「シノブちゃん‼」
ミョウガ憲兵長の乗るフラッドの頭部が爆発した。蒸発したアブレータ塗料の煙が晴れると、そこは潰れていた。煙では防げなかった、なら浴びたのはクユーサーの超レーザー砲。
機体の高度が落ちていく。
機体の制御を失っている。
『ミョウガ中尉、なぜオレをかばった! オレより強い君が‼』
ユウトが悲痛な声で叫んだ。
その内容からして人類統合軍には『より強い兵士を優先して生かすべし』という決まりがあるのか。
メイミにも憲兵長はユウトをかばったように見えた。
自分をかばうだけなら、そのすぐ前にいるユウト機とエイト機の横に並べば済むのに、さらにユウト機の前に出て、ユウト機に直撃するはずだった超レーザー砲を代わりに浴びた。
『馬鹿ですね、ダイチ大尉は……』
「シノブちゃん⁉」『『中尉‼』』
機体頭部の潰れたコクピットの中で憲兵長はまだ生きていた。だが声に生気がない。深手を負っている──ユウトが叫んだ。
『脱出装置を‼』
『起動しません……最優先は、和平の鍵のメイミさん、守ること……貴官が死んだら、メイミさんの心が。作戦に、支障が』
『それを言うなら君だって‼』
「そうだよ、シノブちゃん‼」
『優先順位……メイミさん、ダイチ大尉、お幸せに』
「シノブちゃん‼」『中尉‼』
『エイトさん……わたし──』
『中尉⁉ ちゅ──シノブちゃん‼』
エイトに、最愛の人に名前で呼びかけられても憲兵長は無言だった。もう声が出ないのか……憲兵長機は砂漠に墜ちた。
飛びちる破片の中に、エクソ・ハーネスがあった。憲兵長の体を覆っているはずの鎧──人の形を、留めていなかった。
『『クッソォォォ‼』』
「イヤァァァァァッ‼」
このあいだにも、メイミたちフラッド隊は前進を続けており、他の僚機もメイミの盾になって次々と撃墜されていた。
前方の味方の〖盾〗が薄くなったことで視界が開け、とうとうメイミにもその姿が見えた。背中にルビーの山を背負ったような巨大クマムシ、陸棲ネフィリム超大型個体クユーサー。
(アイツが、シノブちゃんを‼)
それより小さく、まばらに見えるのは陸棲大型種か。そして小さすぎて、この距離からでは形を判別できないウジャウジャしたのが陸棲小型種。
無数の大型種と小型種に囲まれたクユーサー。その背中のルビー山が光る度に仲間が死んでいく……だが、その犠牲の果てに自分たちは遂にここまで辿りついた。
『メイミさん、今だ‼』
『撃つんだ、メイミ‼』
エイトとユウトに促され、メイミは握った両手をクユーサーのほうへと突きだし拳を開きながら、喉が破れんばかりに叫んだ。
「フォノン・メーザーッ‼」
¶
メイミの胸はドス黒い感情に満ちていた。
それは記憶をなくし今の自分が始まってから、初めて覚えた〖憎しみ〗という感情だった。かつて自分に救いを求めてきた陸棲種の幼体に覚えた同情心を、友達の仇にまで覚えたりしない。
(殺してやりたい‼)
ネフィリムは生きるのに必死なだけで、人間を襲うのは人間を恐れているからで、決して悪ではない。ただの自然界の生物。憎んだって仕方ない。
分かっている。だが、そういう〖憎しみを否定する理屈〗自体にも反感を覚えるのだと、メイミは憎しみを知って理解した。
(みんな、こんな気持ちで)
この2年、多くの人がネフィリムを憎んで戦ってきた。以前はユウトも。和平に反発したノアザークの乗組員たちも。
自分を守って死んだ他の艦の操縦士たちの中にも、そういう人はきっといた。それでも憎い敵に一方的に攻撃されながら決して反撃しなかった。
和平の意思を示すため。
人類の未来を拓くため。
その願いを託されて生かされている自分が、自らの憎しみに我を忘れ、台無しにすることなど──できるはずがない!
(見てて、シノブちゃん‼)
¶
「フォノン・メーザーッ‼」
メイミの乗るピンクのフラッドが両手から音子のビームを撃ちだした。不可視の音だが、その軌跡はメイミのかぶるゴーグル内のモニターに、光線状のエフェクトとして表示される。
それでビームがクユーサーの巨体に突き刺さったのを確認し、メイミは歌いだした。
「ラー、ラララー♪」
それは、ネフィリム語だった。ただしメイミの発声器官では超音波であるネフィリムの鳴き声は出せない。このままではネフィリムには通じない。
そこでコグレ軍医長が、メイミの声をネフィリムの声の周波数に変換する装置を開発して、メイミ機に搭載した。変換された音声は改造したフォノン・メーザー砲がビームにして発射する。
破壊兵器としては水中では有効でも空気中では威力が落ちるフォノン・メーザーだが、攻撃が目的ではないので好都合。しかし空気中では有効射程も短く、ここまで接近する必要があった。
「ラララー、ラー♪」
〝攻撃しないで! ワタシたちに敵意はないわ! その証拠に、貴方たちを攻撃していないでしょう⁉〟
「ララー、ラーッ♪」
〝こんな、どちらかが滅びるしかないような戦いをとめるため、共存する道を相談しに来たの! お願い、話をさせて‼〟
メイミは耳を澄まして応答を待った。
ネフィリムの声を出せはしなくても、なぜか聞こえはするメイミは今、機体の収音機でその周波数の音を拾って、よりそれを聞きとりやすくしている。
クユーサーが返事をすれば聞こえるはずだ。事実、他の陸棲種たちの戸惑うような声なら、もう聞こえてきている。
〝心得た〟
威厳に満ちた声がメイミの耳を打った。間違いない、クユーサーだ。直後、群れの全ての陸棲種たちからの攻撃が、やんだ。
「クユーサーが応じてくれました!」
陸棲種の大群が、にわかに動き出した。クユーサーは動かず、その周りを守るように囲んでいた小型種や大型種たちが移動して、クユーサーの前方を開ける。
『了解、作戦を次の段階へ!』
エイトの号令で、メイミ機たち残存しているフラッド各機はクユーサーの前に開けた場所まで飛んでいき、砂上に着地した。
眼前にそびえる威容。全長300mのクユーサーは、高さだけでも全高20mのフラッドの何倍もある。
ここまで近づけば、もう音をビームにする必要もない。メイミは機械が変換した声をスピーカーで拡散する機能をオンにする。
人類と、ネフィリムの。
初の対話が、始まった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!