シモンは軽く頷いて口を開いた。
「クルト、肩の傷はどうだ?」
「血は止まったので、大丈夫です。動かさなけりゃ、何てことはない。ま、大した戦力にはなりませんがね」
「無理する必要はない。あの化け物がいれば充分だからな」
その言葉にクルトは少しだけ笑ってみせた。
「その通りですが、頭数は必要でしょうからね。こちらはグレイに叩きのめされて怪我人だらけで、無傷な奴らが少ない。ただ、怪我人がぞろぞろと行けば、舐められるだけだ。なので、怪我人で行くのは俺だけですよ」
「俺たちを入れて十人らしいな」
「ガイルさんと喧嘩をするには見栄えがしない人数ですかね。でも、シモンさんが言うようにグレイがいれば喧嘩自体は問題ないでしょうからね」
グレイがいれば問題ない。
どうやらクルトも自分と同じ見解のようだとシモンは思う。
「こっちには化け物がいるんだ。人数は気にしていない。ただ、ガイル兄さんには絶滅に手を出すな」
その言葉にクルトが呆れたような表情を少しだけ浮かべたようだった。それを見て一瞬、頭に血が昇ったシモンだったが、辛うじてそれを飲み込んだ。
ここでクルトと揉めることは得策ではない。自分よりもクルトの方が、配下の者たちを掌握しているのは事実なのだ。襲撃前にクルトと揉めて、クルトも含めた配下の者たちとしこりを残すような真似はしない方がいい。
結局、血の繋がりこそはないが、ガイルの弟である自分の気持ちなど家族ではないクルトに分かるはずもないのだ。
この怒りを晴らすのは後でもいい。
イベルダを排除してガイルと以前のような関係性を取り戻した後であれば、揉め事もなくなってクルトの存在意義も少なくなる。あまりに跳ね返った言動をするようであれば、その時にクルトを殺したっていい。
シモンは結論づけて、暗く濁った瞳をクルトに向けて頷いたのだった。
やはりこの男は人を殺すことに何の躊躇いもないのだと、シモンはグレイを見て改めてそう思った。
入り口に立っていた見張り役と思しき二人の男をグレイは躊躇う様子も見せずに両断した。それも正に両断だった。
一人目は肩口から腹部にかけて。二人目は腹部を水平に。二人の男は一刀で両断されていた。
外の騒ぎを聞きつけたのか、屋内が騒がしくなる。集団での揉め事は勢いがある方が強い。これは喧嘩の鉄則だった。
シモンがクルトに視線を送ると、クルトが短く頷いた。肩の怪我を気にする素振りもなく、クルトが片足を上げて分厚そうな扉を力任せに蹴り上げた。
派手な音を立てて扉は室内に向かって倒れる。屋敷にぽっかりと間が抜けたような穴が出現した。
その中を目掛けてシモンたちが一斉に雪崩れ込んだ。怒声と悲鳴が室内に充満する。
シモンは長剣を振りかぶって向かってきた男の喉を短剣で切り裂くと声を張り上げた。
「ガイル兄さんとイベルダを探せ。逃すなよ!」
やはりシモンに襲撃されるなどとガイルは少しも考えていなかったのだろう。武器を構えて向かってくる者などはごく僅かで、大半は逃げ出す素振りを見せていた。
いつもそうなのだとシモンは思う。ガイルの従順な弟。その役割をシモンは全うしてきた。
今回の騒動だってそうだ。度重なるガイル側からの挑発、嫌がらせに耐えてきた。従順な弟として。その結果、命を狙われることになった。
命を狙えば、逆に狙われることになると想像できないのだろうかとシモンは思う。それとも、従順な弟だからどのような目に会っても、自分に牙を剥くことなどはないとガイルは思っているのだろうか。
そこまで考えて、まあいいとシモンは思い直す。何にしてもガイルを焚き付けて全ての絵を描いたのはイベルダなのだ。
あの売女さえ排除すれば、以前のガイルが戻ってくるはずだった。
イベルダを殺す。あの売女が泣き叫ぶ姿を想像するだけで、シモンの精神は昂っていくようだった。
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