夕日に焼かれたように赤くなる住宅街の道路。そこに大きな影が落ちる。巨大化した魔物の異常に発達した前腕が空を覆い隠していた。
「なんだ、いったい!?」
データベースを確認してみても、今度は見落としはなかった。どこにも巨大化する種族とは書いていない。ということは、こいつ自身の能力じゃなくて外的要因だ。まさか魔物を巨大化させる魔物がいるのか?
そもそもどうして魔物は生きているんだ? さっき跡形もなく消し飛ばしたはずだ。まさか塵からでも再生できる? そんな馬鹿な……。そうじゃないとしたら、もう一匹隠れてたのか?
「――これは?」
ふと視界に表示された300MPという数字に目が行く。ゼノークスで100MP、ブルブッフが一体で40MPだから、工事現場にいたやつと合わせて6体浄化して240のはず。ということは340MPじゃないとおかしい。数字が合わない。
「ということは……まさか」
工事現場のやつを仕損じていた? 浄化できてなかったそいつを、他の魔物が巨大化させたのか!
大きな腕が振り下ろされそうなのを見て、「柴田さん、逃げて!」と叫ぶ。しかし柴田は動かない。気圧されたのか、巨大化した魔物を見上げたまま呆然と立ち尽くしていてる。
「くそっ!」
振り下ろされたハンマーのような腕が当たる寸前、柴田の服を掴んで引っ張り、そのまま飛び上がった。
「きゃあああ!!」
「気がついた?」
「あれ? 私……」
「でっかい魔物見て固まってたんだよ」
「そ、そうだったの……って、それどこじゃないわ! 離して!」
「はあ!?」
「言ったでしょう! 私はもう一週間目なの! 日暮れがタイムリミットなのよ!」
「MP没収されたってまた稼げばいいじゃないか!」
「なにを言ってるの!?」
「なにって、MPってアイテム交換用のポイントなんじゃ?」
「……それ、誰から聞いたの?」
「えーと、赤い髪の魔法少女から」
「赤い髪の……まさか、10キロメートルエリア担当の!?」
「そうそう、その子」
「……なるほどね、あの人からしたら、その程度の感覚か」
「どういうこと? ていうかその子のこと知ってるの?」
「当たり前よ。魔法少女やってる人で知らないのは、あなたみたいな本当に新人の人くらいよ」
「どういう人なの?」
「彼女は、葉道歩夢。紛れもない天才魔法少女よ。魔法少女になってからわずか一週間で1万MPも稼いだのよ」
「1万MP?」
というと、大型Aランクのゼノークスが100MPだから……。
「一週間で、ゼノークス100体分!?」
「どれくらいすごいのか、分かったでしょ?」
そりゃあ、ぷに助もヘコヘコするわけだ。大型新人なんて次元じゃない。一週間で課長にだってなれるわ。
と、話していたら魔物も飛び上がって来た。
「げっ!? こいつ空飛べるのかよ……」
「こうなったらこのまま迎撃するわ」
「このままって……こんなところで戦ったら住宅に被害が出るじゃないか!」
「仕方ないでしょう、運が悪かったのよ」
「仕方ないわけあるか!」
「え……?」
「下には何十人って人がいるんだぞ、その無関係な人達を巻き込むつもりか!?」
「私には時間が無いの! あなたは知らないでしょうけどね、毎年魔物による被害で何千人から何万人って人が死んでるのよ! それに比べたら――」
「比べる命なんてないんだよ!!」
「――!」
「スレイプニルから聞いたのは、魔法少女の使命は魔物討伐による世界平和の維持だ。それはつまり、人々を魔物の脅威から守ることなんじゃないのか!? 年間何万人と殺される被害者を一人でも減らす。それが魔法少女の使命じゃないか! それなのに、人々を守る仕事をしてる魔法少女が、民間人を殺すような戦い方するのが仕方ないなんて、そんなわけあるか!」
「……じゃあ、どうしろっていうのよ」
「……」
「私は、もうすぐタイムリミットでペナルティがあるのよ!? こうでもしないと、魔法少女じゃいられなくなるの仕方ないじゃない!」
「私がなんとかする」
「え……?」
「タイムリミットは日暮れだよね?」
「え? ええそうよ」
「なら、それまでにあいつを倒せば問題ないな」
「ちょっと! そんな簡単に言わないで! 民間人に被害出さないで倒すなんて無理よ!」
「やってみなきゃ分からない。それに例え無理だろうと、なんとかするのが私の仕事なんだよ」
無理だ無茶だ不可能だなんてのは、もう言い飽きるぐらいボヤいてきた。それでも、そんなこと言ってられない日々を10年以上も繰り返してきた。間に合わない納期を無理やり間に合わせて、無茶な要求に徹夜で応えて、理不尽なことにも耐え抜いて……。
「そんなのに比べれば、この程度なんでもない!」
まずは場所を移動しないとな……。
「とりあえず場所を変えよう。付いてきて」
「どこへ行くの?」
「確かこの近くに、マンション建設予定地の空き地があったはずだ」
「そっか、あそこなら……ってなんで知ってるの? あなたこの辺の人?」
「さっきの子を守るために、周辺数キロ圏内は調査してあるんだ」
襲われてからじゃ間に合わないし、万が一なにがあっても対応できるように、下調べはしてあった。まさか気配を消せる魔物に襲われるとは思わなかったが。
「見えた。あれだ」
ちょうどいい広さの空き地が見えてきた。周囲に人の気配も無さそうだ。
後ろを振り向くと、ちゃんと魔物も付いて来ていた。
「さーて、ここなら遠慮なく思いっきりやれるな!」
魔法の杖を構えて、魔物を迎え討つ。
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