所をあえて選んだ。追い詰められて死んだことにより、この地に今も彷徨い続けるキリシタンの御霊達に心の救いを求めたかったのですか。しかし噂は噂の一つであり、現実は違った。恐らくここは現代の闇に嫌気がさした者たちの墓場の一つなのだろう。」


侑斗がそう語ると、この地に彷徨い続ける御霊は男性だけではないことに気が付き集まりだした御霊達がやがて侑斗を取り囲むようにして集まりだした。


現れた御霊の数は数百にも及ばないが、一人ではさばき切れないほど集まった御霊達に侑斗は「これだけ多くの方々が、この世に未練を残した状態で旅立ったというのか。」と話すと、「現れた全ての皆様の旅立ちをお手伝いをすることはできない。だけどこの世の中には言霊という素晴らしいものがある。」と語ると、御経を読まない方法で侑斗なりの死後の世界を御霊達に語りだした。


「あれは、俺が中学2年生ぐらいの時だった。家族で沖縄に旅行に行った時の事だった。沖縄の本土から近い離島の伊江島の伊江ビーチで海水浴に行った時の事だった。綺麗な海を見て幼かった俺は海の青さに取り憑かれるように夢中になってさらに沖のほうまで泳いでしまった結果、気が付いたら溺れて意識を失っていた。そのときだった。先程まで綺麗な海を夢中になって泳いでいたはずなのに、目の前には川が、そして俺はアスファルトで舗装など何もされていない道端に座っていた。俺の後ろには葉が一切ない枯れ枝のような木が一本だけあった。川には橋がなく、俺がぼんやりとここは一体どこなんだと辺りを見回したら、川のほうへと向かって色々な世代の、老若男女を問わず橋のない川を足元がずぶ濡れになっても構わないぐらいの勢いで川の先へと向かって歩いていく。川は霧が発生していてその先が見えなかったが、渡っていった方々の多くは一体どこへ行ってしまったのかが分からないぐらいの光景がそこにはあった。俺も川のほうへ向かって歩いていかなければいけないのだろうかと思って、続けて川のほうへ向かって歩き出した。すると、後ろから80代前半のあるお爺さんから肩をポンポンと叩かれて声を掛けられたんだよ。”君が渡るのはまだ早すぎる”ってね。そのお爺さんは俺に川の向こうへと行かないようにと話すと、お爺さんは川の向こうへと渡っていった。俺はお爺さんに言われた通りに再び道端へ引き返すと、ふと呼ぶ声がした。そしてここから離れるべきなんだと気が付いたときに、俺はどうしてここにやってきたんだと思い、元に戻る場所が必ずあるはずだと思い、川を渡ってきた人たちが来た道を辿っていけば何となく戻れるのじゃと考え、川へ渡ろうとしている人の流れのその先を必死になって辿っていったら、気が付けば俺は病院のベッドにいた。父さん、母さん、そして兄ちゃん。皆が俺を囲むようにして祈っていた。”先に逝かないで”ってね。意識を取り戻したときは皆で抱き合った。その時に俺は先程体験したことを父さんに話したらこういった。”侑斗、お前はあの世の世界に行っていたんだな。”ってね。父さんはそう語ると、”渡るなって言ってくれたお爺さんにはちゃんと感謝をしなければいけないね。侑斗の心臓はまだ動いている、命があるからこそ戻るべき場所(=この世)に戻りなさい。お爺さんはそう伝えたかったんだ。渡ってしまっていたらきっともうこの世に戻ってくることは出来なかった。良い幽霊に救われてよかったね。”とね。大人になった今でも、あの時に見たあの世の世界は忘れられない。空は灰色で薄暗く雰囲気は陰鬱で、生き物など何もいないあの環境を、目の前の川がたとえ三途の川だと知っていても死んで渡ることに警戒を示すのも理解はできる。だが、川を渡れば生者には決して分からない世界がそこには広がっている。それは恐らくだが、輪廻転生をしてもう一度この世でやり直しをするべきだという世界がね。あなたたちにはまだやり直しが出来るチャンスがまだ残っている。どうか踏み止まらないで、行くべき世界へ旅立って、第2の人生を歩んでほしい。そして生きているときに味わった後悔を、今度は違う人の人生の一部としてリベンジを果たしてほしい。あの世にもう一度戻れば、川の向こう側であなた達の到着を心待ちにしている家族がいる。」


侑斗が優しい口調で、時折笑顔を見せながら話す内容に、心が癒されたのか、侑斗を囲むようにして集まりだした御霊達は段々淡い光となって姿を消していく。


最期に残った、最初に侑斗の前に現れた男性の御霊が侑斗に話しかけた。


「良い話をしてくれてありがとう。死ぬまでの俺はずっと仕事に取り憑かれていてせっかくのビッグビジネスともいうべき取引が相手先の会社に向かったところで”話が違う”と怒鳴られて台無しになって俺の首が飛ぶんじゃなかろうかと思うと帰るにも帰れなくなって、ふと立ち寄ったこのつがね落としの滝に吸い込まれるようにして滝面に向かって勢いよく飛び込んだのが俺の最後だった。でもそれは今思えば衝動的なものだった。いざ旅立って、まだしなければいけないことがあったことに多いに気付かされた。でも君の話を聞いて考え方が変わった。これからは違う人の人生として、二度と同じ過ちを繰り返さないと決めた。」


男性はそう語ると侑斗に「俺のような悩む幽霊はいくらでも、日本全国に彷徨っているはずだ。どうかこの活動をこれからも続けてほしい。君の一言一言がとても心にしみた、助けてくれてありがとう。」と御礼を言うと、男性も淡い光となって消えていくのを侑斗は見届けた。


「どうか、安らかに眠ってほしい。」


侑斗はそう呟くと、空を見上げ始めた。

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