ガイルの言葉が合図となっていたのだろうか。その言葉とともに十人程の男たちが店内に雪崩れ込んできた。
ガイルとイベルダ、そしてコーネンデルの三人は一斉に立ち上がると、雪崩れ込んできた男たちの背後に立った。
次いで、イベルダの癇に触る嘲笑が店内に響き渡った。
「馬鹿な奴だね。本当に三人で来るなんてね」
「イベルダ、てめえ、ぶっ殺す」
シモンの怒声にイベルダは薄ら笑いを浮かべる。
「言ってくれるね。やれるもんならやってみなってんだ。お前たち、さっさと殺しちまいな」
イベルダの言葉に男たちはそれぞれが抜き身の刀剣を手にする。
「ガイル兄さん、本当に俺を殺すつもりなのか?」
シモンは床に片足をつけ、矢を受けて左肩を押さえているクルトを介抱しながらガイルに顔を向けた。この状況になってもシモンにはまだ信じられなかった。ガイルが本気で自分の命を狙うなどとは。未だにこの一連の出来事さえも、単なる脅しなのではないのかとも思う。
実際、この話し合いによっては自分が支配する地域の半分をガイルに譲ってもいいとさえシモンは思っていた。ガイルは兄なのだし、やはり自分はガイルが言うようにガジナールの実子ではないのだ。
そのような自分がガイルと同じ立ち位置なのは、やはり間違っているのではないかとの思いがある。ガイルもシモンが支配するよりも広い地域を支配できれば、兄としての面目も保たれて矛を引くのではないだろうか。
だが、やはり考えが甘かったのだろうか。自分の前にいる刀剣を手にした男たちが発散している物は、単なる脅しではないことを明確に表しているようだった。
全てはあの女が……。
歯噛みする思いだったが、既にどうにもならないような状況だった。流石にこの人数を前にして斬り抜けることは無理に思えた。
その時だった。横のグレイがゆらりといった感じで動き、床に膝をつけているシモンとクルトの前に背を向けて立った。
次の瞬間、グレイの幅広な長剣が上段から下段に向かって一閃した。勢いが余ってという表現が正しいのか、グレイが振り下ろした長剣の先が床に深くめり込む。
人が両断される姿をシモンは初めて見た。上段から長剣の一閃を受けた男は肩口から股下にかけて正に両断された。
べちゃっといった濡れたような不快感のある音と共に、両断された男の体が床に転がった。身体の中にはこれだけの血液があるのかと驚かされる程の鮮血が周囲に撒き散らされている。
その凄惨さにイベルダが喉の奥でくぐもった悲鳴を上げたようだった。
裏社会で生きている以上、血生臭い光景には慣れているはずだった。だが、この光景はあまりに凄惨過ぎた。
傭兵くずれのようなことを言っていたが、戦場とはこれほどまでに凄惨なものなのか。いや、そもそも人の手で人を縦に両断するなどは聞いたことがない。
シモンも含めて誰もが目の前で繰り広げられたその凄惨さに、まるで固まったように動くことができなくなっていた。そのような中で剣先がめり込んでいる鮮血に濡れた長剣をグレイがゆっくりと床から引き抜いた。
「よく聞け。ここでこいつに手を出せば殺す」
さして大きくはなかったが、低い声が周囲に響き渡った。誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
「て、てめえ……てめえこそ殺されたいのか?」
大したものだと言うべきか。気丈にもガイルが虚勢を張るかのように声を発した。それに後押しされたかのようにイベルダが口を開いた。
「あ、あんたち、何を突っ立っているんだい? リ、リカドが殺されちまったんだよ!」
その言葉に背中を押されるようにして、髭面の男がグレイの前に足を踏み出した。
その瞬間、グレイの幅広な長剣が今度は左右に一閃した。長剣が大気を切り裂く音。首から上の頭が床に落ちる音。男の体が鮮血を吹き出しながら倒れる音。それらはほぼ同時だったかもしれない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!