「だいぶ絵の具薄くなってきたんじゃない?」
「……うん」
「ジョシュア、みろり!」
モコがジョシュアを指差し、ケタケタと笑う。
「人を指刺さない! それにモコ? もう二度とあんな風にジョシュアに絵の具塗りたくったりしちゃダメだよ?」
「はーーーい!」
声までイケメンだな……。
「ねぇ、もうそろそろ行った方がいいんじゃないの?」
「あぁ……。 面倒臭いなぁ……」
テオドールさんから、お礼とは別にシャンプーやトリートメントの精算をしたいから、店に来てくれと仰せつかっていた。
「みんなでおでかけ?」
「ううん、俺だけだよ〜」
自分は行けないと分かったモコは、しょんぼりしながらお絵描きの続きをしている。
「じゃあ、行ってくるかな。 ジョシュア、モコよろしくね」
「うん」
「モコ、ジョシュアにイタズラしちゃダメだからね?」
「わかった〜〜〜!!」
店に着くと、テオドールさんは早速、精算分と料理の実費を色を付けて払ってくれた(お礼はすでにもらい済み)。
「ところでハヤシさん、今日もおひとりですか?」
「はぁ、まぁ……」
「今日はおひとりの方が都合がいいんですがね」
「えっ?」
「いえいえ、まぁ、それは後ほどとして……」
「あ、パーティはどうでしたか?」
テオドールさんの顔がパァッと明るくなる。
「いやぁ、それが大盛況でしたよ! とにかく料理の評判が良くて、皆さん、こんな美味しいものは初めて食べたと大絶賛でした!!」
「それは良かったです」
「えぇ。 で、領主様から、ハヤシさんにぜひお会いしたい、とお話しがございまして……」
いやいやいや、ないないない。
「それはちょっと流石に恐れ多いですよ……」
「そうですか……。 では、私の方からやんわりとお断りしておきますね……」
テオドールすんは、すっかりしょげていた。
「では、ハヤシさん」
「はい?」
「ハヤシさんは、独り身ですよね?」
え? なに?
「は、はい……」
「お見合い、なんていかがでしょうか?」
えぇ???
「いやいやいや……。 モコもいますし……」
「だからこそ、ですよ! 男やもめで暮らしていくのは、さぞ大変でしょう? 詳しいことは分かりませんが、そろそろ次のステップに進まれては?」
「いや、そもそもお見合いなんて、相手方が俺を嫌がるじゃないですか」
「まさか! ハヤシさんほど頼りになる方はいらっしゃいませんからね! 残念ながら私には息子しかおりませんが、年頃の姪はおりますからね。 是非一度、お会いいただけませんでしょうか?」
「ドア・イン・ザ・フェイス」テクニックという営業技がある。 これは、一度断った後の提案は断りづらい、という心理を応用したテクニックのことだ。
今回テオドールさんは本来の要求(姪との見合い)をする前に、断られることを前提とした要求(領主との面会)を挟むことで、本来の要求(姪との見合い)を受け入れやすくしてもらおう、という効果を狙いこの技を使ってきた。
安定した商品供給を狙ってきたな……。 でも俺は、二段階目のお願いだろうとなんだろうと、平気で断ることが出来る男だ。
「すいません、やっぱり結婚というのは今はまだ考えておりませんので……」
うんうん、とテオドールさんは頷くが全くこっちの話しは聞いていない。
「ハヤシさん、うちの姪のジェニファーはね、十六になったばかりです。 年齢もちょうど売り時ですし、器量もいいんですよ!」
は、犯罪だろ……。
「十六なんて、そんな……!」
「少々、とうが立っておりますかね?」
「いや、若すぎますよ……!」
テオドールさんは目を向いて驚いている。
「でも、我が国では十四から結婚できますよ? 若すぎるってことはないでしょう」
いやいやいや、異世界、マジこえぇ。 年齢もそうだけど、そもそもこんな状況でお嫁さんなんてもらえないだろ……。
丁重にお断りした翌日、ジェニファーちゃん本人がホテルの部屋へテオドールさん同伴のうえ、突撃して来た。
「ジェニファーと申します。 こ、これ、私の手作りクッキーです……」
ブロンドの髪を揺らしながら、緊張からかギュッと目をつぶり箱を差し出す。
「あ、ありがとう……」
「ハヤシさん、その格好は……?」
テオドールさんは、戸惑っていた。
俺とモコは風呂に入ろうとしていたところで、俺はバスタオル一枚でドアを開けていたのだ。
「あ、あぁ、すいません! いつもの掃除サービスのお爺さんだと思ってこんな格好で出てしまいました……」
「あぁ、そうでしたか。 こちらこそ、急に伺ってしまいまして……」
申し訳なさそうにテオドールさんが頭を下げる。
「え、あ、いや……」
「たかふみ!!」
俺がどうしたもんかと思っていると、半裸のモコが俺に抱きついてきた。
ジェニファーちゃんはモコの声に目を開き、俺とジョシュアをまじまじとみる。
可愛い、というよりは、美人な女の子だな……。
「あ、コラ、モ……、あ、いや、今お客さん来てるから、あっちで待ってて!」
「いや! たかふみ、はやく、服ぬがせて!」
ジェニファーちゃんは見る見る顔を赤くし、テオドールさんは空いた口が塞がらないようだ。
ち、違う! 違うんだ……。
モコは俺の顔に自分の頬をすりよせ、スリスリする。
「キャーーー!!」
「も、申し訳ございませんでしたーーー!!」
叔父と姪の二人組は、揃って走って逃げた。
違うんだよ。 ただ俺は、モコと風呂に入ろうとしていただけだったのに、完全に誤解されただけなんだ……。 モコは一人で服を脱げないだけなんだ……。
まぁ、こんなバリバリの美青年が半裸で顔を擦り寄せて来る姿を見たら、そりゃ誤解するよな……。
それからテオドールさんは一切お見合いの話しをしてこなくなったし、この一連の流れについては触れてくることもなかった。
ジェニファーちゃんには一度ダンジョンに行く時に見かけたが、ぽ〜っと顔を赤らめ、手を繋いで歩いている俺たち三人のことを見ていた。
どうやら俺は、異世界初の腐女子を作ってしまったらしい。
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