ミコトはもう、いない。
⦅……おおっ⁉ あー、ユウトってば急に『星を見にいこう』なんて言いだすから、なにかと思えば。こうやってロマンチックなシチュを作って~ってプランだったのね。気合い入れちゃって⦆
もう会えない。
⦅しょーがないなぁ。ま、アタシが『2人でずっと幸せでいられますよーに』ってお願いしといてやったから大丈夫よ♪⦆
生きていたと思った。
それは間違いだった。
⦅へへ。ユウト、だ~い好き♡⦆
彼女にそう言ってもらえることは二度とない。
彼女に『大好き』と伝えられることも、ない。
⦅はい。誓います⦆
幸せの絶頂だった結婚式。永遠の愛を誓いあって、指輪を嵌めあって。だが誓いのキスをする寸前、幸せは音を立てて崩れた。
⦅ユウト! ユウトーッ‼⦆
結局あの時ミコトはネフィリムに喰われて死んでいた。
あれから自分は復讐のためにとネフィリムと戦いつづけたが、言動とは裏腹にモチベーションが低かったのは、八つ当たりの自覚があったから。ミコトを喰ったのとは別の個体を殺すのは。
そう。
復讐心がないわけじゃない。
あの個体だけは、許せない。
そして見つけられないと思っていたそいつは、もう自分の前に現れていた。よりにもよって、ミコトの姿をして。
「──あああああ‼」
「さぁ、ユウトさん」
叫びつづけて息が切れ、ガクリとうなだれる自分に、そいつは両手を広げて催促してくる。『己を殺して英雄になれ』と。
そいつはネフィリムの始祖ネフィルだった。殺せばネフィリムを絶滅させられて人類を救える。ミコトの仇も討てる。
カチャッ……
ユウトは立ちあがり、ハーネスのリュックの左側面のラッチに取りつけた軍刀を、鞘ごと外して手に取った。ネフィリムを斬れるようになって、チェンソードから変更した近接武器。
今の自分なら、このただの刀でネフィリムを斬れる。まして、こいつは他の個体のように体を甲殻で覆っていない。ミコトに擬態しているから。
たやすく首を刎ねられる。
脳天をカチ割ってもいい。
それで殺せる。
全てが終わる。
「うあああああああああッ‼」
ブンッ‼
ユウトは刀を持つ手を、思いきり振るった。
……そして、しばしして、ポチャンと水音。
ユウトの投げた、鞘に収まったままの刀が、ヴァン湖に落ちた音だった。さらにリュックの右側面からグレネードランチャーも外して湖に捨てる。
「ユウトさん⁉」
「バカ言うな‼」
ミコトの姿をしたネフィリム──ネフィル。
メイミに、ユウトは初めて怒りをぶつけた。
「殺せるか! 好きな子を‼」
「なにを……? ワタシは〖記憶をなくしたミコト〗じゃない。彼女を喰って、彼女に成りすました、偽物ですよ?」
「だから? 体は同じでも心が違うなら、君とミコトは別人。その前提で君を好きになった。体も別人だったと分かったからって、なにも変わらない」
「平気、なんですか?」
「なわけあるか! 最悪だよ。ミコトが生きてたと誤解して復讐を辞めて、ミコトの仇を好きになって、ミコトを喰った口とキスしてたなんて」
「それなら!」
「それでも! ……記憶のないあいだ、オレたちを騙すつもりなんてなかったんだろ? メイミは悪くない。今の話のどこにも、君を嫌いになる理由なんてない‼」
「どうして……貴方はいつも、ワタシの欲しい言葉を……!」
メイミはボロボロと涙をこぼしだした。
ユウトはそっと、その肩に手を置いた。
「クユーサーのこと、ごめん。政府は本当に和平を望んでた、ただ失敗したらすぐ殺せるようにとオレたちに核を持たせてて、その1人が暴走して。オレも、核のことを君に黙ってた」
「仕方ないです。機密だったんでしょう?」
「ああ。でも君の気持ちに寄りそえなかったことを『仕方ない』で済ませられるか。犠牲の果て、ようやく和平を成せそうだったのに、クユーサーを裏切る形にさせられて、あの時の君がどれだけ、つらかったか」
「……」
「そんな状態で空棲種にさらわれて、真実を知って。つらかったよね。そんな時に、一緒にいてあげられなくて、ごめん」
「はい……! づらが……うっ、うああああっ‼」
メイミが声を上げて泣きだす。
ユウトはその体を抱きしめた。
「君がネフィルなら、もうネフィリムを滅ぼす必要なんてない。今度こそ人類と和平を結んでくれ。そして、結婚しよう」
「ッ‼ ……駄目なんです。メイミとして話してますけど、今のワタシにはもう、ネフィルとしての記憶と感情もある……人間が憎くて、怖くて、滅ぼしたくて仕方ない」
「そう、か。人格が、統合されて」
「はい。今はメイミの気持ちのほうが強いですけど、いつネフィル側に天秤が傾くか。そうなる前に始末しないと──って、死ぬことにしたんです」
「なっ⁉」
「でもワタシ、自殺できなくて。しようとすると体が動かない。ネフィリムは同胞を傷つけられない、それには自身も含みます。子供たちに直接的に自殺を命じることもできません」
「そんなの、できなくていい」
「良くないです……生き汚くて、醜い。宇宙で味わった死の恐怖から、生存本能が肥大して。それがワタシの根幹。遺伝子改変能力でも、そこは修正できないんです」
「生物が生存を望むのは当然だよ」
「けど、ワタシは死にたくなった……でも自殺できないから、人間に殺してもらうために宣戦布告して。それなら無抵抗で殺されればいいのに、ワタシは大勢を殺しました。軍人も、民間人も」
「なぜ……?」
「最後にもう一度、貴方に会いたかったから。それまで死にたくないと、ネフィルとしての人類への殺意のままに戦う一方で、小型種にサーヴァスの操縦室を暴かせて、貴方を探してました」
「舐めプじゃ、なかったのか」
「人の心を持ちながら大量殺人を犯したワタシは、人としても許されません。こうして貴方と会えたから、もう思い残すこともありません。終わらせてください、せめて、貴方の手で」
「嫌だ」
ユウトはキッパリと断った。
そしてメイミの瞳をのぞく。
「確かに人の法では許されない。世界中の人々が君を責めるだろう。でも、たとえ全人類を敵に回しても。オレは君の味方だ」
「そうか」
抱きあい顔を寄せあっていたユウトとメイミは、横薙ぎに振るわれたエイトの軍刀に、もろともに首を刎ねられた。
「人類の敵は、俺が斬る」
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