エイトは死んだ。
その遺体はユウトとメイミの操るネフィルの肉人形の腹に収まったが、そこは胃そのものではなく、消化もできるが消化せずに保存もできる培養槽になっていた。
ユウトとメイミのいた子宮部と同じく。
そこでエイトはメイミに蘇らせられた。
以前のメイミならそれが可能か考えもしなかったろうが、エイトに斬首されたユウトを治したことで方法を覚え、ユウトの時より容易にできた。
また──
ユウトがエイト機と戦っていた時、メイミはユウトの思考を翻訳して人形を動かす一方で、ネフィリム空棲種らに命じていた。全人類をただ殺すのではなく、喰って体内で保存しろと。
人間への殺意で暴走していた空棲種に戦いをやめさせるほどの強い念波は翻訳の片手間には発せられなかったが、戦いかたに注文をつけるだけなら可能だった。
そしてエイトとの戦いが終わり、残りの人々も全て空棲種の腹に収めて誰にも邪魔されなくなってから、改めてメイミは全力の念波で空棲種らに命じた。
生きている人間はそのまま保全。
死んでいる人間はなるべく蘇生。
副長、砲雷長、航海長、軍医長、主計長、主計長の娘ハヤテ、機関長、整備長らは生きたまま捕獲されたほう。艦長、憲兵長は遺体を喰われて蘇生されたほう。
あの日の決戦より前にアフリカの戦いで死んでいた憲兵長を、最期の地で野ざらしになっていた遺体を空棲種に回収させて蘇生できたのは幸運だった。
遺体は辺りが乾燥した砂漠のため腐敗はしておらず、バラバラではあったが脳は無傷で残っていた。
メイミも全能ではない。
記憶と人格を宿した脳が充分に残っていることが蘇生の1つの条件。残っていれば痛んでいても修復できるのは、ユウトで実証済み。
体の他の部位は、あれば治すし、なければ遺伝子データから複製すればいい。メイミは己と子孫のネフィリムたちが過去に喰った全ての生物の遺伝子を記憶している。
また脳細胞は消化されて残っていなくても、ネフィルが〖己と子孫の喰った脳細胞から記憶を読みとる能力〗を得て以降に喰った人間は、遺伝子データからクローンを作って脳に当人の記憶をダウンロードする形で、生前と同じ心身を再現できた。
その方法でも大勢が蘇生された。
だが……ネフィルが脳から記憶を読めるようになる前に喰い殺されたミコトのような人々や、火葬されたため脳が回収できなかったハヤトのような人々は、戻ってこない。
それでもユウトは、救えるだけの命を救った。
決戦前、出産に臨む主計長に告げたとおりに。
⦅もちろん、彼女が最優先です!⦆
⦅ですが貴女たちのことだって大切です! 守りたいものは全て守って平和な時代を迎えるために、オレは戦います‼⦆
保全も蘇生も作業したのはメイミだが。
彼女を癒し、支えるのがユウトの仕事。
メイミにすれば人類はやはり敵で、親しい人たち以外まで救うモチベーションは低い。ユウトが傍にいてくれて気持ちに余裕があり、ユウトの願いだからこそ、大変な仕事をやりとげられた。
人類は、2人の愛に救われた。
¶
「なぜ、ここを会場に?」
琵琶湖のほとりの結婚式場。その廊下で隣に立つエイトが複雑そうな声で訊いてきて、ユウトもまた複雑な表情をした。
「オレとメイミが初めて出会った場所だから」
「その時、彼女はミコトを喰い殺したのに?」
「ああ……それは忘れられない。なら逃げるように他の場所でやるより『いっそここで』って2人で話したんだ。どっちでも、天国のミコトがいい顔しないのは同じだろうし」
「メイミさんとのこと、ミコトは許すと思うか?」
「プロポーズした夜『浮気したらブッ殺す』って言われたから、楽観はしてないよ。でも許してくれるまで拝みたおすさ。死後はミコトとメイミと3人で暮らすのがオレの願いだから」
「……叶うといいな」
ユウトの左手の薬指には2つの結婚指輪が嵌められている。
一方と対になる指輪は、メイミの左手の薬指にある。そしてもう一方と対になる指輪は3年前ミコトの左手の薬指に嵌まり、彼女がメイミに喰われた時に一緒に消化されてしまった。
天国で、ミコトもまだその指輪を嵌めてくれているといいのだが。再会した時、捨てられていたら、また贈るだけ。
「でも、お前、死ぬのか?」
培養槽で生命維持された人間は、ネフィリムの万能細胞の恩恵で超健康になるが、体内に万能細胞ができるわけではない。
脳が潰れるか首を斬られないと死なない、そんなネフィリムの異常な生命力は得られない。培養槽を出たあとは怪我の治りも老化も普通になる。
だが、ユウトだけ少し違う。
ユウトも万能細胞を自らのものにしてはいない。ただ、メイミに遺伝子を操作されてネフィリム同様に不老となっている。それはテロメラーゼという酵素の働きで万能細胞とはまた別の機能。
メイミと共に永い年月を生きるため。
「不老でも不死じゃないから、なんらかの理由で、いつかは死ぬさ。それはメイミも。でもその時まで、2人で生きるよ」
「そっか……末永く、幸せにな」
「ありがとう。お前も、彼女たちと幸せに」
「ああ」
¶
披露宴会場に戻ると、メイミがまた赤子を抱いているのがユウトの目に留まった。赤子の母の主計長に、軍医長と憲兵長も傍にいる。
「あー♪」
「かわいー♡ ワタシも早くユウトさんと♡」
「あらあら、ごちそうさま♪」
「わたしもエイトくんと……」
「本官も……」
そこに、わだかまりはない。
メイミの正体が判明する前に死んだ憲兵長は復活してからも以前と変わらずメイミと仲良くできたが……
エイトが世界中の人々の声を集めてメイミにぶつけた時、自らを慕っていたメイミに暴言を吐いた軍医長と主計長は、さすがに初めは気まずそうだった。
だが2人も他の乗組員も、メイミに同情していなかったわけではないのだ。それでも人類存続のためにメイミを殺すしかないと心を鬼にして突きはなした。
命の選択に慣れた人類統合軍の兵士には、それができてしまった。メイミは声を聞いただけなので、その本心までは分かっていなかった。
分かったら、メイミの心も軽くなった。
メイミとユウトは、乗組員たちと互いを許しあい、また以前のように仲良くなって、こうして皆を呼んで結婚式ができた。
その幸福を、ユウトは噛みしめた。
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