「おい、取り残されたんじゃねえのか?」
傭兵団「黒い羽」で副長を務めるドルチェがこちらを振り返りながら言う。イザークは珍しく顔に焦りの色を浮かばせているドルチェの灰色がかった瞳を見ながら口を開いた。
「ぼんくら王子の野郎、俺たちを囮にしやがったな」
イザークは忌々しげに言葉を吐き出すと、今度は周囲にいる傭兵団黒い羽の仲間に向けて大声を発した。
「固まれ。孤立するぞ。隙を見て血路を斬り開く!」
イザークの言葉に従って五人の「黒い羽根」に所属している傭兵たちが輪を作るようにして固まった。「黒い羽」は隊長であるイザークを含めて六人からなる小さな傭兵団だった。もっとも、隊長というほど聞こえがよいものではなくて、実際はまとめ役に近い。
傭兵団としての人数こそは少なかったが、所属している者たちの誰もが傭兵としての経験は豊富で腕が立つ者たちだった。
イザークがこの五人と傭兵団を結成してから既に三年以上が経過していた。幾度となく戦場に立ち、それら全てを無事に切り抜けてきたのだ。
これまでだって今以上の危機的な状況に陥ったことはあった。それらを無事に切り抜けてきたのだ。今回だって無事に切り抜けられるはず。
イザークはその思いを胸に周囲を見渡した。戦場は混戦になりつつあった。いや、混戦というよりも敵に包囲されつつある状態なのだろうとイザークは推測する。
元々はあのぼんくら王子……レンデルト王太子に武人として箔をつけさせるための異民族に対する出兵のはずだった。
適当に北方にある異民族の村落をいくつか陥落し、自国への帰属を徹底させて帰還するだけの目論見なのだったろうと思う。もっとも、そのような帰属などは時が経てば、結局は頃合いを見計らった異民族たちに離反されてしまうのだったが。
ところが、いつもとは勝手が違って今回は予想外に異民族の抵抗が強かった。北方の異民族はいくつもの小さな部落にわかれていて、仮に他の部落が攻められても我関せずといった状態だとイザークは聞いていた。
ところが、今回に限っては最大の部落を中心としていくつかの部落が集まって組織的に反抗してきたのだった。
どういう事情でそうなってしまったのかは知らないし、他国から流れて来た傭兵でしかないイザークにしてみれば興味もない。ただ、攻め込まれる異民族にとってみれば迷惑でしかない、ぼんくら王子たちの間抜けな目論見が外れたと思っているだけだ。
そんなぼんくら王子の目論見などはどうでもよいのだが、そのせいで自分たちが死ぬことになっては堪らない。実際に今、自分たち傭兵は敵中で孤立しつつあるのだから。
今頃、正規兵が逃げ出していることは間違いがないようだった。よって、どう考えても自分たちも含めた傭兵部隊は彼らが逃げるための囮となってしまっていた。
それが、偶然なのか、敢えてなのかは分からない。正規兵が逃げ出した時に、たまたま傭兵部隊が突出していたのかもしれなかった。だが、そんなことはどちらでもよかった。事実がどうであれ、自分たちが敵の中で孤立しつつあることには違いがないのだから。
そこまで考えてイザークは込み上げてくる怒りから奥歯を噛み締めた。ただ奥歯をぎりぎりと鳴らしたところで状況が好転するはずもない。イザークは再度、血路を斬り開くべく左右を見渡す。
戦場を見渡したイザークの視線がある一点で固まった。その視線の先には傭兵であるイザークにしてみても信じられないような光景があった。
周囲の誰よりも大きな男が見たこともないような長剣を振るっている。その長剣は縦にも横にも大きい。男が長剣を振るう度に血煙と共に異民族の兵が両断されて、宙を舞っている。
「何だ、あれは……」
戦場だというのにイザークは思わず呆れたような声を発した。まさに化け物、人外の者と言ってよい姿だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!