「ネフィルとの決戦に小官をこの新型で出撃させてください」
「駄目だ」
ユウトの嘆願は艦長から、あえなく却下された。
予想どおりの返答だ、ユウトはめげずに続けた。
「お願いします」
「くどいぞ大尉」
クサナギ艦長は部下から慕われる人格者で話の分かる男だが、今回は取りつく島もない。口調は穏やかだが、凄まじい圧迫感。
それに〖上官の命令は絶対〗という軍隊の鉄則は、ユウトの身にも叩きこまれている。逆らうのは容易ではない。それでも。
「どうか、お願いします!」
「いい加減にしないか。ネフィリムに大切な人を奪われ、仇を討ちたいのは貴官だけではないぞ。ネフィルが貴官の大切な人の姿を盗んでいるからと特別扱いは──」
「小官の目的は復讐ではありません」
「なに?」
艦長の表情が初めて動いた。
ユウトはさらに畳みかける。
「できる限り仕立てのいいスーツを着て、メイミを迎えにいきたいのです。以前デートに軍服を着ていったら呆れられましたし」
「なにを、言っている?」
「メイミは生きています」
「気は確かか!」
他の皆もざわめきだした。
ユウトは考えを明かした。
「ネフィルの時代がかった口調。あれを聞いて小官は『メイミが台詞をしゃべっている』と感じたのです」
「むぅ……」
「ネフィルはまだ自力で人語を話せず、メイミを体内で生かして通訳をさせているのではないでしょうか。ネフィルの思考を受けてメイミが話し、連動してネフィルの口が動くという具合に」
「あれだけの巨体だ、中に例の培養槽を持っていても不思議ではないが。根拠薄弱で、希望的観測にしか聞こえないが?」
「小官も可能性は限りなくゼロに近いと考えます。しかし、ゼロではありません。そう思える以上、小官は彼女を迎えにいくつもりで出撃します。そのための盛装をさせてください」
艦長がなにか答える前に、エイトが前に進みでた。
「自分からもお願いします」
「オオゾラ大尉、貴官まで」
「オオツキ・ミコトが囚われのお姫様になっているなら、それを救いだす王子様はダイチ・ユウトと決まっています。この新型は白いですし、王子が乗る白馬には打ってつけです」
「わたしからもお願いします!」
「わたしからも!」「どうか!」
エイト以外の操縦士たちも次々と嘆願を始めた。さらに整備兵たちも。サーヴァスを駆る者と、直す者。操縦士と整備兵の絆は深い。
皆、ユウトの戦友たち。
ユウトが戦ってきた理由を知っている。ユウトだけ失った人が帰ってきて復讐を降りたと妬んだことのある者もいたが、その人が再び奪われた以上、わだかまりはない。
「俺からも頼んますわ、艦長」
「整備長……」
「わたしからも。メイミさんと過ごした時間は短いですが、彼女はわたしの退屈な話を楽しそうに聞いてくれましたからね」
「機関長……」
艦長は、ふーっと息を吐いた。
しかめっ面をして目を閉じる。
「ザデルージュにオオゾラ歩兵長を乗せるのは3代表の意思だ。現場がどうこう言って変えられるものではない」
格納庫の空気が、ピリッと張りつめた。
それを意に介さぬように艦長は続ける。
「が、これまでも歩兵長はしてもいないことを『した』ことにされてきたわけだし。書類上は歩兵長が乗ったことにしておけば、実際に乗る必要はあるまい」
艦長はプルプルと震えていた。
笑いだすのを必死にこらえて。
「ダイチ大尉、貴官をザデルージュの操縦士に任命する。こいつでネフィリムどもを蹴散らして、メイミさんを救いだせ‼」
「ありがとうございます、艦長! 謹んで拝命いたします‼」
ありがとうございます‼
皆も艦長に感謝し、そして歓声を上げた。
ユウトは皆にも順に感謝を述べていった。
「ウナバラ中佐、ツチクラ大尉、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「いいってことよ!」
「みんなも、ありがとう!」
ワッ! ──操縦士たちと整備兵たちにも言うと、ユウトは彼らに揉みくちゃにされた。そして最後に、エイトのほうに向きなおる。エイトは顔を赤らめ、視線を合わせようとしなかった。
「エイト、ありがとう。ごめんな」
「感謝はともかく謝罪は不要だ。この流れで俺が乗っても居心地が悪くて力が出せん……もし本当にミコトが生きていたら、必ずお前が助けだせ。サポートならしてやる」
「エイト……ああ‼」
¶
ネフィルが山岳部を歩いていく。
巨峰のごとき体躯を揺らし、飛翔する小型と大型の空棲種を引きつれて。進路上の人里を潰滅させ、足止めにやってくるフラッド部隊を鎧袖一触して。
アゼルバイジャン領からアルメニア領に入り、海抜1900mの高地にあるセヴァン湖で水浴びしたあと南西へ。
アルメニアの首都エレバンを滅ぼしてからトルコ領に入り、国境の傍にある雪山を登りだした。そこはノアの箱船が神の起こした大洪水をやりすごした末に漂着したという伝説の土地。
アララト山、標高5137m。
身長3000mのネフィルには、ささやかな隆起。すぐに登りきり、山頂で仁王立ちになり、腕を組み、待ちかまえる姿勢を見せた。折しも人類側も準備が整い──進軍を開始した。
「さぁ来い、人間ども‼」
¶
「抜錨! ノアザーク、発進‼」
「抜錨! ノアザーク、発進‼」
「発進します‼」
ノアザーク艦橋でクサナギ艦長の命令をアマオウ副長が復唱し、ミナセ航海長が答えて操船する。マナーマから出港してゆくその勇姿に、押しかけた大勢の人々が手を振った。
「頼んだぞ、オオゾラ!」
「我らが英雄!」
「救世主エイト!」
「世界を救って!」
「怪獣どもを滅ぼして!」
「がんばえー、エイトー」
中には幼子も──多くの声に見送られ、ノアザークはペルシア湾を北西へと進んでいく。その先は湾奥、海路で湾を出るなら方角が違うが……すぐに艦長は命じた。
「離水、上昇!」
「離水、上昇!」
「了解! 離水上昇しまーす‼」
ノアザークは突貫工事で増加ユニットをつけられ、巨大な飛行艇へと変貌していた。
両舷前後に生えた計4枚の固定翼、その翼内に推力偏向プラズマジェットエンジンを搭載。その噴流を下斜め後方へと向け、前進しながら上昇していき……艦底が、海面から離れた。
ノアザーク──ノアの箱船の名を与えられた空中戦艦は、その方角にある旅の終着点、アララト山へと向かって飛びたった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!