「よく見ておけ、異教徒の王よ」
ウルシラはそう言い放つと自身の片腕を上げた。それに呼応してプレシアの右側にいた兵士の槍が彼女に向かって伸ばされる。プレシアの口から絶叫が迸った。
槍はプレシアの右脇腹に深々と突き刺さっていた。母親に起こった出来事を目の当たりにして、隣で同じく磔にされている娘のミアが泣き叫んでいる。
「よく見るのだ、異教徒の王よ。これから我々は目を潰し、耳を削ぎ、腹を裂く。ゆっくりと、一つずつだ。痛みを、苦しみを覚える度に貴様たちは異教徒であったことの懺悔をするのだ。母親の次は娘。そして、最後は貴様だ」
ウルシラの瞳は異様な光をたたえ始めていて、まさに狂人そのものといってよかった。ウルシラは尚も言葉を続ける。
「この国と民どもも同じだ。貴様たちは苦痛の中で懺悔をしなければならない。それが異教徒だった者たちが唯一、罪から解放される術なのだ」
ウルシラが再び片手を上げた。今度は伸ばされた槍の穂先がプレシアの右目に突き入れられる。プレシアの絶叫が響き渡る。ミアの泣き声が響き渡る。
それからどれぐらいの時が経ったのだろうか。長かった気もするし、短かった気もする。
大地に落ちてきた鮮血に塗れた肉片はプレシアの片耳だろうか。両目を潰され、耳を削がれたプレシアの上半身は血塗れだった。
プレシアの息はまだあった。弱々しいながらも呻き声を上げている。その横では娘のミアが狂ったように泣き叫んでいた。
愛する妻の呻く声が、愛する娘の悲鳴が見えない刃となってグレイを切り裂いていく。
神の名。
その名の下だけで人はこれほどまでに残虐なことができるのだろうか。
地獄だろうと思う。ここは紛れもない地獄だった。頼んでもいない神に懺悔をし、苦痛の中で殺されなければいけない。これが地獄ではなければ何だというのか。
「プレシア! ミア!」
グレイは叫ぶ。それと同時に怒りのためなのか、悲しみのためなのか。それともその両方からなのか。やがて自分の視界が赤く、深紅に染まっていくことにグレイは気がつく。
「プレシア! ミア!」
深紅に染まった世界の中でグレイが再び妻と子の名を叫んだ時だった。グレイは周囲に違和感があることに気がついた。
……音がしない。
先程までは聞こえていたプレシアから発せられる苦痛の声と、それを見上げるようにしながら泣き叫ぶミアの声が聞こえてこない。
ついに自分の気が触れたのか。
そんな言葉を頭の片隅で泳がせながらグレイは周囲を見渡した。
音のない深紅に染まった世界。それら以外にもう一つだけ違和感があることにグレイは気がついた。
……時が止まっている。
グレイの周囲にある全ての物が停止していた。気がつけば、大地に押さえつけられていた体。強く握られていた頭髪。それら全てから自分は解放されているようだった。
グレイは左右を見渡しながら、ゆっくりと立ち上がった。時が止まったから音がしないのか……?
やはり気が触れてしまったのか。それとも、ここは現世ではなくて、あの世という場所なのか。自分は自身でも気がつかない内に死んだのだろうか。ならば、それでもよいとグレイは瞬間的に思った。あの地獄のような光景を見せられるぐらいなら、死んでしまった方が遥かにましなことのように思えた。
そのような深紅の視界で一つだけ赤色には染まっておらず、それまでと同じ色彩を持つ者がいた。その者は他者とは違って止まっていることはなく、グレイにゆっくりと近づいてくるようだった。
小柄な若い女性だった。腰にまで届いている真っすぐな金色の髪の毛。大きな青色の瞳。その顔立ちは美しく整っていると言ってよかった。そして、そのような容姿の中で特筆すべきは、金色の髪から覗いている先が尖った長い耳だった。
それらの状況を整理仕切れずに唖然としているグレイの前で彼女は足を止めた。
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