「明日は仕事を休めるよう、ルイーズ様に私から頼んでみよう」
夫であるイアンの言葉にシャーリーンが頷いてネイトに視線を向けた。
「ネイト、そうしてもらいなさい。カレンに無理をさせる必要なんてないのだから。きっとルイーズ様なら承諾をして下さるわ」
カレン、大丈夫?
具合が悪いの?
アイナとメイベルの姉妹もカレンに心配する声をかけてくる。
「ありがとうございます。そうしてもらえると嬉しいです」
ネイトは素直に頭を下げる。それに対してイアンが首を左右に振った。
「ネイト、私たちに感謝する必要なんてないのさ。感謝をするのならルイーズ様の方だよ。ルイーズ様は私たち奴隷に対しても、寛大な心を持って暖かく接してくれるのだからね。こうして困った時に頼みごともできる。非常に優しいお方なのだから。私たちは幸運なのだよ。あのように優しいお方がご主人様でいてくれて。だから、私たちは常にそれを感謝しなければいけないのさ」
ルイーズ。この屋敷の主人であり、同時にネイトたち奴隷の所有者でもある。身分は単なる農園主でいわゆる平民なのだが、出自は貴族に連なる身分だと聞かされていた。公には認められていない庶子ということなのだろう。
他ではよく耳にする奴隷に対する虐待めいた酷な仕打ち。ルイーズにはそれがなかった。それはルイーズだけではなく、ルイーズの夫人や子供たちも同様で、最低限の節度を守ってネイトたち奴隷に接してくれていた。
そのようなルイーズなので、カレンが熱を出した時は事情を話せば、いつもその日の労働から解放してくれるのだった。
「カレン、大丈夫かい? 明日、大人しくしていれば、きっと熱は下がるよ」
元気づけようとするネイトの言葉にカレンは無言で頷いた。だが、やはり食欲はないようで、器に手を伸ばしたものの食べ物を口に運ぶ素振りは見せなかった。
「ネイト、無理して食べさせる必要はないわよ。気分が悪くなるかもしれないから。ね、カレン」
叔母のシャーリーンの言葉にカレンは無言で頷いている。先程からカレンは殆ど言葉を発していない。
熱はそれほど高くないようだったが、体調自体は相当悪いのかもしれない。
叔母がカレンに優しくかける言葉を聞きながら、ネイトはそう思うのだった。
カレンが発熱してから一週間以上が過ぎ去った。当初はいつものように一日、二日で治る発熱だろうと思っていたのだが、それとは様相が異なるようにネイトには思えてきていた。この期間、カレンの熱は一度も下がることがなかったのだ。これだけ熱が続くようなことは、今までに一度もないはずだった。
発熱してからのカレンは食事を摂ることもなく、寝台から起き上がることもなかった。口にする物と言えば辛うじて水分を摂る程度だった。
そのことも一層、ネイトを不安にさせる要因だった。この期間で、もともと細かったカレンの体が更に痩せ細ってしまったようだった。
流行り病でネイトとカレンの両親はあっけなく死んでしまった。その事実が何度も打ち消してもネイトの中で悪夢のように思い出されるのだった。
「カレン、今朝の気分はどうだい?」
粗末な寝台の上にいるカレンにネイトは声をかけた。
「うん、大丈夫……」
気丈にも頷くカレンだったが声は弱々しくて、その呼吸も苦しそうだった。そんなカレンの額にネイト片手を伸ばした。やはり熱は下がることがなくてカレンの額は熱いままだった。
このようにカレンが寝込んでから一週間、熱が下がる気配が一向にないのだった。極端に熱が上がるようなことはなかったのだが、逆に熱が下がる気配もなかった。
確かにこれまでもよく熱を出すことがあったカレンだったが、やはりこの熱は今までとは違うものではないだろうか。
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