完結済 短編 SF / 冒険・バトル

獣を狩り、薔薇は舞う 斬り忘れにご用心

公開日時:2022年5月15日(日) 21:18更新日時:2022年5月15日(日) 21:18
話数:1文字数:5,790
ページビュー
103
ポイント
7.7
ブックマーク
0
レビュー
0
作品評価
N/A

 普段彼がかけている目覚まし時計よりはるかに早く、大音量のサイレンが建物内にこだました。


 今では聞きなれた「超獣襲撃警報」。


 もはや脊髄にしみついた反射で上半身を起こした彼――茨野いばらの蒼紫あおしは舌打ちすると、枕元でサイレンに加えて鳴り出した端末を八つ当たり同然に床へと叩き落とす。すがめられた目はこの上なく不機嫌で、眉間にも深いシワが刻まれる。十七という年齢からは想像できないほど、苦労を重ねてきたことを窺わせる表情。


『んがっ、蒼紫ぃ! お前また……!』


 床に落ちた端末から抗議の声が上がる。一応上官にあたる楠木くすのき守道もりみちのもので、早朝から聞こえる四〇過ぎのオッサンの声に蒼紫の顔がさらに険しくなる。


「うるせえのはサイレンとあんただ。寝たのは深夜一時、今何時だと思ってやがる」

『午前四時だ。仕事だぞ、起きろ。お前の目的は何だ』

「……クソッタレ」


 足元みやがって――。苛立ちつつも蒼紫はベッドの上で寝間着を素早く脱ぐ。手狭な部屋だ、ベッドから手を伸ばせば干しっぱなしの制服に手が届く。一七三センチ、痩せ型の体型にはやや大きく感じる迷彩柄の戦闘服は、度重なる戦闘でシワが目立つようになってきた。そろそろこいつもお役御免だな、と着替えながら思う。壁に立てかけてある日本刀の形をした武器を、腰のベルトに提げた。柄の部分に、杜若かきつばたを象ったアクセサリーが付いている。


『おい、端末忘れんなよ』

「分かってるさ」


 最後に床から端末を拾い上げ、楠木の声を遠ざけるように胸ポケットにしまい込む。司令塔との連絡手段であり、ビーコンで蒼紫の位置情報を示すものでもある。

 部屋のドアを勢いよく開け――いやな音を聞く。かどでぶった、そして何かが床に倒れ込む音。蒼紫はボリボリと黒髪を掻いた。


「――悪い、早苗さなえ

「きゅぅ……」


 蒼紫がドアでKOしたのは、三つ年下の後輩、米長よねなが早苗さなえ。明るい茶色のショートボブと大きな黒縁の眼鏡が、おどおどした彼女の性格と非常にマッチしている。おかげで男性陣からはそれなりに人気らしいが、色恋に興味がない蒼紫にとっては「デキの悪い後輩その一」程度。その二はいないし、いらない。赤く腫れた額が痛々しいものの、早苗に出血は見られない。


「……前も言ったろ。扉からは離れて歩け」


 蒼紫はため息を堪える。助け起こしつつ、前にも言い含めた注意を繰り返す。


「こ、今回は違うんです……走ってきましたもん」

「反省するところが違う。扉に安易に近づくな」

「う、うぅ……楠木さんに言われてきたんです、蒼紫先輩を起こして来いって」

『そうだぞ蒼紫。可哀想だと思わんのか』


 あー面倒くさい。楠木は早苗派の筆頭だったな、と思い出す。だが蒼紫がこうして起きた以上、言うことはもうない。


「分かったもういい。俺は出る、今後気を付けろよ」

「わ、私は何をすればっ」

「便座カバーでも取り換えとけ。間違っても外には出るな」


 早苗は非力・ビビり・鈍重の三重苦背負った稀有な人員。適当に仕事を与えて、蒼紫は廊下の端へと駆けだす。既に誰かが使らしく、窓は開けっぱなし。サッシに軽やかに足をのせ、蒼紫は五階の窓から並び立つ屋根へ向かって跳んだ。快適な気温を年中維持する支部の建物から出た途端、早朝だというのにむしむしと湿った熱気が押し寄せる。それをかき分けるように走りながら、蒼紫の精神は、肉体は仕事用へと切り替わっていく。


「楠木、壁を開けろ」

『北の第三ゲート、開門。開放されてから五秒後に閉鎖される、挟まれるなよ』

「誰に言ってる――『超獣戯画ちょうじゅうぎが』」


 その一言で、蒼紫の体が人の身を超えた加速を見せる。迷彩服の下で盛り上がった筋肉が踊り、建物の屋根を踏みぬかんばかりに蹴りつける。超獣へと変異させる遺伝子を解析し、人間の強化に転用したのがこの「超獣戯画」。超獣に対抗するために人類が選んだ道だ。


 言い知れぬ高揚感が、全身を支配していく。それを押さえつけながら視線をやや上に向けると、地上二十メートルほどの高さの分厚い壁に穴のような門が口を開けていた。屋根から跳躍して、入り口に到達。壁の向こうへと飛び出すとほぼ同時、背後で穴が閉ざされる。


「……全部イノシシか」


 閉ざされた門を蹴り、地表へと落下しながら敵影を確認する。WABA日本支部の周囲は、物資の搬入路以外全て森という潔さだ。そして現在眼下には、イノシシ型の超獣が三頭。

 イノシシは体長約四メートル、体重約五百キロと一般的なヒグマを凌駕するサイズに変異している。口から伸びる牙は人間の二の腕ほど太く長く、使い込まれた槍の穂先を思わせる。


「まずは一頭を確実に――『鬼断ち』!」


 蒼紫は腰から刀を抜き放ち、頭上へ振りかぶった。重力落下に任せ、真上からイノシシの頭頂部を斬りつける。普通の日本刀なら衝撃でおシャカだろうが、これは対超獣兵装として重量など度外視で作られた代物。しっかりと凶器の役割を果たす。毛皮を引き裂き、頭蓋へと刃が滑り込んだ。


「ブゥァアア――!」


 不意の痛撃に悲鳴を上げ、イノシシが地面に崩れ落ちる。音を立てて着地した蒼紫に、残る二頭が唸り声を上げて突進した。


「あいつは、何やってんだ?」


 横へ跳んで避け、蒼紫は先に現場に到着しているであろう同僚を探す。決して一人で相手できないわけではないが……姿がないのは不安だった。

 だが見つけるまで待ってもらえるわけもなく、折り返したイノシシの突進が来る。今度は正面と右手側から、二頭で蒼紫を中央とした十字を描く軌道。


「ちっとは頭を使うじゃねえか」


 感心したように蒼紫が薄く笑う。正面から振り上げられた牙を半身になって左へかわす。体にやや遅れた迷彩服が牙に触れ、繊維の千切れる音に鳥肌が立った。直後に右から突っ込んできたもう一頭、はねられる前に身を沈め、地を這うように軌道から外れる。同時に刀を右から左へと薙いだ。


 左前足を斬り落とされ、イノシシがバランスを失って転倒する。コンクリートの舗装を流血が汚した。蒼紫が追撃しようと立ち上がった瞬間、


「おーい! ちょーっと助けちゃくれないかい蒼紫クン!」


 蒼紫の探していた声がした。が、それは地響きのような足音を伴っている。嫌な予感しかしないが声のした方向を振り返ると、ド派手な赤い髪を肩まで伸ばした女が、蒼紫へと全力疾走してきていた。蒼紫の二つ年上の杜若かきつばたかおる。「超獣戯画」を使える者の中でも頭一つ抜けた身体能力を持ち、無数にネジの抜けた頭を併せ持つ、WABA日本支部のエース兼トラブルメーカー。


「……マジかよ」


 当たってほしくない予感ほどよく当たる。その後ろに見えた地響きの正体は……。動物園に飼育されていた個体が超獣となり、日本で野生化してしまっている。

 薫はその一頭と運悪く遭遇してしまったのだろうが、正直「ちょっと助けて」助かる状況ではない。蒼紫も薫に匹敵しうると目される実力者ではあるものの、ゾウとの交戦経験はない。


「――!! ブァっ」


 イノシシ二頭がゾウに気づき、大慌てで森の中へと逃げ込んでいく。超獣の「格」として、ゾウはまさしく頂点に位置づけられる超危険生物。蒼紫のこめかみに冷たいものが垂れる。


「へるぷみー、蒼紫ー!」

「はーっ……ったく」


 肺を空にするほどのため息。蒼紫はみるみる近づいてくるゾウへの対処法を考える。薫を見捨てるという選択肢は、ない。握りしめた柄で、薫の作ってくれた紫色の花弁が揺れた。


「おい、楠木」

『ガールフレンドのピンチ、必死だねえ』

「あーもうそれでいい。何か情報を寄こせ」

『へいへい。やっこさんは大体、頭から尻まで二五メートル。体重は四十トン。地面から背中まで二二メートル。お前ら二人でも勝ち目は薄い、壁に近づけないようにしつつ、砲台からの援護を待て』

「……簡単に言ってくれる」


 攻撃をどう通すかすら検討がつかないというのに。


「薫、ひとまず俺が引き受ける。とっとと体勢を整えろ!」


 だが勝ち筋が見えずとも薫を放ってはおけない。蒼紫は叫び、ゾウへと駆け出していく。服の中から取り出したのは、スタングレネード。薫の頭上を大きく越えたそれはゾウの目前で破裂し、ダメージこそないものの怯ませた。


「ナイス蒼紫~! 助かったよ~」

「礼はいい、さっさと手伝え!」


 足が止まったゾウに斬りかかる蒼紫。が、その外皮と筋肉は尋常ではない強度で蒼紫の愛刀『|熊傷くまきず』の刃を拒んだ。渾身の力でも、蚊に刺されたほどのダメージにしかなっていない。


「くそっ!」

「反撃行くよ~!!」


 焦る蒼紫の耳に、こんな状況でも底抜けに明るい薫の声が風圧と一緒に飛んできた。彼女の武器は身の丈を超える長巻型の対超獣兵装「虎咬とらがみ」。分厚い刃を長い柄で振り回し、暴力的な遠心力を叩きつける。うわついた雰囲気とは裏腹の凶悪な一撃が、ゾウの足へと吸い込まれた。


「――プァォオッ!」


 荒々しい衝突音とともに、ゾウの左前足に赤い線が走る。だがゾウは長い鼻を滅茶苦茶に振り回し、二人の攻めを断ち切った。視界が回復する前に痛手を与え、戦意を喪失させたかったが……。


「俺が陽動する。薫、決めの一撃は任すぞ」

「つまりいつも通りだね!」

「……そうだな」


 小回りの利く蒼紫が敵の目を引き、薫の大振りで仕留める。支部で最強と謳われる連携を、今さら蒼紫が提案するまでもなかった。

 ゾウは蒼紫よりも薫を脅威と認めたのか、彼女へと視線を向ける。それにあえてぶつかるようにに蒼紫は一歩前に出て、切先をゾウへ据える。


こいつの相手は、俺を倒してからにしてくれ」


 蒼紫は言うが早いか巨大生物との距離を詰める。皮の薄い鼻先を狙っての斬り上げに、手応えはない。軽く持ち上げられて刃を避けた鼻の先端、その振り下ろしに死が見える。


「っ!!」


 咄嗟に横に転がって避けたが、風切り音に総毛立つ。地面に横たえた藁一本を掴むほど器用なゾウの鼻、勢い余って地面を叩く不細工はしない。ただただ「頭部を潰す」ことだけを意識した小さく鋭い攻撃。

 そして振りが小さいということは、次の攻撃もスムーズということ。振り下ろされた鼻先が、今度は蒼紫の胴を薙ぎにきた。後ろに跳んでかわす。


 着地に違和感。


 何かに足を取られた。咄嗟に左手をつき、固まりかけの絵の具のような感触で悟る。蒼紫が着地したのは、最初のイノシシを仕留めた血だまり。ゾウの攻撃に気を取られ、痛恨の凡ミス。

 蒼紫の右から、しなる丸太とでも言えばいいか――ゾウの鼻が迫る。見えている。見えてはいる。が、防げるかは別の話。

 狙いは顔か? まあ正直、人体のどこに当たっても即死だが。

「十分だろ、薫」

 姿勢は崩れ、防御は不可能。それでも蒼紫の目には恐怖も諦めもない。視界の左端に、朝陽に輝く一閃が見えているから。

「蒼紫に――触るなーっ!!」

 気合一発、跳び上がった薫がゾウの耳を切り裂いた。もともとゾウの耳は高くなった体温を逃がすために皮が薄く、中には細かな血管が密に通っている。ぱっと血が飛び散り、蒼紫へ振り回す鼻先の速度が緩んだ。

「っと!」

 蒼紫はどうにか熊傷を顔の前にかざし、あえて踏ん張らずに吹き飛ばされる。直撃よりははるかにマシだが、それでも蒼紫の腕は肩から指先まで痺れ切った。構え直せず、膝立ちのままゾウを睨む。

『よくやった、二人とも帰還しろ!』

「蒼紫、武器!」

 端末から、楠木が叫んだ。その声に弾かれるように、薫は蒼紫から熊傷をひったくる。両脇に武器を抱えているとは思えない彼女の走りに、蒼紫も必死に食らいつく。

 二人を追って走り出そうとしたゾウへ、壁の上部に備わる対超獣用の大砲が吼えた。爆音を嫌ったか、ゾウは背を向けて森へと姿を消していく。


「俺らごと撃つ気だったのか?」

『なわけあるか。ありゃまだ空砲だ……開門完了。とっとと入ってくれ』


 壁に辿り着いた二人の目の前に、見慣れたトンネルが開く。小走りに通り抜けると、炭酸が抜けるような音がして穴は跡形もなく塞がった。


『お疲れさん。司令室で報告を待ってるぜ』

「ああ、分かった」


 二人並んで、司令室へ向けて歩く。超獣戯画は解除したが、暴れ狂う血流や心拍は未だ迷彩服を内側から圧迫しているような気さえする。が、互いにそれはおくびにも出さない。


「いやー助かったよ蒼紫! 流石は『青薔薇あおばら』!」

「やめろ、その名前で呼ぶな」


 蒼紫は鬱陶しそうに答える。蒼紫と薫は同じ町の出身だ。超獣に故郷を滅ぼされたのをきっかけに知り合い、二人でさまよっていたところをWABAに拾われた。その後頭角を現した蒼紫は、その名前と棘のある口調から「青薔薇」と揶揄されるようになった。面と向かってこう呼ぶのは薫くらいだが。


「騎士みたいでカッコいいのに。私もそういうの欲しいけどなー」

「俺みたいに忠誠心のない騎士があるか。何ならWABAも――」

「目的のための踏み台?」

「――」


 突然目の前に突き出された薫の真剣な顔、蒼紫は立ち止まる。蒼紫の目的――それは、超獣の殲滅。


「蒼紫はさ、何で超獣を滅ぼしたいの?」

「……決まってる」


 憎いから。故郷を滅ぼした奴らが、心底。


「お前は違うのかよ」

「んー……憎んでないわけじゃないけど、蒼紫みたいに、命まで懸けたくないな。蒼紫がいる今の生活、気に入ってるもん」

「やめろ。面と向かって言うな」


 お前もう十九だろ、と思うが悪い気は蒼紫もしない。……今は二人っきりだしな。そう甘やかしを正当化した蒼紫に、薫は満面の笑みを向けた。


「大丈夫、蒼紫の夢は絶対かなうよ。名前的に」

「何の話だ」

「青い薔薇の花言葉。昔は青い薔薇ってなかったから、『不可能』だったの。でもついに、ある会社が青い薔薇を作った。それから花言葉が『夢かなう』に変わったんだって」

「……へえ」

「だから、あんまり命を粗末にしないでよ」

「ああ」


 無茶はお前の前だけにするさ。という言葉は胸に秘め、蒼紫は歩みを再開した。と、薫が挙動不審になる。


「あっ。ごめん蒼紫」

「何だ。花言葉が間違ってたか?」

「ううん。そうじゃないんだけど……」


 口ごもる薫。この顔は、重大なやらかしをしたときだ。一体何を、もしかしてさっきの戦闘で何か――


「端末のマイク、入ったまま喋ってた……」


 蒼紫の脳は理解を拒否した。が、機械はそんな感情を汲んではくれず、通信越しでもニヤニヤが見える楠木の声を届けてしまう。


『……おうおう蒼紫~。よかったなあ? ホラ、早苗も何か言ってやれ』

「きゅぅ……」


 蒼紫に今日一の大打撃が入った。今後1か月はこれをネタに方々からいじられるだろう。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

コメント

コメントはありません。

エラーが発生しました。