「どの程度の兵を置いていると思う?」
「さてな。だが、敗残兵狩りの一つだろうからな。それほど、多いとは思えないが……」
グレイの言葉にイザークも同意して頷いた後、仲間たちがいる背後を振り返った。腕を負傷したバルテル以外は軽症と言ってよさそうだった。イザークは隣のグレイに再び視線を向けた。
「突破できると思うか?」
「さあな。敵の人数も分からないんだ。この時点では何とも言えないさ」
もっともな答えではあった。だが、この男は怖くはないのだろうかと思う。背後は火。正面には数もどこにいるのかも分からない敵兵。この状況を切り抜けられる保証はどこにもないのだ。
イザークのそんな思いが顔に出ていたのだろうか。グレイが口を開いた。
「俺は大丈夫だ。やつらごときに俺は殺せない。怖いのなら俺についてこい。お前らの中で何人かは助かるかもしれない」
大した自信だった。だが、戦場でみせたあの化け物じみた強さがあればそれも当然なのかもしれないとも思う。人があのように両断される姿をイザークは初めて見たのだから。
「いずれにしても、もう少し待った方がいい。火から逃れた他の連中も姿を見せ始める頃合いだ」
「そいつらを囮にするってことか?」
非難をするつもりなどはなかったが、少しだけ語調が強くなったかもしれなかった。それを感じとったのだろう。グレイが不思議そうな表情を浮かべた。
「傭兵は自分たちが生き残るためなら、味方だろうが何だろうが犠牲にすると聞いているがな」
「確かにそういったこともあるだろうよ。だが、簡単に割り切れることじゃない。奴らの中には見知った連中だっているんだ」
「さっきの戦いで自分たちが囮をする羽目になったのにか? 優しいことだ」
揶揄されるような響きに一瞬、頭に血が上ったイザークだったが、その怒りをイザークは飲み込んだ。自分たちが逃げるにはグレイの人外とも思える力が必要になることは間違いがなかった。
ならば、ここで喧嘩別れができるはずもないのだ。そんな思いを抱えてイザークは唇の端を僅かに歪めた。そんなイザークの顔を見つめながらグレイが口を開いた。
「まあ、好きにするんだな。俺は暫くの間、ここで待つ。火を避けて敗走してくる他の連中と待ち伏せている敵兵が乱戦になった時が頃合いだ。一気に斬り抜ける。ついてくるなら好きにしろ」
グレイはそれだけを言うと茶色の瞳を正面に向けてしまう。その様子に愛想の欠片もないと思うが、別にグレイが間違ったことを言っているわけでもなかった。
「イザーク……」
イザークとグレイの遣り取りを聞いていたのだろう。副長のドルチェが珍しく不安げな声を発して言葉を続けた。
「どうする?」
「グレイが言うように乱戦の方が突破しやすい。それにグレイの化け物じみた強さは分かっているだろう? 奴についていくのが正解だ」
ドルチェがイザークの言葉に異を唱えることはなかった。その様子を見てドルチェもおそらくは同じ判断だったのだろうとイザークは思う。
「なあ、ドルチェ……」
今度はイザークがそうドルチェに問いかけた。ドルチェとは長い付き合いになる。黒い羽を結成する前からの付き合いだから、もう十年ぐらいになるだろう。年齢も同じ四十歳で、何の気兼ねもなく話ができるのは同じ歳ということもあったのかもしれない。
「黒い羽」の結成前は常に一緒にいたわけではなかったが、二人で何度となく戦場で共に戦ってきた。大概、戦場で味方が劣勢になると最初に切り捨てられるのは傭兵なのだ。そんな危地を何度も一緒にくぐり抜けてきたのだ。
もっとも、ここまであからさまに囮として使われることも珍しい。そう思うとあのぼんくら王子、レンデルト王太子への怒りが改めて湧いてくる。
「こんな所で死ぬわけにはいかねえな。生き残るぞ。それに、あのぼんくら王子に何らかの文句を言わないと、腹の虫がおさまらねえ」
イザークの決意を込めた言葉にドルチェは無言ながらも力強く頷いてみせたのだった。
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