「随分とでかい男だ。それに見ない顔だな。背中に馬鹿でかい剣とは物騒だ」
ガイルが黒色の瞳をグレイに向ける。
「一味に引き入れてから半年も経ってないのでね。兄さんが知らないのも無理はないさ」
シオンが短くそれだけを言うと、ガイルは面白くなさそうに鼻を鳴らす。次に口を開いたのはクルトだった。
「コーネンデルさん、お久しぶりです。あんたがついていながら、この始末はどういうことなんでしょうかね?」
コーネンデルは皺が刻まれた顔に苦渋の色を明らかに浮かべていた。コーネンデルは五十歳を超えているはずだった。父親の代からの配下で荒事専門というよりも金庫番に近い男だった。
そんな苦渋の色を浮かべたコーネンデルに代わって口を開いたのはガイルだった。
「おい、クルト、しばらく見ない間に随分と生意気な口を叩くようになったじゃあねえか。お前、こいつの右腕になったからって、何か勘違いをしてるんじゃあねえのか?」
ガイルの言葉にはクルトも流石に反論しようとはしない。そのまま険しい顔で黙り込む。
最早、俺の名前を呼ぶこともなく、こいつ呼ばわりなのか。
全てはこの売女が……。
シモンは改めて憎しみを込めた視線をイベルダに向けた。しかし、イベルダは変わらずに平然としてクルトの視線を受け止めている。
シモンはそんなイベルダに軽く舌打ちをして、視線をガイルに移した。
「兄さん、ストガー地区に粉をかけてきたのは、どういうつもりなんだ?」
シモンの言葉にガイルは薄ら笑いを浮かべてみせる。
「どういうつもり? 甘っちょろいことを言うもんだ。そもそもだ……」
ガイルは言葉を切ると、シモンの瞳を凝視する。
「俺とお前がこの街を半分ずつというのがおかしくねえか? 俺は兄貴だ。ましてや、お前は親父の実子じゃねえ」
「半分ずつ。それは親父が死ぬ前に決めたことだ」
「はっ、知らねえな」
ガイルは鼻で笑うと言葉を続けた。
「親父はもういねえんだ。考えてもみな。弟だか何だか知らねえが、血の繋がりもないお前にとやかく言われる筋合いはねえんだよ。俺は俺の好きなようにやらせてもらう」
目茶苦茶な理屈だった。いや、理屈にもなっていないだろう。
「そんなことが許されると?」
「は? てめえの意見は聞いてねえんだよ。さっきも言ったろう? 俺の好きなようにやらせてもらうとよ」
「ガイル兄さん……」
シモンが絞り出すように声を発すると、それを見たイベルダが薄ら笑いを浮かべた。
「兄さん、兄さんって血の繋がりもないのに、よく言えるわね。少し厚かましいんじゃない?」
「てめえ……」
シモンは憎しみを込めた瞳でイベルダを見つめた。厚かましいのはどちらだといった言葉をシモンは喉奥で噛み殺す。
「大体、何で血の繋がらないあんたが、この街の半分を仕切っているのさ。おかしくない?」
「イベルダ、てめえが口出すことじゃねえだろう」
シモンの憎しみを込めた瞳も言葉もイベルダは平然と受け止めていた。
「は? 私はあんたが馬鹿みたいに兄さん、兄さんって呼んでる男の連れ添いだよ。私にも言う権利があるってもんだろう?」
「てめえ、その口を閉じろ。どうせこの絵を描いたのはてめえだろう。汚い真似をしやがって」
シモンが言うとガイルが怒りの表情で口を開く。
「シモン、さっきからイベルダに対して、てめえこそその口の利き方は何なんだ? 調子に乗るんじゃねえぞ」
ガイルが声を荒げて、そう言い放った時だった。風を切る音がシモンの耳に届く。
瞬間、シモンの背筋に冷たい物が走った。腰を浮かしたシモンの眼前を鈍く銀色に光る物体が遮った。続いて周囲に甲高く響く金属音。
シモンの眼前に差し出されたのはグレイが持つ幅広の長剣だった。それがシモンを目掛けて弩から放たれた矢を弾いたようだった。
「ガイル、てめえ」
ひと声吠えてガイルに飛びかかろうとしたクルトが、弾かれたように背後へ倒れ込んだ。見ると左肩に深々と矢が突き刺さっていた。
「兄さん、どう言うつもりで?」
立ち上がって前のめりとなるシモンにガイルは嫌な笑いを浮かべた。
「ここでお前は死ぬんだ」
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