「で、シモンさん、どうしますか?」
奇妙。得体が知れない。
そんな言葉が似合う親子が部屋を後にするのを見届けてから、クルトがそう口を開いた。
「いきなり喧嘩をするわけにはいかねえよ。血が繋がっていないとはいっても、兄貴には違いがない。親父の遺言だってあるんだ」
シモンは渋い顔のままでクルトに言葉を返した。シモンを育ててくれたガジナールはこの街、王家直轄領であるモールアオンの裏社会における顔役だった。
主な役割は何かと揉め事が多い盛り場で、みかじめ料を取って用心棒代わりになることだった。後は日雇い労働者の管理。禁制の薬も卸したりするが、やり過ぎには気をつけている。鼻薬を嗅がせている騎士団が看過できる程度に薬を卸して流通させている。そして、薬も含めて余所者からこれらの利権に介入があれば、それは徹底的に潰す。
こうして父親のガジナールは、モールアオンの街を五十年近くに渡って裏から実効支配してきたのだった。そして、ガジナールが死ぬ時、街の利権を半分ずつ二人の息子に任せたのだ。
一人が実子であるガイル。そして、もう一人が義理の息子であるシモンだった。
シモンは両親の顔を覚えていない。育ての親であるガジナールから聞いた話では、父親はガジナールの右腕と言っていい存在だったらしい。
だが、シモンが生まれてすぐに両親は命を落とした。当時、同じく裏の社会で覇を競っていた勢力との抗争が原因だったとの話だ。
それを不憫に思いガジナールは実子としてシモンを育ててくれたのだった。それに関しては感謝しかないとシモンは思っている。
血縁関係がないとはいえ、兄であるガイルをシモンは敬い、慕っている。ガイルもそんな自分と同じ気持ちだと思っていた。いや、同じ気持ちだったはずである。
だから、全てはあの女のせいなのだ。
シモンはガイルの妻となった女の顔を思い浮かべた。それだけで脳裏が怒りで泡立つ感覚がある。
名をイベルダという二十代後半の女だった。シモンに言わせれば頭が悪そうで、どこにでもいるような女だったが、何故かガイルはこの女に骨抜きにされてしまっていた。
全てはこの女のせいだった。ガイルが何かとシモンを疎んじるようになったのは。それまでは血の繋がりがなかっただけで、シモンとガイルは互いに上手くやれていたはずだった。
ガイル兄さん……。
シモンは心の中で呟いた。
「何にせよ、血が繋がっていないとはいっても、俺とガイル兄さんは兄弟だ。兄弟仲良くやれというのが親父の遺言だ。それを簡単に破る訳にもいかねえだろう」
「それはそうかも知れませんが、ガイルさんの方にはもう遺言なんぞを守る気はないと思いますがね」
クルトが真正面から皮肉混じりに反論してくる。
「決めつけるな」
シモンは渋い顔をする。いくらあのくそ女に唆されているとはいえ、ガイルが本気で自分を排除するつもりなどはないとシモンは思っていた。
「弱気なところを見せると飲み込まれる。それが、裏世界の掟ですよ」
クルトがシモンの顔を真っすぐに見つめて言う。
シモンは分かっているとばかりに頷いたのだった。
結局、ストガー地区に関しては両者が顔を合わせての話し合いということになった。話し合いも何も、最初に粉をかけてきたのはガイルの方なのだ。そこに話し合う余地などはない。
そんな場に間抜け面をして出て行けば、間違いなく殺される。
それがクルトの主張だった。
シモンとガイルが普通の関係であれば、そうかもしれないとシモンも思う。だが、血の繋がりがないとはいえ、兄弟なのだ。自分たちは兄弟として育てられたのだ。
あの女に骨抜きにされているとは言っても、シモンの命を奪ってまで、裏社会すべての利権をガイルが欲するとシモンにはどうしても思えなかった。
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