ネイサンたちが村を出て行ってから二週間後のことだった。珍しく子供を連れた旅人がネイサンたちの小さな村に姿を見せた。その親子が言うには、山を超える準備をしたいから二週間ほど村に滞在させてほしいとのことだった。
特に拒否する理由もなくて、ネイサンたちは村にその親子を受け入れた。
奇妙な親子だった。父親は口数が多くなく、傭兵崩れなのだろうか。背中には見たこともないほどの大きな長剣があった。そして、何よりも目を引いたのがその大きな体だった。父親は背も高いのだが、その胸や腕、両足にはちきれんばかりに筋肉がついているのが見てとれた。
一方で娘は目を奪われるほどに整った顔立ちの少女だった。だが、にこりともしないどころか表情が少しも変わることがなかった。その無表情な顔に加えて一言も喋ることがないので、もしかすると話すことができないのかもしれない。そんな噂を立てられるような娘だった。
父親は傭兵崩れのように見えながらも物騒な立ち振る舞いのようなものはなくて、親子は村を訪れて以来、粛々と冬山を超える準備を行なっているようだった。
奇妙と言えば、真冬をこれから迎えようというこの時期に、山を越えようとしていること自体も奇妙であった。
ただ、そうしなければいけない事情を抱えているのだろうとシヴァルも含めて村人たちはそう思っていた。
また、十歳にも満たないような娘を連れての冬山越えは厳しいのでは。
おそらくは村人の誰もがそう思っていたはずだったが、この親子にそれを言った村人はいないようだった。実際、誰もが日々の生活に窮していて、素性も分からない奇妙な親子に目を向けている余裕がないというのがシヴァルも含めた村人たちの正直なところだった。
奇妙な親子が村に滞在するようになってから丁度、一週間がたった時だった。これから訪れる冬に備えての準備をシヴァルがしていると、血相を変えたレズリーが現れた。
「領主だ。領主の連中がやってきた。兵士も連れている」
税の納めも終わって冬を迎えようとしているこの時期に、今まで彼らが姿を見せることはなかった。となると、考えられる理由は一つしかない。シヴァルはごくりと唾を飲み込むのだった。
レズリーが言うように、それから程なくして、二十名ほどの兵士を連れた領主から派遣されてきた役人が姿を見せた。一人だけ馬に跨っている男がいて、その男の顔には見覚えがあった。毎年、税を徴収する際に責任者として必ず姿を見せるでっぷりと太った五十代の男だった。
シヴァルたちは女子供や老人は家の中に入れて、村に残った働き手の男たち二十名弱で彼らを迎え入れた。
馬に跨っている男は軽装だったが、他の兵士たちは物々しく武装をしていた。武装をした兵士が村に来るのは初めてといってよかった。
そんな彼らを前にしてレズリーが口を開いた。
「ケネス様、急なお越しで驚きました。それに、この物々しい雰囲気。何かあったのでしょうか?」
レズリーの言葉に馬上でケネスは不快そうに顔を歪めた。
「素知らぬ顔でそのようなことをよく言えたものだな。貴様、名は何と言ったか?」
「レズリーでございます……」
「レズリー、貴様たちの村から少なくない村人が逃げ出したと聞いたが、相違ないか?」
「それは……」
レズリーが言い淀む。
「農民が田畑を捨てて逃げ出すのは大罪だぞ」
ケネスは冷たく言い放って周囲の村人たちを見渡した。
「そ、そんな話を聞いたことはございません。それに逃げ出した者たちがいるのは事実でございますが、逃げ出したのは彼らであって、我々には関係がないこと」
シヴァルがそう反論すると、ケネスはシヴァルに冷たい視線を向けた。
「農民風情が知ったような口を叩くな。逃げ出せば大罪。そして、残った村の者も同罪だ。逃げた者たちにも追手が向かっている。貴様たちと同様に、捕まえて逃げた者は死罪となる」
「……死罪……そんな無茶な」
レズリーが喘ぐように言う。
その時だった。シヴァルたちの背後から声が上がった。
「見せしめか」
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