――あらすじ。
ひょんなことから魔法少女になってしまったブラック企業戦士の樋山楓人は、ぷに助ことスレイプニルから魔法少女の使命を代行する者として魔法少女agentに任命され、魔法少女かえでとして働くことに。
スレイプニルに騙されたり死にかけたりしながらも、なんとか生還した楓人は、10キロメートルエリア担当の魔法少女であり、魔法少女かえでとしての師匠でもある逢沢優海から魔法少女協会東京本部で魔法の訓練をしないかと誘われる。
かくして35歳童貞サラリーマンが女子高生とデート(?)という犯罪的な展開になった翌日、2週間ぶりに職場復帰した楓人だったが、今度は勤めている会社で魔物警報が鳴ってしまう……。
* * *
「ふざけんなチクショー!!」
と、叫びたい気持ちを無理やり押し殺してオフィスのあるビルに入る。
なんでよりによって俺の勤める会社なんだ? S区ってそんな狭いか? 呪われてるんじゃないか俺?
ブツブツ文句を言いながら歩いてると、「お久しぶりです、先輩」と久しい声が聞こえた。
「新島か」
「倒れたって聞いてたんですけど、もう大丈夫なんですか?」
新島弥生はこの業界では珍しい女性プログラマーだ。肩まである髪を後ろで結っていて、清楚な印象の優しい女性だ。
「ああ、大分良くなったよ」
「良かったー、先輩がいないと大変なんですよー」
「はは、本音はそっちだろ?」
「えー、違いますってー」
若干あざとい喋りと可愛い笑顔は、我が職場紅一点の華で癒やしだ。
タイムカードを押して職場に入る。
「おはようございます」
「おー、樋山じゃん。生きてたか」
「安西じゃん、ちゃんと生きてるよ」
安西雷都は唯一の同期で、チャラついた見た目とは裏腹に天才的なプログラマーだ。そんな凄い奴がなんでこんなブラックなとこにいるのかというと、
『お前一人じゃ可哀想だろ?』
らしい。しかも中途採用でやってきた。昔からよく分からん奴だったが、まあ正直戦力としてもメンタル的にもありがたい限りだ。
「よく戻ったな、樋山」
「おはようございます、上木さん」
上木真人は先輩諸氏の中でも――といっても上木含めて3人しかいないが――最年長で、実質課長に次ぐ職場ナンバー2だ。インテリ顔で眼鏡が光る。
嫌がらせもしてくるが、とにかく仕事に厳しく、少しでも効率悪いプログラムを見つけると小一時間は説教される。だからとにかく神経を使う。
この前、間宮楓香を警護する任務でアンテナ張りっぱなしにしてたことあったが、神経の疲弊度で言えばこっちのほうがダントツだ。
「早速で悪いが、山田商事と十河運輸のプロジェクトを担当してもらいたい」
「えっ、並行ですか!? いや、それよりも山田商事は確か塩谷さんの担当じゃ?」
「あの後、別のプロジェクトが入ってしまってな。比較的難しい方を担当してもらうことになった」
「ちなみにその、難しい方って?」
「有栖川HDからだ」
「あの大企業の!?」
なんでウチに依頼が? 言っちゃ悪いがウチなんて細々とやってる会社だぞ。年商1兆円とも言われる大企業なら、もっと確かなとこに依頼するべきだろう。
「そうだ。お前には荷が重いと判断した。それに病み上がりだしな」
さすがに信用がかかってる一大プロジェクトをパワハラで回すなんて愚かなことは、いくら上木でもしないか。
「そうでしたか、ありがとうございます」
「礼を言われる事ではない。山田商事の期限はあと一週間だ」
「……」
嫌な予感がして引き継ぎのデータを見る。そこにはかなり厳しめの仕様書と大枠だけがあり、クライアントの担当者は今日明日休みだとあった。
「ちょっと待ってください! 実質3日ですよこんなの! しかもほぼまっさらじゃないですか!」
「それをなんとかするのがお前の仕事だ。十河運輸のほうはあと3週間ある。頑張れよ」
ポン、と俺の肩を叩いて去って行った。
いや無理だろ! どう考えても無理だろ! 昨日のぷに助と同じようなこと言いやがって。山田商事はお得意なのに、それこそ信用にかかわるぞ!?
とはいえ上木がそう言うということは、すでに話はまとまっていて俺がやらなきゃならない状況にあるだろうことは確かだ。
くっそ! これは日曜のデート(?)どころじゃないぞ……。
* * *
「はぁ〜」
終わらない。何をどうやっても終わる気がしない。残業どころか徹夜でやっても終わる気がしない。気がつけばもう日が傾いて夕方になろうとしている。
と、足元からヴァイブレーションの音がする。
「まさか」
そのまさかだった。魔法の杖に通信だ。ちょうどいい、休憩しよう。多分相手の話し声が漏れることはないだろうが、念の為またトイレに行こう。
魔法の杖を見ると今度は優海さんではなかった。写真が無い。
「誰だ?」
受話マークに触れてすぐ映像オフにした。今は変身できないからサウンドオンリーにしないとオッサンだとバレてしまう。
〈もしもーし、あれ? 映像無いじゃん〉
「その声……葉道さん?」
〈歩夢でいいよ〉
「えと、じゃあ、歩夢さん。どうしたんですか?」
ちゃんと会話できてる。どうやらボイチェンは上手く機能しているようだ。
〈んー、そろそろ学校終わる頃かなって。部活とかある?〉
そうか、しまった! 俺は魔法少女としては中高生くらいの年頃だから、学校に通ってると思われているんだ!
参ったなぁ、まさか「仕事です」なんて言えるわけも……そうか、それだ。
「あー、えっと、私バイトがあって」
〈え? かえでバイトしてんの?〉
「そうなんです」
〈へぇー、どこで?〉
「どこ……」
そこ話突っ込むんかーーい!!
……いやまあ、普通に知りたいよな。さてどうしたものか。
この調子だと、下手に言うと「じゃあ今から遊び行くわ」とか言い出しかねない。まさかSEやってます。なんて言えるはずも……そうか、それだ。
「ゲーム会社でデバッグっていう作業やってるんです」
〈マジ? すごいじゃん!〉
「分かりますか?」
〈デバッグってあれでしょ? ゲームにバグがないか調べるやつ〉
「そうですね、そんなやつです」
〈マジ!? いいなぁ!〉
「ゲーム好きなんですか?」
〈好きだよ! 将来ゲーム会社でゲーム作りたいんだ!〉
「そうなんですか!」
〈いやー、まさか同志だとはね! 今度話聞かせてよ! 言える範囲でいいからさ〉
「分かりました。いいですよ」
〈やったね! じゃあまた連絡するわ!〉
「はい、それじゃ」
通信を終えてホッとする。なんとか誤魔化せた。
実際に学生の頃デバッグ経験あるし、現役のSEだから会って話してもリアリティ出すのは余裕だ。守秘義務あるからボロが出ることはないし、完璧だな。
「さて……」
仕事に戻ろうとして、気配を察した。
「……」
魔法の杖の反応は無い。いや、そもそもあのやかましい警報は毎回鳴るものなのか? 一回鳴ったらお終いな気がする。
だが、確実に気配を感じる。強さ的にはブルブッフくらいか? コイツが例のバケモノか……?
「……」
しかし、しばらくすると気配は消えた。様子を窺っているのか?
と、その時だった。
「キャー!!」
「――!」
職場の方から女性の悲鳴が聞こえた。まさか魔物が? 新島の身に何かあったのか!?
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