その言葉にシヴァルは背後を瞬間的に振り返っていた。発せられた声は大きくも小さくもなくて、そこから感情を読み取ることはできない。
背後を振り返ったシヴァルの視界にいたのはあの父親だった。家に残して来たのだろう。いつも一緒にいる娘の姿はなかった。
「……貴様、この村の農民には見えないな。何者だ?」
父親はケネスの問いには答えず、シヴァルに茶色の瞳を向けてきた。
「お前たちは他の村への見せしめだ。逃げ出した者、そしてそれを見逃した者。両方が罰せられるということになれば、逃げるつもりがない者は、逃げようとする者を他の村では監視するようになる。それも当然だ。逃げられてしまえば、自分にも罪が及ぶのだからな」
父親はそこで言葉を切って、少しの間だけシヴァルを見つめた。そして、再び口を開いてゆっくりと言葉を吐き出す。
「他の村への見せしめでお前たちは罰せられるのさ。法を執行するにしても、実際に罰せられた者たちが既にいた方が分かりいいからな」
それはまるで呪いの言葉であるかのようだった。何かを言おうと、言葉を吐き出そうとしたシヴァルだったが、まるで喉を締めつけられているかのように言葉を発することができなかった。
父親は長身を屈めてそんなシヴァルの耳元で囁いた。
「どうする?」
「……どうするだと?」
父親の言っている意味が分からず、シヴァルは同じ言葉を繰り返した。
「このまま罪を受け入れるのか?」
その言葉にシヴァルは反射的に首を左右に振った。そして、ごくりと唾を飲み込む。
「……あんた、傭兵だろう? 俺たちも戦う。手を貸してくれないか?」
小声で発した言葉が掠れる。喉が酷く渇いているのをシヴァルは自覚していた。そして、自分の口から戦うという言葉が自然に出てきたことが意外でもあった。
剣などは持ったことがないし、ましてや相手は正規の兵士が二十人はいるのだ。自分たちが太刀打ちできる相手ではなかった。
「……代償は?」
父親がぼそりと言う。
……代償?
金のことなのだろうか。
「金か? 金なら何とかする。今はないが、必ず何とかする」
その言葉に父親は小さく頷いた。
「いいだろう。お前の代償の向こう側を見せてくれて」
……代償の向こう側。
父親の言っている意味が分からなかった。だが、今はそれを気にしている時ではないようだった。ケネスが馬上で苛立った声を上げた。
「貴様ら、さっきから何を話している? さっさと村人を全員集めろ。城まで連行する。全員だ。年寄りも子供もだ!」
苛立った声でそう叫ぶケネスの前に父親がゆらりと進み出た。
「き、貴様、ケネス様に近づくな!」
背中に見たこともないような大きな剣を背負った大柄な男。剣呑な雰囲気を纏っているその姿に、そう声を発した兵士は既に気圧されているように見えた。
そんな様子の兵士に構う素振りも見せず、前に進み出た父親は背中の長く大きな剣を引き抜いた。続いて父親は手にしたその長剣を大きく振りかぶってそれを無造作に振り下ろす。
人とはこうも簡単に両断されてしまうものなのだろうか。それとも、それが傭兵というものなのだろうか。
次の時には両断された兵士の上半身が鮮血を撒き散らしながら宙を舞っていた。
その凄惨さと非常識に思えるような光景に、時が止まってしまったかのように誰もが動けなかった。宙を舞った兵士の上半身がべちゃっといった不快な音を立てて大地に転がる。
剣を振り下ろした父親は背後のシヴァルを振り返った。
「鍬でも何でもいい。身を守れる武器を取れ。全員の面倒は見切れんぞ」
その言葉にシヴァルは声を張り上げた。
「死にたくなければ武器を取れ。俺たちも戦うんだ!」
その言葉に弾かれるようにして、集まった村人たちが手に取る物を求めて周囲に散る。
……武器。
手に取って振り回すことができる物であれば何でもよかった。武器を手にして戦ったことなどはない。たが、こうなってしまったのならばやるしかない。
黙っていれば、あの父親が言ったように見せしめとして殺されるだけなのだろうから。
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