口の中に土の味が広がる。ネイトは反射的に頭を持ち上げようとしたが、更に強い力で上から大地に押しつけられてしまった。
「イアン、子供相手に乱暴な真似は止めなさい」
ルイーズの言葉と共にネイトを押さえつけている手の力が少しだけ弱まったようだった。ネイトはそれに合わせて勢いよく頭を上げた。
「ルイーズ様、お願いです。妹に医者を……」
「それは無理だね」
ルイーズはネイトの言葉に被せるかのようにして口を開いた。
……え?
ルイーズの顔からはそれまでそこにあったはずの柔和な笑みが消えている。柔和な笑みが消えた後の顔はどこまでも無表情だった。そして、その顔のままでルイーズは口を開いた。
「ネイト、勘違いをしてはいけないよ。確かに僕は君たち奴隷に不必要な苦痛を与えるつもりはない。そのようなことをする者は人として下の下だとさえ思っている」
ルイーズはネイトに見せつけるようにして人差し指を立てながら言葉を続けた。
「だけれども、君たちは奴隷だ。不必要な苦痛を受ける必要はないけれど、それ以上の恩恵を受ける必要もないんだよ」
「ルイーズ様、申し訳ございません。まだ子供の言うことでございます。いつも慈悲深いルイーズ様に甘えての言葉でございます。後で強く言い聞かせますので、お許し下さい」
再びイアンがネイトの上半身を頭ごと大地に押さえつけた。そして、ネイト自身も平伏する。
「大丈夫。僕は気にしていないからね、イアン」
ルイーズはそう言うと再び柔和な笑顔をその顔に浮かべてみせた。そして言葉を続ける。
「しつこいようだけど、まだ彼は子供だ。イアン、手荒な真似はしないようにね」
ルイーズはそれだけを言って踵を返した。
ルイーズがその場を去るまでの間、ネイトの頭はイアンに強く押さえつけられていた。そしてルイーズの気配が消えた瞬間、今度は襟首を持たれて背後に強く惹かれる。
気づいた時にはイアンの顔がネイトのすぐ前にあった。
「どういうつもりだ、ネイト!」
イアンから怒声が発せられた。
「イアン、乱暴は止めて」
叔母のシャーリーンが慌てて駆け寄ってきたが、イアンはそれを気にする素振りは見せなかった。
「ぼ、ぼくは単にお願いを……」
「ふざけるな、ネイト。子供だからって許されることじゃない。奴隷としての分を超えたお願いをする奴がいるか!」
……分を越えた。
「自分の身分を考えろと言っているんだ。俺たちは奴隷なんだ。願い出るのも憚られるものが当然あるんだ!」
……憚られるもの。
ネイトにはイアンが言っている意味が分からなかった。奴隷だと病気で苦しむ妹を助けようとしてはいけないのだろうか。医者に診てもらえるようにお願いすることもできないのだろうか。
「ただでさえ俺たちはルイーズ様という寛大なご主人の下で、穏やかな日々を受けさせて頂いているんだ」
イアンは怒りの表情のままで更に言葉を続ける。
「他の奴隷なんて、面白半分に主人から殺される者だって珍しくないというのにだ。こんなことで俺たちまでルイーズ様のご不興を買ってしまったらどうするつもりだ。お前はどうやって責任を取るつもりだ!」
「あなた、そのぐらいにしてあげて。ネイトもカレンを心配してのことなのだから……」
「お前は黙っていろ!」
自分の妻であるシャーリーンにもイアンは強い言葉を投げつけた。その剣幕にシャーリンは黙り込む。
「いいか? もう一度、言うぞ。お前のせいで俺たち奴隷の全員が、ルイーズ様のご不興を買ってしまったらどうするつもりなんだ。あんなことを頼むなんて。いいか、二度とするんじゃない。分かったな!」
「ごめんなさい、そんなつもりは……」
何が悪かったのか分からないままでネイトは謝罪をした。それ程までにイアンの剣幕にはもの凄い物があった。
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