二人が帰ると既に食事の準備は終わっていたようだった。母親の妹夫婦は二人の子供と一緒に食事には手をつけずに、食卓でネイトとカレンの帰りを待ってくれていた。
「お帰り、ネイト、カレン」
「うん、ただいま」
「ただいま」
ネイトとカレンが返事をすると、母親の妹であるシャーリーンがにっこりと笑う。
「さあ、手を洗ったら早く座るんだ。皆、首を長くして待っていたんだからな」
シャーリーンの夫であるイアンが少しだけおどけたような素振りで言う。それに合わせて二人の子供、アイナとメイベルが可笑しそうに笑い声を上げた。
アイナとメイベルはネイトたちと従姉妹にあたる。アイナは八歳、メイベルは五歳になるのだったが、ネイトたちとも兄妹のように接してくれていた。
手を洗ってネイトとカレンは食卓に座る。
「さあ、温かいうちに食べようじゃないか」
夫のイアンが言うと、アイナとメイベルの姉妹が小さな歓声を上げる。ネイトの隣りに座る妹のカレンも同じように笑顔を浮かべていた。
常にお腹が空いているのだ。食事の時間が一番、嬉しいに決まっていた。ネイト自身も正直、先程から空腹を訴えて鳴り続ける胃を持て余していた。
「いただきます」
父親であるイアンの声を皮切りにして、それぞれが食卓に手を伸ばす。もっとも、食事といっても食卓にあるのは粗末なものでしかない。
具がどこにあるのかも分からないような汁物。その汁につけて柔らかくしなければ食べられない程に硬くなってしまっている穀物を粉にして焼いた物……。
そして、それらですらさえも決して十分な食事の量と言えるものではないのだったが、粗末ながらも笑顔が浮かぶ楽しい時間でもあった。
アイナとメイベルの姉妹が楽しげに今日の出来事を互いに語っている。そういった彼女らの姿を見ているだけで、ネイトは心が少しだけ浮き立っていく気がした。
幸せな時間。粗末なものとはいえ、食事の時間はそれを実感することができた。自分たちにも両親が生きていれば、このような幸せをもっと実感することができたのだろうか。
ネイトはそう考えると少しだけ悲しくなった。その思いを振り払うようにして、先程から妙に大人しいカレンにネイトは視線を向けた。
「どうかした、カレン? 何だか今日は随分と大人しいみたいだけれど……」
声をかけたネイトにカレンは少しだけ見上げるようにして顔を向けた。
「うん……あまり、お腹が空いてない」
お腹が空いていない。街中で焼き菓子の匂いがした時は、明らかにお腹が空いていることを我慢している顔のはずだった。いや、そんな事実がなくても、お腹はいつだって空いているはずだ。
「具合が悪いのかな。どこか痛い?」
その言葉にカレンは黒色の頭を左右に振った。言われて見れば、カレンの両頬がいつもより赤く見える。黒色の瞳にも濡れたような光沢があった。
ネイトは片手を伸ばして手の平をカレンの額に置いた。
……熱い。
「喉、痛い?」
再度、訊いてみるがカレンは同じく頭を左右に振った。
「熱があるのかい?」
叔母のシャーリーンが心配そうに訊いてくる。
「大した熱じゃないと思う。今日は街の中心まで買い物に行ったから、少しだけ歩き疲れたのかな」
ネイトがシャーリーンに対してそう言うと、カレンは気を使ったのか笑みを浮かべてみせた。しかし、顔に浮かんだ笑みは弱々しく見え、それはカレンの体調がよくないことを如実に表しているようだった。
体が丈夫ではなかった母親に似たのか、カレンはこうしてよく熱を出した。二、三日もすれば熱はすぐに下がるので大事になることはないのだが、ネイトとしては心配であることには変わりがない。
「カレン、少しだけでも無理して食べないとね」
ネイトの言葉にカレンは素直に頷いて、細い腕を食卓に伸ばした。
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