「あれが転移門ってわけね」
全速力で古城から遠ざかりながら、黒く濁った空を見上げる。
古城の上空には血の色で描かれた魔法陣がべったりと貼り付いており、その中心を裂くように転移門が出現した。
開かれた転移門から、血の匂いを纏った泥がびちゃびちゃと醜い音を立てて降り注ぎ、腐臭が辺りに立ち込める。
転移門から滴り落ちる血とも泥ともつかないものには、人骨や未消化の腕や脚などが入り混じり、濃い血の臭いを放っている。
それらが折り重なるように積み重なり、人骨や腐った血肉が広がっていく。
汚泥に塗れた血肉はさながら腹足鋼のようにうねりながら動き始めた。
「……あれは……」
人骨や腐肉を糧に流動しながらおぞましく形を成していくものを、顔を歪めて見つめながらリサが呟く。
「ゴーレムのようじゃのぅ……」
鼻を摘まみながら苦笑を浮かべ、シェンフゥが応える。
「20mはあるかしら……」
生物兵器の一種であるゴーレムが、転移門から生み出される。
「デビルプランテーションか……、魔族をガンガン輸送するつもりかのぅ?」
デビルプランテーションの特徴である硬い甲皮が出現するに至り、シェンフゥが錫杖を鳴らしてリサを振り返る。
「レッサーデーモン製造所のお出ましね。地下水路にレッサーデーモンを放ったのもコイツだとしたら、コイツを倒せば命令している魔族をおびき出せる」
「そういうことになるのぅ」
転移門から降り注ぐ血肉が止み、頭蓋骨に似た形の甲皮が骨や腐肉の汚泥の中から幾つも浮き上がる。
デビルプランテーションが、呼吸をするように膨らんでは縮むたびに、甲皮の禍々しい邪紋が明滅した。
垂れ流された血肉と泥が蠢き、根を張るように地面を侵食している。
辺りの腐臭が一層濃くなったかと思うと、血肉を糧に、次々とレッサーデーモンが生み出され始めた。
「雑魚はともかく、本体を叩くわ。華凛を呼ぶわよ!」
両の手を広げて念じ、リサが魔力をエーテルに変換し始める。
「そう来ると思っておったぞ、ご主人! 並大抵の攻撃ではまるで歯が立たんからの!」
リサの正面に回ったシェンフゥが、放たれたエーテルを全身に受ける。
続いてその場に膝をついたシェンフゥは、自らも手のひらを地面に押し当ててエーテルの放出を始め、大きく口を開いた。
「我、祓魔の一族が末裔 仙狐が告げる。 汝の身は我が下に、我が運命はその右手に」
シェンフゥの召喚詠唱が殷々と響き渡り、地面が細かく震動を始める。
エーテルに引き上げられるように、狐火に似た光が五芒星を描き、二人の周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「花園の守り手よ、我が呼び声に応えよ。汝の名は、華凛! 」
召喚詠唱によって発動した次元門の妖術は稲妻のように虚空を切り開いた。
――――!!
ガラスが割れるような音が辺りに響き渡り、夜闇に覆われていたはずの空間が激しく罅割れる。
割れた鏡のように空を映した空間の破片がバラバラと崩れ落ち、眩い光が覗いたかと思うと、精霊機 華凛の頭部が露わになった。
桃色の髪のような装甲で守られた頭部に漆黒のリボンを装備した華凛が、薄水色の目をリサとシェンフゥへ向ける。
髪を結わえているものの、その雰囲気は搭乗者であるリサと酷似していた。
「来たわね!」
両手を広げたまま振り向いたリサが華凛を見上げて叫ぶと、華凛はその声に反応するように、オレンジの装甲を纏った腕で空間を広げ、リサたちのそばに降り立った。
5メートルの機体が着地する震動と衝撃が、リサの小さな身体にびりびりと伝わってくる。
華凛の膝丈よりも小さなリサとシェンフゥは、殆ど同時に華凛を仰いだ。
腕と同じくオレンジの装甲で守られた胸部の上に設けられた共鳴魔導炉が、赤く点滅を始めている。
「共鳴魔導炉の起動じゃ! 頼んだぞ、ご主人」
「ええ!」
目を閉じたリサが念じ、それに華凛が共鳴する。
華凛の胴に設けられた扉が左右にスライドして開き、リサは高く跳躍して機体に乗り込んだ。
華凛に乗り込んだリサが、全方位を映像盤で囲まれたガラス張りの空間――人機一体型 操縦槽に到達する。
「シェンフゥ、行くわよ!」
操縦槽に浮かぶ入力媒体である二つの水晶玉に手を添え、共鳴魔導炉を起動する。
「おうよ!」
華凛と向きあったシェンフゥが、共鳴魔導炉に向けて同時にエーテルを送る。
内外から送られる二人のエーテルと呼応するように共鳴魔導炉の赤の点滅は次第に速さを増し、やがて完全に点灯した。
「いっけぇえええっ!」
リサの後に続くようにシェンフゥは機体の背中に飛び乗り、華凛の背に手のひらをつき、機体へエーテルを注ぎ込んだ。
「共鳴魔導炉、起動!」
リサの合図で共鳴魔導炉の光は赤から緑へと色を変え、炎のように燃え始める。
「うおぉおおお、力が漲って来たぁーーー!」
華凛の共鳴魔導炉の起動により、リサのエーテルが増幅される。
増幅されたエーテルはエーテルを送り続けていたシェンフゥにも影響を及ぼし、妖力を著しく回復させていく。
「ファイナルフュージョン、承認!!」
シェンフゥの叫びと同時に、その場の地面が重く沈み、激しく土煙を上げる。
土煙を払いのけたのは、シェンフゥの巨大化した尾だった。
華凛と並ぶほどに巨大化したシェンフゥは虚空に拳を突き上げる。
妖術によって引き寄せられた鎧が具現化し、シェンフゥの全身を覆った。
「ガオ・シェンフゥー! 定刻通りにただいま到着!」
鎧を纏い戦闘形態の天狐の姿と化したシェンフゥが、親指と人差し指、中指の三本を額に当てた謎のポーズを取る。
「えっ、急になんなの!? 大体、その鎧、そんな名前じゃなかったでしょ!?」
華凛の操縦槽の映像盤を通じてシェンフゥの巨大化を見守っていたリサは、思わず叫んだ。
「かっかっか、格好いいじゃろう。さっき考えた!」
宙に浮きながらシェンフゥが胸を張って笑っている。
「さっきって……って、いうか、そもそもその口上はなんなのよ……」
独り言のつもりが、拡声器から漏れたらしい、シェンフゥがにやりと笑って振り向いた。
「ふふふ、男の浪漫というやつじゃよ」
「またよくわからない例えを……」
デビルプランテーションからは続々とレッサーデーモンが生み出されている。
危機的状況にも拘わらず陽気に笑うシェンフゥに、リサは深く溜息を吐いた。
設定資料
機装兵
機装兵とは北米大陸の新人類が使用する最強の武具である。
鋼の鎧兜に身を包んだ機械と魔導仕掛けの巨人。
身の丈は8m弱。中に人が乗り込み、巨体を操る。
新人類が生み出すエーテルを動力源とし、黒血油という魔導の油が筋肉状の部品を巡る事で動作する。
「機兵」の略称で呼ばれる。
精霊機
精霊に纏わる技術を取り入れた機装兵の事を精霊機と呼ぶ。
量産される類いの機体ではなくワンオフの専用機として建造される事が多い。
エーテル
魔法の発動及び、機兵の動力に使われる魔素由来の万能エネルギー。
新人類が魔力臓器に保有する無属性魔素を変換したものでありエーテルの総量は魔力とも呼ばれる。
エーテルへの変換は特別な訓練を必要とせず、念じるだけで誰でも簡単に行う事ができる。
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