「どうした!?」
職場に戻ると、男が一人、開発室から逃げていくのが見えた。
あれは……魔物の気配!?
「先輩!」
「新島! 大丈夫か!?」
「あの野郎、ここに来るなりいきなり弥生ちゃん襲いやがった! なんなんだいったい!?」
いきなり新島を? 誰でもよかったのか? それとも……。
「新島、怪我は?」
「だ、大丈夫です。安西先輩が守ってくれたので」
「そうか。サンキュー安西」
「なーに、女の子を守るのは当然だろ? ひと目で異常者だと分かったからな、殴り飛ばしてやったよ」
……気配はある。まだこの建物内にいるのか?
「ちょっと見てくるよ」
「大丈夫か?」
「ああ、様子を見てくる。新島を襲った異常者を野放しにはできないからな」
「じゃあ、俺は警察に連絡を――」
「待った!」
「え?」
「警察はまだいい」
「なんでだよ?」
「今警察を呼ぶと、納期が遅れる」
「〜っ! お前なぁ!」
「分かってる! 俺だって許せないし今すぐに警察に来てもらいたい気持ちはある! でも納期が目の前に迫ったこの状況で警察が来ると確実に納品できなくなる。特に山田商事はお得意なんだ、信用を失ったら俺のクビじゃ済まなくなる」
「じゃあどうするっていうんだ?」
「俺が様子を見てくる。危険がありそうだったらLINEに連絡入れるから、そしたら警察に電話してくれ。大丈夫そうなのを確認したら警察は明日にしないか?」
「……どうする? 弥生ちゃんはそれでいいか?」
「……」
「弥生ちゃん?」
「あ、はい!」
「大丈夫か? どこか怪我を?」
「いえ、大丈夫です」
「そっか。それで、楓人の提案はどうだ?」
安西に聞かれた新島は、少し迷ったように目を動かしてから「はい。大丈夫です!」と力強く返事をする。
「ったく、お前は骨の髄までブラックに染まってんじゃねえか?」
「はは、そうかもな」
――と、建前のやり取りはこんなところだろう。
実を言えば、魔物の気配がする男を相手に警察なんて呼んだら厄介になることが目に見えてるためだ。もし最悪の事態になったら俺が魔法少女に変身しないとならなくなる。
その辺の道端だったり誰もいない場所なら、むしろそのほうが手っ取り早いが、職場で変身したら正体がバレてしまう。それだけは避けたい。
……いや、納期が遅れるというのは本音か。
「じゃあ、行ってくる」
「先輩、気をつけてください」
「死なねーようにな」
「ああ」
開発室を出て階段を下りて行くと、どんどん魔物の気配が濃くなっていく。やっぱりまだ建物に留まっているようだ。でも、いったいどうして?
玄関口まで行くと、そいつが待っていた。
「お前か? 新島を襲ったのは」
「……」
「なんで襲った? なにが目的だ!?」
「ククク……」
「……?」
不気味に笑う男を警戒して、いつでも変身できるように魔法の杖を握る。本当なら今すぐにでも変身したいところだが、それは最後の手段だ。
「なァお前、魔法少女なんだよな?」
「……やっぱり知ってるんだな」
どう考えても、魔法少女に変身したあの夜に見える人がたまたまいたなんて、都合が良すぎる。ということは、ヤ○ザの誰かに寄生した魔物が気づいた。と考えるほうが自然だ。それに、そう考えると例の襲撃事件も簡単に説明がつく。
「分からないわけがない。男が魔法少女になるなんて話は聞いたこともなったが……そんなの関係ない。あんなに強い器は初めてだったからな! それに、溢れんばかりの濃厚で濃密な魔力! 大当たりだぜ!」
「俺がそう簡単にやられると思ってるのか?」
「ククク……強がる必要はない。お前がまだまだヒヨッコの新人だってことはよ〜く分かってる」
くそ、思ったより俺について調べてるなこいつ……。
「で、俺を誘うために職場の女性を襲ったのか?」
「まあ、半分はな」
「半分?」
「ククク、それとお前さ、もしかして俺がコレに寄生してると思ってるんじゃないか?」
「なに?」
「ハハハ! 図星か? それも半分だ! ハハハハハ!」
「なにが半分だこの野郎、今すぐ浄化してやろうか!」
「ククク、よせよせ。虚勢じゃハッタリにもならん。それにどうせ魔法少女に変身しないと俺に触れることすらできない。まあ、生身で特攻するなら、それはそれで器を頂くだけだがなァ……」
ペロリと舌舐めずりをする魔物に、違和感を覚える。この魔物はどうしてすぐに俺を襲わない? 何かを警戒してるのか? それとも、何かを待ってるのか?
くそ、せめてアナライズできればな……。
俺は他の魔法少女と違って大人の男だが、魔物にとっては関係ない。こいつの言う通り、魔法少女以外はどんな人間だろうと無力だ。
変身すれば戦える。だが俺は正体がバレたら人生終了という特殊事情があるため、やはり最終手段だ。選択肢が他になく、変身するしかないその時は潔く諦めよう。
もし俺が女の子なら迷わず変身するんだけどな。ボッコボコにして新島に謝罪させてから浄化してやりたい。
「もしかして……」
俺が変身するのを待ってる? 新島を襲ったのも、このままじゃ触れることすらできないとわざわざ言ったのも、俺への挑発か? だとしたら乗るわけにはいかないな。何されるか分かったもんじゃない。
とはいっても、このままじゃ埒が明かない。いっそぷに助を召喚するか? ……いや、来てもらったところで状況は変わらないだろう。じゃあどうすれば……。
と、俺が回転の速くない頭で考えていると、ほんの少し甘い爽やかな香りがフワッと鼻に届く。
「これは……」
瞬間、俺の危険回避能力が警報を鳴らし、無意識レベルで体が動いて魔法の杖を足元に落とすと階段を駆け上がる。その間およそ0.8秒。
そして、俺が避難するやいなや、ガラスの玄関ドアをぶち破って勇者が入ってきた。
「アタシが来たから、もう安心だよ!」
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