しかし、こんな底意地の悪いような結末をあの耳長種は見たがっていたのだろうか。こんな結末を彼女は欲していたということなのだろうか。それとも、彼女はグレイ自身にこの不条理を教えたかったとでも言うのだろうか。
分からないとグレイは思う。
自分は確かにあの地獄のような状況を救ってほしいと願った。そして、人ではなくなる代償として人外の力と不死の力を手に入れた。
だが、結局は愛する妻は救えずに民たちにおいても少なくない数の者たちが犠牲になった。そして、娘のミアは感情を失って自分と同じ歳を取ることもない不死の存在となった。
……ただ自分はこの地獄のような状況から救ってほしいと願っただけなのに。
窓から入る月明かりに照らされているミアの顔は寝息と同様に穏やかなものだった。それだけを見ていると感情もなく、歳も取らない存在だとは思えない。
何故、自分だけではなく娘のミアも不死の存在となってしまったのだろうかとグレイは幾度も考えてきた。だがきっとあの時、ミアも不死の存在とならなければ、妻のプレシアと同じように死んでいたことだろうというのがグレイの出した結論だった。
しかし一方では、人ではなくなった結果が妻も救えないままで、民も救えず、娘は感情を失って人ですらもなくなってしまった。もし代償の結果がこれらでしかないというのであれば、それは酷すぎるのではないだろうか。
……やはり自分は再度、あの耳長種に会わねばならないとグレイは改めて思う。
自分が差し出した代償の結果は何だったのか。それを彼女に問わねばならないと思っていた。
グレイがそこまで考えた時、ミアが不意に目を開いた。
「父様、夜は寝るものですよ」
感情のない顔で、感情のない声でミアが言う。それは事実をただ淡々と述べているだけだった。
感情がない思考。事実をただ事実と捉えているだけ。そして、決して成長することがない不死の存在。
これが払った代償の結果だとすれば、やはり余りに酷すぎるのではないだろうか。とても、神と呼ばれる存在がすることではないと思える。
いや、あれは神ではないのかとグレイは思い直す。それに、そもそも神が慈悲深いと思うことは間違いだとあの耳長種は言っていた。
そして、神とはどこまでも清廉な存在だとも言っていた。ならば神とは一体、人族にとって何なのだろうか。どのような存在だと言うのだろうか?
訊きたいことがたくさんあった。訊かねばいけないことがたくさんあった。そのためにも自分はあの耳長種にもう一度、会う必要がある。
「父様、夜は目を瞑るものなのですよ」
無言で自分の顔を見続けるグレイにミアが言う。
「ああ、そうだな……」
グレイはミアの明るい空色の瞳を見ながら言う。母親譲りのこの瞳には感情の色が全くこもっていない。時に硝子玉のようだと思う瞳だった。
グレイはゆっくりと体を横たえて瞳を閉じた。横からはすぐにミアの穏やかな寝息が再び聞こえてくる。
眠っている時。外界と意識が遮断されている時だけ、ミアは人として人らしくなれるのかもしれない。
そんな思いを抱きながらグレイは瞳を閉じたのだった。
雪が降り積もる山道に二つの黒い影があった。一つは大きく、一つは小さい。積もる雪が周囲の音を消し去ってしまったようで、二つの影が雪を踏む音以外に周囲を響かせる音はなかった。
「父様……」
小さな影が大きな影に語りかける。
「これからどこに行くのでしょうか?」
「北だ。もっと北に行く」
「そうですか。北は寒いところですね。風邪を引かないようにしなければなりません」
「……ああ、そうだな」
その言葉に応える大きな影の感情が揺らいだのか、大きな影の声が少しだけ掠れる。
周囲を白く染め上げながら雪は絶え間なく降り続けていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!