強襲揚陸艦ノアザークは人類統合軍本部より指令を受け、新たな任務に従事するべく、ジブラルタルを出港した。
軍属──軍人ではないが軍で働く民間人──となったオオツキ・ミコトこと、メイミを新たな乗組員に迎えて。
針路は東。
東西に長い地中海を、西端のジブラルタルから東へと横断していく。内海である地中海は、外海である大西洋より狭いため潮流が緩やかで、航海は穏やかに進んでいく。
敵襲の心配もない。元より地中海にはネフィリム海棲種の侵入を許していなかったし、世界中から海棲種が消えた今はなおさら。それでも不測の事態に備えて警戒は怠らないが。
そんな中、ユウトはエイトと2人で作戦会議室に呼びだされた。待っていたのはクサナギ艦長とアマオウ副長の2人。ユウトたちは右手を額にかざして敬礼、エイトが代表して口を開いた。
「オオゾラ大尉、以下2名。参りました!」
「ご苦労、2人とも。楽にしたまえ」
「「ハッ!」」
艦長と副長が敬礼と同じように答礼し、艦長から直立不動の姿勢を解くよう促され、エイトとユウトは両足を肩幅に開いた。
そして艦長の話が始まった。
「歩兵長と、その補佐官である貴官らを呼んだのは他でもない。今後の方針について上の決定を話しておく」
(雲行きが怪しいな)
ユウトは艦長の物言いに不穏なものを感じた。任務の内容なら出港前に聞かされている。アフリカ防衛線で陸棲種の侵攻を食いとめている部隊に加勢せよと。
それを今になって自分たちにだけ追加で話すことがあるなら、それは他の兵士には聞かせられない裏の目的があるということ──こちらの思考を見抜いたか、艦長が苦笑した。
「察しのとおり、デリケートな話だ」
「オオツキ・ミコト嬢の扱いですね」
エイトが口にしたその名に、ユウトは心がザワついた。詳しく訊きたいが、艦長と話すのは歩兵長のエイトが優先。
「そう。彼女に頼む仕事だが」
「はい」
「通訳になってもらう。ネフィリムと和平交渉を行う際の」
「彼女をネフィリムの前に連れていくということですか?」
「そうだ。それも、なるべく群れの中で支配的地位にいる──おそらくは超大型個体の前に。無論、君たちに護衛してもらう」
「承知、しました」
エイトは不承不承といった反応ながらも従った。元より兵士に反対する権利などないし、ここで艦長に逆らっても意味はない。艦長とて軍本部からの命令に従っているだけなのだから。
「そこで、だ。ダイチ大尉」
「ハッ!」
話がこちらに振られた。
嫌な予感が当たったか。
「なにか言いたいことはないかね?」
「ありません。命令に従うのみです」
「それは兵士ならば当然だ。しかし意に沿わぬ命令には反感を抱くのも当然。感情を無視しては士気を維持できない。貴官の率直な意見を聞かせてほしい。なにを言っても罰など与えんよ」
「では、申しあげます」
ユウトは正直に答えることにした。
そもそも腹芸ができる知恵はない。
「メイミを危険にさらしたくはありません。ですが、いくら安全と分かっていても、遠くにいられるほうが不安なのも本心です。なにがあっても自分で守れるよう近くにいてほしい」
「ふむ」
「なので小官は彼女の乗艦を歓迎しています。超大型個体の前に連れていくのも同じこと。小官に護衛させていただけるのなら、むしろ本望です……狭量なエゴだと、分かってはいますが」
「そう卑下することはない。ただ、そもそも『ネフィリムと和平を結ぶ』方針に異論はないのかね?」
やはり、そのことか。
「今はありません。確かに小官は以前、オウミ大尉が『ネフィリムとの対話が可能になったら和平を模索するべし』と唱えた時『対話が可能でもネフィリムは滅ぼすべし』と反論しましたが」
「うむ。聞いている」
「それではネフィリムを滅ぼせたとしても人類も共に滅んでしまうかも知れない。オウミ大尉やオオゾラ大尉は『それでは意味がない』との意見でしたが、小官は『構わない』と言いました」
「それは、なぜかね」
「小官は、人類の存続に興味がなかったからです。妻の仇は必ず討つが、他のことはどうでもいい。妻のいない、ましてや自分が死んだあとの世界がどうなろうと知ったことではないと」
艦長が、自身の顎を撫でた。
「『After us the deluge.』……自分たちの死んだあとなら神の起こす大洪水で世界が滅びてもいい。現在さえ良ければと、未来の子供たちに負の遺産を押しつける発想だな」
「はい。ですが小官の考えは変わりました。死んだオウミ大尉が愛したカネコ少佐と、2人の子には、幸せに人生を全うしてほしい。そのためには世界が滅んでは困ります」
「そのためには復讐を捨てると?」
「妻が生きていた時点で小官の復讐の動機は失われています。今は彼女を守ることが最優先、そのために改めて殲滅せねばとも思いましたが、和平が可能なら拘泥はしません……ですが」
「うむ」
「我が艦の乗組員も、復讐のため志願した兵が大半です。そんな中、殺されたはずの大切な人が帰ってきたのは小官だけ。他の者は納得しないでしょう」
「だろうな」
むしろ自分こそが復讐を捨てられない者の筆頭と目され、ここに呼ばれたのだろうが。疑いは晴れたらしい。問題は──
「この話は、みなには」
「隠しても、どうせ和平のための作戦を始めればバレる。これから伝えよう。そこで貴官らに命ずる。歩兵科の部下たちを説得し、不満を抑えよ」
「「了解!」」
ユウトはかつての自分と同じ想いの仲間たちから『お前は嫁さんが帰ってきたからいいだろうが』と言われるのが目に浮かんで気が重くなった。
それでも、それが必要ならばやる。
ミコトたちの生きる未来のために。
¶
なお。
話のあいだ一言も発する機会のなかったアマオウ副長は、終始エイトを熱っぽい眼差しで見つめ、それをエイトはポーカーフェイスでやりすごしていた。
この艦の女性軍人はカネコ主計長を除いた──アマオウ副長、ミナセ航海長、コグレ軍医長、ミョウガ憲兵長、その他──全員がエイトに惚れているのは公然の秘密。
エイトは女性にモテまくる。赤子の頃からそうだった。当時からの付きあいのユウトは、それをよく知っていた。ちなみにユウトは、ミコト以外から好意を持たれた経験はない。
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