目的の焼き菓子屋に着くと、周囲は甘ったるい匂いで満ちていてカレンの食欲を刺激する。それを押さえ込みながらカレンは店の前に立った。
店主は頭が禿げ上がっていて、四十代の半ばぐらいに見えるでっぷりと太った中年男性だった。店主は店先に現れたカレンを冷たい目で一瞥する。それは明らかに客に対する視線ではなかった。
粗末な身なり。痩せた体。黒色の髪と瞳。それらを見れば一目でカレンがゴイル族だと分かる。それを踏まえた上での侮蔑的な視線なのだろう。店主は眉間に深い皺を刻んだ。
「何の用だ。ただでくれてやるものなんてないぞ」
店主がその表情と同じで冷たくカレンに言い放つ。
「いえ、ご主人様に頼まれた買い物です」
カレンの返答に店主は不満げな舌打ちを返した。
「そうかよ。なら、ぐずぐずしていないで早く買ってくれ。店先にゴイル族がいると、店の評判が下がるってもんだ」
別にぐずぐずしているつもりはなかった。自分に向けられる明確な悪意。ゴイル族だからといって、ここまで嫌われる謂れがかるのだろうかとカレンは時に思うことがある。そんな思いを抱いて飲み込みながら、カレンが黙って頷いた時だった。
「父様、ここのお店の人はお客を虐めているのでしょうか」
その声を聞いた瞬間、カレンの背筋に冷たい物が走った。まるで、地の底から響いてくるかのような嫌な気味が悪い声。
カレンは声がした背後を反射的に振り返った。カレンの背後には十歳に満たないような少女と異様に大きな男が立っている。父親であろうその男は背中に見たこともないような長くて大きな剣を背負っていた。
「ゴイル族だな。店主は奴隷のゴイルを馬鹿にしているだけだ。気になるのか?」
父様と呼んだ父親の問いかけに少女は小首を傾げてみせた。真っ直ぐな茶色の長い髪。明るい空色の大きな瞳。首を傾げるその仕草も含めて、その容姿は美しい少女といってよかった。
ただ、その美しさは何かがおかしかった。違和感があった。そうかとカレンは思う。表情がないのだ。先程の声と同様に顔にも感情がないのだ。
まるで綺麗な人形のよう。
それがカレンの率直な感想だった。
「な、何か文句でもあるのか。この奴隷はあんたらの知り合いか?」
男の大きな体に威圧されたのか、店主が気圧されたように問いかけた。男はそんな店主の言葉には興味がなさそうな様子で頭を左右に振った。
「いや、知らないな。どうでもいい。こっちにも菓子を一つくれ」
店主はカレンに焼き菓子が入った紙袋を渡した後、男にも同じく紙袋を渡す。カレンはそれを横目で見ながら、銅貨を置いて踵を返した。
奇妙な親子だった。それと同時に薄気味悪い親子だとも思う。父親が持つ物騒な長剣や、娘のあの様子。ただ、いずれにしてもカレンには関係ない話だった。
頭の中からそんな薄気味悪い親子の存在を追い払った時だった。背後から不意に声をかけられた。あの地の底から湧いてくるかのような声で。
「焼き菓子、食べますか?」
カレンが驚いて背後を振り返ると、やはり先程の娘が無表情で立っている。そして、その手には焼き菓子が入っていると思しき紙袋が握られている。
唐突な出来事にカレンが言葉を失っていると、娘の背後にいる父親が口を開いた。
「娘のミアが焼き菓子をあげたいらしい。急いでいなければ、つき合ってくれ」
そんな父親の言葉に続いて、ミアと呼ばれた娘が口を開いた。
「可哀想な子には優しくしなければいけないと本にありました」
……可哀想な子。
……優しくしなければいけない。
その言葉を耳にして瞬時にしてカレンの頭に血が上ったようだった。
「施しなんていらない。奴隷だからって、可哀想なわけじゃないから」
カレンの言葉に対して娘の方は無表情のままだったが、父親が一瞬だけ虚をつかれたような顔をする。
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