「面白いな。奴隷となったゴイル族は、何に対しても従順だと聞いていたが」
「従順? 冗談でしょう」
カレンは鼻で笑いながら言葉を続けた。
「私の中には恨みと怒りしかないわ。それは私の主人に向けただけのものではなくて、それと同じだけ私は他の奴隷に向けても恨みと怒りを持っているの。私の中にあるものは周り全てに対しての恨みと怒りがあるだけよ」
「面白いことを言う……」
「面白い?」
カレンは怒りがこもった黒色の瞳を父親に向ける。
「奴隷がいつでも従順なわけじゃない。奴隷だって怒るし、恨みもするのよ」
「……お前がだろう?」
父親は一言だけを言って、そこで言葉を区切った。そして、再び口を開く。
「お前がそうなだけだ。他の奴隷はそうはしない。豚や牛と同じだ。主人やその周囲に怒ったり恨んだりはしない。従順にしていれば、死なない程度の餌が与えられる。文句さえ言わなければ、そこには死なない程度の恩恵があることをよく知っているんだよ」
「私は……家畜なんかじゃない」
カレンが声を絞り出すように言う。
「そうか。ならば、家畜じゃないお前はどうする?」
「私の兄さんは、病気になった私を助けるために死んだのよ。主人に殺されたのよ。その罪は主人だけではなくて、周りにいた他の奴隷も一緒。そんな兄さんを他の奴隷たちは見殺しにしたのだから」
怒りがこもった燃えるような黒色の瞳をカレンは父親に向ける。そのような視線を父親は平然と無表情で受け止めていた。
「そんな話は俺に関係がないな。それで、お前はどうする?」
「必ず償ってもらうわ。皆、私が殺してやる。兄さんを殺した奴も、見殺しにした奴も。私が必ず償わせてやる」
優しかった兄のネイト。その思いを踏みにじり、家畜のように殺した人たちを自分は決して許さない。
「ほう、ならばどうする。どうやって殺すつもりだ?」
父親の瞳に少しだけ興味深そうな色が浮かんだ気がした。カレンは黒色の頭を左右に振る。
「分からない。今の私ではあの屋敷にいる全員を殺すことなんて無理だもの」
「なる程な……」
父親の返事と共に少しだけ沈黙が訪れた。それを破ったのは娘のミアだった。
「父様、この子は困っているのです。困っている人は助けるべきなのです。そう本にありました」
「そうか。そうかもしれないな」
娘の言葉に頷くと父親は茶色の瞳をカレンに向けた。
「屋敷にいる者たちの全員を殺そう。お前が言う他の奴隷も含めて全員だ。ならば、お前は何を差し出す。その代償は何だ?」
殺す?
何を差し出す?
代償?
父親は何をどういうつもりで言っているのだろうかとカレンは思う。父親の真意が分からない。
でも……。
「そうね。それが叶うのなら、私にできることであれば何でもするわよ。この命をあげてもいいわ」
その言葉に父親か唇の端を僅かに歪めた。それは笑ったかのように見えた。
「命か。確かに人にとって一番大事な物なのかもしれない。それに奴隷のお前では、他に差し出せるものがないのだろうな」
父親は少しだけ考えるような素振りをみせた後、再び口を開いた。
「いいだろう。今日の夜中だ。屋敷の外に出てこい。その代償の向こう側を俺に見せてもらおう」
父親はそう言って不意に立ち上がる。そして、娘のミアを連れてそれ以上の言葉を発することをしないままでカレンの前から去っていった。
どういうことだろう。どういうつもりなのだろうか。まるで狐につままれたような気分だった。
代償の向こう側……意味が分からなかった。
揶揄われただけなのだろうか。
きっとそうなのだろう。頭の弱そうな奴隷を見て、それを揶揄っただけなのだろう。少しの腹立たしさと共にカレンはそう結論づけた。
決して短くない時間を費やしてしまったようだった。遅くなると、また何を言われるか分かったものではない。カレンは先程までの奇妙な親子のことを頭の中から追い払って、立ち上がったのだった。
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