剣を片手に近づいてくる二人組を馬上にいる騎士たちは訝しそうな顔で見ている。自分たちが守るべき馬車を急がせる気配もない。これから何が起ころうとしているのか想像もしていないのだろう。
そんな彼らを見て呑気なことだとイザークは思う。知り合いでも近づいてきているとでも思っているのだろうか。親しげに片手でも振ってやろうか。そんな言葉をイザークは頭の片隅で泳がせていた。
グレイの動きは巨体に似合わず素早くて大胆だった。馬に乗る騎士に近づくと、その幅広で長い大剣を振り上げて一気に振り下ろす。
戦場で何度となく見た光景だが、何度それを見ても未だに信じられない。馬上の騎士は肩口からグレイの大剣を受け、馬ごと両断されてしまう。
そんな真似を人ができるものなのだろうか。実際に目の前でその光景を目にしながらも尚、そういった疑問が沸き上がってくる。そしてイザーク自身も馬車に近づくと、引き攣った顔をしながら逃げ出そうとしている御者に近づいて素早く長剣を振り下ろした。
そこでようやく今起きつつあることを理解したのだろう。制止の声なのだろうか。言葉になっていないような声を発しながら馬上の騎士たちが剣を抜いた。騎士は残り四人。そんな様子では打ち合わせ通りに騎士たちの方はグレイに任せておけば何の問題もないようだった。
イザークがそのまま馬車の扉に手をかけて、それを開こうとした瞬間だった。馬車の中から扉を貫いて長剣の切先が突き出されてきた。
イザークは身を捩って辛うじてその長剣を避けた。馬車の中から出てきた者の顔には見覚えがあった。王国騎士団団長オーバル。
剣の腕は王国内随一と言われている。まさかこの日、馬車に同乗しているとは思わなかった。
「貴様ら、何者だ? この馬車にレンデルト王太子殿下がいらっしゃると知っての狼藉か?」
馬車から降り立った騎士団長のオバールは、長剣の切先をイザークに向けながら尋ねた。やはり王太子は馬車の中なのだ。これで馬車には王太子がいないかもしれないといった一抹の不安も払拭された。だが正直、騎士団長相手では分が悪いとの思いもある。
多数対多数の戦場であれば付け入る隙もあるだろう。だが、戦場ではない純粋な一対一の場では正式に剣術を学んだ者の方が圧倒的に強い。
ましてや、相手は王国内で随一と言われている剣の使い手だ。イザークのように主に戦場において独学で剣を学んできたような者が容易に太刀打ちできるとも思えなかった。
「貴様、傭兵か?」
騎士団長のオバールが再び尋ねてくる。イザークはその言葉に軽く頷いて口を開いた。こうなってしまったからには気後れしている場合ではない。
騎士団長のオバールが出て来た以上、ぼんくら王子に代償を払わせるのは残念だが後回しにしなければならないだろう。今は少しでも時間を稼いで生き延びる方法を模索する時だった。臨機応変に。それが戦場で学んできたことだった。
「そこの王太子は俺たちを囮にして、戦場から逃げ出しやがった。その代償を払ってもらう」
その言葉にオバールは不思議そうな顔をした。
「あの戦いに参加した傭兵か? あの状況でよく生き残れたものだ」
「うるせえ。他の仲間は全員が死んだよ」
「その仇討ちに来たということか? だが、傭兵とはそういうものだろう。味方が窮地に陥った時は、真っ先に切り捨てられる」
「切り捨てられるのと囮にされることは違うんだよ。お前たちのせいで、何人の傭兵が死んだと思っている?」
その言葉にオバールは再び不思議そうな顔をしてみせた。
「同じことだと思うがな。それに、貴様たちが死んでくれたお陰で、正規兵たちは生き延びることができたのだ。私たちはそのために高い金を貴様たち傭兵に支払っているのではないかな」
「ふざけるなよ。俺たちはお前たちの保険じゃねえ」
「ふむ。切り捨てられることと囮。言い方の違いだけで、同じことだと思うがな」
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