そんなシモンに対して、顔を引き攣らせながらもガイルは懸命な様子で口を開いた。その声は明らかに震えて上擦っている。
「て、てめえは昔から気持ち悪いんだよ。気味が悪いんだよ」
声を上擦らせながらも意を決したのか、吐き捨てるようにしながらガイルは言葉を続ける。
「俺は前に見たんだよ。俺の寝台で、てめえがやっていたことをよ」
ガイルの言葉に今度はシモンの片頬が引き攣り痙攣する。
「てめえは俺の寝台で、てめえのなにを弄っていたろう」
その言葉とともにシモンの顔から一気に血の気が引いていく。
「ガイル兄さん何を言って……あれは……そう、あれは違うんだ」
血の気を失って白い顔をしたシモンの声が掠れる。喉の渇きが激しい。まるで自分の声が地の底から響いてくるようだった。そう。ミアといったか、あの娘の声と同じように。
「あ? 何が違うって。なにを出して弄っていたじゃねえか。俺は間違いなく見たんだよ。大体、てめえは昔から兄さん、兄さんって気持ち悪いんだよ。ずっと気持ち悪かったんだよ。この変態野郎が」
止めてくれ……止めてくれ、兄さん……。
血の気が引いたシモンの顔が更に引き攣る。自身でも制御できない程に頬が痙攣しているのを自覚する。
……何でこんなことになったのだろう。
原因となったはずの売女は殺したのに……。
……何でこんなことになったのだろう。
シモンは何度も呪文のように自問しながら、懐の短剣に片手を伸ばした。
皆の目が怖い。
周囲にいる誰もが、自分に対して低俗でしかない興味本位の視線を向けている気がする。自分を嘲笑している気がする。
その視線が、嘲笑がシモンは怖かった。できるのならば、まるで子供のように両耳を塞いで座り込んでしまいたかった。
……何でこんなことになったのだろう。
いくら自問しても、やはり答えは見つからない。見つけることができない。
子供の時からだっただろうか?
いつからだったかはもう分からない。
そう。
自分はガイルのことをただ愛していただけなのに……。
ずっとずっと愛していた。
ただそれだけなのに……。
シモンは右手を横に一閃させた。
同時にシモンの片頬を涙が伝う。
これは何の涙なのだろうか。
頬を伝う涙の意味も分からないままに、シモンの視界には望んでいなかったものが映ってしまう。
視界の中で床にゆっくりと床に崩れ落ちるガイル。
それに合わせるかのように血煙が宙を舞う。
その血煙の向こうで、微動もせずにシモンを見つめるグレイの姿があった。
山々にその日の終わりを告げる夕暮れが訪れようとしている。周囲にある全ての物が等しく夕陽に染められて、そのどれもが総じて橙色となっていた。
橙色に染まった木々の間を縫うようにして通る細い山道。その上に二つの影があった。一つは大きく、一つは小さい。小さい影が大きい影に語りかけた。
「父様、次はどこへ行くのでしょうか? どこに向かっているのでしょうか?」
「北だ。もっと北に行く」
「北ですか。北は寒いところですね」
「そうだな」
そこで暫しの沈黙が訪れた。二つの黒い影は互いに黙したままで歩みを進める。それまでにあった周囲の風が急に止んだようだった。風がそよぐ音はなく、時おり聞こえてくる獣や鳥が鳴く声の他にある音は、二つの黒い影が大地を踏みしめる足音だけだった。
やがて、急に訪れた静寂を嫌うかのように大きな黒い影が再び口を開いた。
「ミア、お前を取り戻す。飽きるぐらいに生き血を啜っても……」
ミアと呼ばれた小さな影は意味が分からなかったのか、少しだけ小首を傾げたようだった。
大きな黒い影がそれ以上の言葉を発することはなかった。黙したままで前方に顔を向けてしまう。小さな影もそれを気にする素振りもなくて再び前方に顔を向けた。
夕暮れの山道を黙々と歩く二つの黒い影がそこにはあるだけだった。
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