身長3km、4枚羽の半裸の女天使。
そんな姿のネフィルが、付近でも突出した標高5㎞のアララト山の頂に立てば、周りの峻厳な山々に姿を遮られることはない。
遮るのは彼女を取りまいている、まだ青空に浮かぶ白雲にしか見えない、小型や大型のネフィリム空棲種の大軍。それで霞みながらも、確かな人影が視認できるようになった頃。
人類は総攻撃を始めた。
西と南、2方向からネフィルを目指して飛翔する人類統合軍の箱船の群れ。その南方艦隊の1隻である空中戦艦ノアザークも、旗艦にいる司令官の指揮で動きだす。
「艦首砲、用意!」
「艦首砲、用意!」
「アイアイサー‼」
艦橋でクサナギ艦長が命令し、アマオウ副長が復唱し、それにヒノミヤ砲雷長ではなく、ミナセ航海長が答えた。砲の発射は砲雷長の役目だが、艦首砲だけは例外。
この、空中戦艦への改修時に増設された新兵器は砲身がなく、艦体前部にじかに開けられた砲口から発射する。
そのため艦の真正面にしか撃てず、よって照準は艦体ごと動かすことで行い、それは航海長の役目となる。
「目標、ネフィル! 照準次第、発射!」
「目標、ネフィル! 照準次第、発射!」
「艦首、向けまーす!」
航海長の席のインターフェースは、船舶用の操舵輪から、航空機用の操縦桿に替えられていた。
その銃のグリップ状の操縦桿をひねって艦の姿勢を微調整し、モニター内で照準マークの中心にネフィルの姿を捉え──操縦桿のトリガーを引きつつ叫ぶ!
「荷電粒子砲、発射ァ‼」
カッ‼ ──輝く奔流がほとばしった。
それは電磁加速された重金属粒子のビーム。重たい粒子を叩きつける分、レーザーやフォトン・メーザーのような重みのない光子を放つビームより遥かに強力。
消費電力が桁違いでバッテリー式のフラッドでは撃てないが、艦の動力である核融合炉の発電量なら可能!
カカカカカッ‼
それを撃ったのはノアザークだけでなく、南方艦隊の大半を占める空中駆逐艦たちも。そして西方艦隊も同様の攻撃を。
最終決戦になんとか実装が間に合ったこの新兵器の威力は、海棲種のバハムートや陸棲種のクユーサー、超大型個体らが撃ったビームより上。その十字砲火がネフィルを撃つ!
スゴァッ‼
爆発の華が咲きみだれた……が、ネフィルに変化はない。ビームは全てネフィルに届く前に、射線上にいた小型種や大型種を撃破する内に力を使いはたした。
それは織りこみ済み。ネフィル自身も恐ろしいが、大軍の物量も脅威。それを削るのが先決……その大軍も、動きだした。二手に分かれて両艦隊に向かってくる。
それら2mの小型や、20mの大型の空棲種らは、150mや300mの空中艦よりずっと小さい。ゆえに艦砲射撃は当てづらい。なので大型種と同サイズの者に迎撃させる。
「サーヴァス全機、発進!」
「サーヴァス全機、発進!」
艦長の声に副長として復唱してから、アマオウ中佐は兼任している船務長の仕事に移る。艦載機のサーヴァス隊、フラッド18機とザデルージュ1機の航空管制。
「ダイチ機、カタパルトへ!」
船尾楼にある艦橋から見下ろす、ノアザーク上面の平たい飛行甲板。その中ほどに開いた四角い穴の下から、白銀の巨人の後ろ姿がせりあがってくる。
艦内の格納庫から上がってきたエレベーターの床が飛行甲板と一体化すると、巨人は前に歩みでて、足下にある台に乗った。すると台にある固定具が、両足にはまる。
この台は電磁力によって甲板に敷かれたレールを艦首方向へと一直線に走り、上に乗ったサーヴァスを加速させて飛びたたせるための、カタパルト。
¶
全高20mの新型サーヴァス【ザデルージュ】の、頭部に内包された卵型の操縦室にいて、ユウトは自身が機体そのものになって空飛ぶ箱船の甲板に立っている感覚だった。
手足の動きは全身に装着したハーネスを介して機体と同期しており、視界を覆うゴーグル内モニターには機体の頭部カメラからの画が映されているために。
遠く前方に、愛しい人の姿をした敵の首魁、ネフィル。
『進路クリア! 発進どうぞ‼』
「ダイチ・ユウト! 出ます‼」
バシュッ‼ ──副長の管制に答えれば足下の台がカタパルトで撃ちだされ、その上で腰を落としたユウト機は一瞬で甲板の前端まで運ばれた。
そこで足の固定具が外れ、弾丸のように射出される!
頭頂を前方に向け、両足をぴんと後方に伸ばして踵からプラズマジェットを噴射、6枚の固定翼で風を掴んで、白銀の騎士が大空を翔ける‼
『オオゾラ・エイト! 行きます‼』
続いて漆黒の騎士、エイト機を始めとしたフラッド18機もノアザークから発進してくる。艦隊の空中空母たちからも続々とフラッドが。
ユウトはエイト機らノアザーク所属の同僚たちと編隊を組んだ。そして視線をネフィルから、その許を離れて向かってくる空棲種の群れへと移す。今はこちらに専念!
「『フォトン・メーザー‼』」
ユウト機らノアザーク所属の19機が前方に突きだした両手の掌底から一斉に、不可視のマイクロ波ビームであるフォトン・メーザーを放った。
同時に前方の空棲種の群れからも、大型種が突きだした指先から可視光線ビームであるレーザーを放ってくる。
メーザーとレーザー、どちらも光子でできたビームは互いに干渉せず、両者のあいだをすれちがい、目指した敵へと着弾する。双方で爆発が連鎖した。
ボボボボボボッ‼
メーザーに撃たれた小型や大型の空棲種は爆死した。レーザーに撃たれたサーヴァス各機は被弾部のアブレータ塗料が蒸発して雲を作った──本体は無事。
ユウト機もレーザーを頭部に浴びていた。次にここを撃たれたら操縦室を貫かれる。ユウトは恐怖を心の炉にくべて闘志を燃やした。
(こんな所で死ねるか!)
僚機らが直進する中、1機だけ体を起こして上昇し、敵を体の正面に捕える。これがフラッドにない新兵器を撃つための角度。
「フェイズドアレイ・レーザー‼」
ユウト機の胸部装甲が扉のように左右に開いた。扉の内側と、それらに覆われていた胸の内殻の表面が、太陽のごとく輝く!
ズゴァァァァァッ‼
空棲種が撃った一点に収束するタイプのレーザーと違い、平面状の発振器から広範囲に照射されるタイプのレーザーが、大量の空棲種を呑みこみ消滅させた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!