月日は流れ。
秋晴れの高い空のもと、日本最大の湖・琵琶湖のほとりの教会で結婚式が開かれた。大勢の来賓に見守られ、タキシード姿の花婿と、ウェディングドレス姿の花嫁が、祭壇の前に立つ。
3年前の今日の再現のように。
「ダイチ・ユウトさん。あなたは新婦を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「オオツキ・メイミさん。あなたは新郎を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
神父に答えて誓い、結婚証明書に署名して──
互いに、相手の指に結婚指輪を嵌めあって──
「それでは誓いのキスを」
ユウトがメイミの顔にかかったヴェールを上げる。メイミは感極まったように潤ませた瞳をそっと閉じ、顔を上げた。ユウトが顔を近づけて、2人の唇が……
ふれあった。
¶
ゴーン
ゴーン
ゴーン
礼拝堂を出た2人はアーチに吊るされた鐘を鳴らし、それから花嫁が背後に向かって花束を天高く放った。来賓の内の、未婚の女性たちが集まった広場へと。
「それーっ♪」
それを受けとった者は次に結婚できるという。
それに想いを馳せて、女性たちが手を伸ばす。
「とう」
果たしてブーケは、まだ他の女性たちの手の届かない高さにある内に、常人離れした身体能力でそこまで跳びがった忍者少女、ミョウガ・シノブ憲兵長の手に収まった。
「これで本官が次の花嫁」
「「「こらぁーッ‼」」」
ドヤ顔で着地した憲兵長へ、目を血走らせた3人の女性が殺到する。アマオウ・カナデ副長、ミナセ・ワタル航海長、コグレ・マモル軍医長。
「ズルいであります!」
「足を地面から離すのは反則!」
「やりなおしよ!」
「そんなルール聞いてません」
取りあわない憲兵長から力ずくでブーケを奪おうと3人が掴みかかるが、憲兵長が武術と忍術の達人なのに対して3人の身体能力は並、全てよけられる。
「やめなよ、3人とも」
「「「!」」」
共通の想い人、オオゾラ・エイト歩兵長の言葉に3人が動きをとめる中、憲兵長がエイトの前に進みでる。
「エイトさん、わたしブーケ取りました」
「うん」
「次の花嫁はわたしらしーです。そしてわたしが結婚したいのはエイトさんだけです。だから結婚してください」
「「「そんな理屈があるかーッ‼」」」
「俺で良ければ」
「……え?」
「「「えええええええええーッ⁉」」」
その返事は誰にとっても予想外で。憲兵長は目を丸くして、3人は血相を変えた。エイトはそんな4人を順々に見て、まず憲兵長と向きあった。
「ただ、君が許してくれたら」
「?」
「俺が1番に想っているのはミコトだ。それは今も変わらない。シノブちゃんのことは2番目に好きだ……これじゃあ、俺を1番に想ってくれる君の気持ちには応えられないと思ってた」
「そう、だったんですか」
「それに2番目に好きな人は同列であと3人もいて。4人に優劣はつけられなくて。これじゃ誰とも結ばれる資格はないって……でも、もう意地を張るのはやめた──シノブちゃん」
「はい」
「カナデさん」
「はい」
「ワタルちゃん」
「はい」
「マモルさん」
「はい」
「俺は貴女たち4人が好きです。2番目だからって、いい加減にはしない。生涯をかけて全力で幸せにすると誓います。だから、もし、こんな俺を許してくれるなら……結婚してください」
「エイトさん!」
「エイトさん!」
「エイトさん!」
「エイトくん!」
憲兵長、副長、航海長、軍医長が感極まってエイトに抱きつく。そして4人は涙ながらに、喜びの声を叫んだ。
「「「「はい! 喜んで‼」」」」
「良かったな、副長」
「幸せにな、ミナセ」
やや離れた所で。副長を想うクサナギ艦長と、航海長を想うヒノミヤ砲雷長が、その想いを告げることなく、そっと祝福した。
¶
「おふたりの末永い幸福を祈って──乾杯!」
かんぱーい!
披露宴の会場でウナバラ機関長の声に、来賓たちがグラスを掲げて唱和する。飲物が酒類かどうかは人それぞれ。ツチクラ整備長は三鞭酒を飲みほし、さっそく顔を赤くした。
「かーっ、めでてぇ!」
それからケーキカット。メイミが長いケーキナイフを持ち、ユウトがそれに手を添えて、2人でウェディングケーキに入刀。切ったケーキを、まずは2人がスプーンで互いに食べさせあう。
「はい、メイミ。あーん」
「あーん♡ …………んーっ⁉ すっごく美味しいです‼ 主計科の皆さーん! ありがとーございまーっす! さっ、次はユウトさんの番ですよ。はい、あーん♡」
「あーん…………うん、美味い。物凄く。舌の肥えてないオレでも、並大抵のモンじゃないってことだけは分かる。主計科のみんな、カネコ大佐、ありがとうございます」
「お褒めにあずかり光栄です。まー、主計科の炊事兵はプロの料理人並ったって、一流のパティシエってわけでもないんだから冷や汗モンだったけどね。みんなでがんばった甲斐があったわ」
「うー」
他のノアザーク乗組員たちと揃って2階級特進して少佐から大佐に昇進したカネコ・ツカサ主計長が、科を代表して対応した。
その腕に、生後 数ヶ月の娘を抱いて。
「じゃ、残りのケーキ切りわけちゃうから。メイミちゃん、そのあいだこの子お願い。抱っこしといて」
「はーい♪ おいでー、ハヤテちゃん♡」
「あー♪」
主計長から渡された赤子をメイミが抱いてあやす。ユウトは亡き戦友ハヤトの忘れ形見でもあり、彼から〖ハヤ〗の音を受けついだその子のあどけない笑顔に、目を細めた。
主計長が手際よく切りわけたケーキを乗せた皿をスタッフが来賓に行きわたらせて、食事と歓談の時間となる。
この時、新郎新婦の両親たちが来賓に挨拶回りをするものだが、ユウトもメイミも親も親代わりになる者もいない。なので2人が自ら挨拶回りをすることになった。その合間に……
ユウトはエイトを、人のいない廊下に連れだした。
飲物を手に横に並んで、視線は合わさず語りあう。
「婚約おめでとう、エイト」
「俺の話はいーんだよ。今日の主役はお前らだろ」
「そうツンケンすんなよ。最期だと思ったからデレて別れを告げたのに、あっさり再会して気恥ずかしいのは分かるけど」
「ああ、そのとおりだ……!」
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