自分は病気で苦しんでいるカレンを治してあげたかっただけなのだ。ただそれだけなのだ。熱が下がる気配も一向になくて、ならば医者や薬をと思うのは当然なのではないだろうか。
もちろん、奴隷でしかない自分たちが医者の診察や薬を与えてもらうことが簡単ではないことぐらい分かっていた。
だからこそ自分たちの主人であるルイーズにお願いしたのだ。
……お願いすることすらもいけないことなのか。
ネイトが素直に謝罪したことでイアンの怒りも少しは抑制されたようだった。
「いいか、よく聞くんだ、ネイト。私たちは奴隷だ。苦痛もなく生きていくことだけで、ありがたいことなのだ」
イアンは一呼吸を置いて言葉を続ける。
「そして、私たちが苦痛もなく生きていけることは、ルイーズ様に寄るところが大きい。だから、今以上の物を望んでは駄目なんだよ。医者や薬なんて、私たち奴隷が望んでいいことじゃない」
……望んでいいことじゃない。
ネイトは心の中でイアンの言葉を繰り返す。ならば、症状が一向に改善せず、苦しんでいるカレンを放っておけと言うのだろうか。
しかし、反論できるはずもなくてネイトは己の唇を噛み締めるのだった。
ネイトが薬や医者に診てもらうことをルイーズに願い出た日から、一週間が過ぎ去ろうしていた。
カレンの症状は良くなるどころか、悪くなる一方であるように思えた。更に昨日からは高熱が続いていて、その高熱も下がる気配はなかった。
カレンの呼吸は苦しげで吐き出される息も高熱のためなのか熱かった。気休めにもならないような水で濡らし直した布をカレンの額にゆっくりとネイトは載せた。
カレンが見るからに弱々しく瞼を持ち上げた。熱で濡れた黒色の瞳がネイトに向けられる。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
苦しげに熱い息を吐き出しながら、カレンはそれだけを言う。
「今日の仕事は終わったから、もう一人じゃないし、大丈夫だぞ。今日は兄ちゃんが一晩中、ここにいてあげるからな」
ネイトの言葉にカレンは少しだけ笑った。その笑顔はどこまでも弱々しくて、ネイトを逆に不安にさせてしまう以外の何物でもなかった。
水分以外をほぼ摂ろうとしないので、以前よりも更に細くなってしまった体。荒々しく吐かれる熱を帯びた息。辛そうな表情。
それらを見ているとネイトの中で不安だけが大きくなっていく。
「カレン、大丈夫かい?」
ネイトの問いかけにカレンは黒色の頭を縦に振ってみせた。大丈夫なはずがないというのに。
「夢を見たんだよ。昔みたいにお父さんとお母さんがいて、たくさん遊んでくれたんだ。おいし物もいっぱい食べさせてくれた。あの焼き菓子もあったんだよ」
昔みたいに……。
カレンに両親の記憶がそれほど残っているとは思えなかった。両親の記憶を覚えておけるほど、カレンは大きくなかったはずなのだから。
「……そうか、よかったな」
辛うじてそれだけを言って、ネイトはカレンの頭を優しく撫でた。
……このままでいいわけない。いいはずがない。
心の中でそんな言葉を何度も強く繰り返しながら。
「ルイーズ様は怒ってないかな? 具合が悪くて働けなくて。治ったらまたしっかり働くからね。お兄ちゃん、ごめんね」
ネイトは黙って頷いた。目尻に力を込める。そうしなければ、涙が溢れてしまいそうだった。
そもそも、働くといってもカレンはまだ六歳だ。労働力として価値があるわけでもなくて、カレンのそれなどはお手伝いの範疇を超えないだろう。
それでもカレンは苦しそうな息の下で、健気に言うのだった。
痩せ細ってしまった体と一向に下がる様子がない発熱。子供の目から見てもカレンが普通の病気ではないことが分かる。寝てさえいれば治るような類いのものではないことは明らかに思えた。
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