それからジョシュアは、部屋から出て来なくなった。
インスタントラーメン作りもほぼ終えた俺は、レベル上げにはモコと二人で行き、モコはアイテム探し、俺はレベル上げに力を入れた。
といっても、俺のレベルは経験値アップのアイテムを付けてもレベル9までしか上がらず、基本ステータスが多少上がったのと、追加で氷魔法が使えるようになっただけだった。オーガとスライムだけでは経験値が少なすぎてレベル上げは限界かもしれないな。
そんなこんなで、あっという間に先祖祭りの前日になった。
「兄ちゃんよ、本当に頼むからカネ受け取ってくんねぇか?」
俺は先日のオーガの肉は結局売らず、現物をそのまま村に寄付することにした。ギルドを介すと税金やなんやで面倒なことになるし、帳簿上は何の取り引きもされていないことにした。
別に良い人振りたかったわけじゃなかったが、自分が大金持ちになったことに多少罪悪感もあったし、どうにも気まずかったのだ。
「いえ、モコも俺も村の皆さんにお世話になったので、受け取って下さい」
「でもなぁ……、お前……」
「本当に大丈夫です」
「なんだかすまねぇな。 兄ちゃんには色んなことやってもらってよ……。 なんか俺たちに出来ることねぇか?」
「あ、あります。 あの、このお米を明日炊いてもらえませんか?」
この前オーガの肉をちょっと焼いて食べてみたら、想像通り豚肉だった。会食用の料理に悩んでいた俺は、鍋で大量に一気に作れるポークカレーにしようとそのときに決めていた。
カレーを三十数人分以上作らなきゃいけないし、モコの分もあるし、キマイラキングの肉の件もあるし……、米を炊くのが大変だと思っていたので、そこはお願いすることにした。
俺はネットスーパーで買っておいた20kgの米をラウルさんに渡した。
多すぎるだろ、というラウルさんの声を無視し、モコがいるから足りないかもな……と俺は考えていた。
祭り当日、俺は朝から裏庭でカレー作りに精を出した。リリーさんが場所の提供を申し出てくれたが、あちらもインスタントラーメン作りをするので邪魔になるかと思いお断りした。
「たかふみ、何ちゅくる?」
「う〜ん? カレーライスだよ〜」
ヤッター!!とモコは喜んでいるが、モコはカレー未体験だ。
俺のカレーは特にこだわりはない。カレーの箱の裏に書いてあるレシピに沿っている。まぁ、肉はオーガだけど。
あとはカレーライスあるあるで、カレールーは二種類のルーを混ぜること、最後にお玉一杯分の牛乳を入れるというこだわりはある。これはウチの婆ちゃん直伝のワザだ。
ただ、これだけの量を作るのは初めてだったので、とにかく野菜の皮むきが大変だった。モコも手伝いたがったので、少しさせてみたら案の定ピーラーで怪我をしたのでカレーかき混ぜ係に任命した。
結局、俺はどれ位の量を作っていいのか分からなくなり、寸胴鍋五つ分のカレーを作った。
まぁ、余ったら余ったときだ。
そして真打ち登場、キマイラキングの肉だ。キマイラキングの胴体は山羊だけど、俺は山羊の肉を食べたことがない。
沖縄では食べるって聞いたことがある、くらいの知識しかない。
悩みに悩んだ末、俺はネットスーパーのアウトドアコーナーでバーベキューグリルと炭を買った。味付けは色んなスパイスをステーキ肉にまぶすだけの、お手軽シーズニングをかけて焼くだけにした。
下手に自分で料理するより、よっぽどこっちの方がマシだろう。
アウトドアなんかしたことがなかった俺は、バーベキューグリルの使い方が分からず設置に二時間かかるなど事件もあり、当初の予定を大幅に過ぎ、気付けばもう宴会の時間になっていた。
村の広場へ行くと、もう会場の設置は終わっていた。花で村を飾り付けると言っていたがそれも申し訳程度の花しかなく、なんとも切なかった。
「よう、兄ちゃん、チビ。 調子はどうだ?」
広場でラウルさんに会った。
「あ、なんとか間に合いました」
「オーガの肉は足りたか?」
「足りました。 っていうか、余りました。 良ければ……」
そう言う俺をラウルさんが遮った。
「余った分は、兄ちゃんらのもんだからな」
と言った。
あまりしゃしゃり出てもな……と思い、そこは素直に従うことにした。
「はい。 じゃあ、いただきます。 ところで、ジョシュアはどうですか?」
「あぁ、居るぞ? 部屋から無理やり引きずり出してやったんだ」
とラウルさんは笑った。
ジョシュアは既に席につき、相変わらず不貞腐れていた。
「ハハハ……。 そうなんですね……」
そうこうするうちに、村のみんながそれぞれ席に付き宴会がはじまった。
まずはリリーさんのインスタントラーメンが振る舞われ、それは思いのほか美味しかった。なんとなく味わいも深い気がする。
「リリーさん、これ、味付けってどうやってるんですか?」
俺はたまらず聞いた。
「あぁ、オーガの骨から出汁をとったのよ。 あとは野菜クズなんかでも出汁をとってるの」
え!? 出汁文化があるんだ……。 っていうか、オーガの出汁って気持ち悪い。申し訳ないけど……。
モコは宴会の雰囲気が楽しいのと、美味しいご飯でテンションMAXだ。
村のみんなとワイワイと騒ぐ雰囲気は、とても良いものだった。
「さぁ、そろそろ兄ちゃん、出番だぞ」
ラウルさんに急かされ、俺はキマイラキングの肉をアイテムボックスから取り出し、みんなに振舞った。
それはそれは小さい肉を。
みんなに行き渡ると、村長さんが音頭をとった。
「さぁ、皆のもの、冒険者様が倒してくださったキマイラキングだ。 料理上手と噂のハヤシさんが調理してくださることになった。 心して食べよう」
俺たちが、というかモコが倒したことは伏せられていた。
一斉にみんなが口にするのを、固唾を飲んで俺は見守る。
「うまい!」
「美味しい!!」
「なんだコレ!?」
「こんな美味いと思わなかった……」
みんなが口々に褒めてくれた。 良かった……。
俺も恐る恐る食べてみると、確かに美味い。 若干クセがあるけど、想像以上に美味しくてビックリした。
けど、どうしてもキマイラキングの姿がチラついてしまう……。 ごめんなさい……。
「じゃ、じゃあ、次はオーガの肉を使った私の国の料理を振る舞わせてください」
まぁ、本当はインドだけど。
メルちゃんやリリーさん、他の村人にも手伝ってもらいながら、頼んでおいたご飯にルーをかけ、各自に配膳した。
みんな、なんだこの匂い? と訝しがっていた。
「変わった匂いですが、美味しいので是非食べてみてください」
モコは「うまーーーい!!」と食べてくれたが、なかなか皆、最初の一口を食べてくれない。
なんだか気まずい空気を打ち破ったのは、ジョシュアだった。
面倒臭そうに一口目を食べた。
「!?!?!?」
一気にかき込むように物凄い勢いで食べ始め、それに釣られてみんなも恐る恐る食べてくれた。
みんな、慌ててかき込む。
「う、美味い……」
「こんなの初めて食べた……」
各々、衝撃を受けてくれているようだった。 そりゃそうだよな。 カレー味って、初めて食べた人にはビックリするような味だよな。
モコに至ってはもう、口ではなく、顔面で食べてるような感じだった。
ちなみに俺は、モコの大食いがバレないよう事前に菓子パンやら弁当やらいつもの量を食べさせていたが、それでも大人以上に食べていた。
宴会はなごやかに行われ、カレーも結局なくなるまでみんな食べてくれた。
そして俺は、お盆といえばこれだろう、というサプライズをネットスーパーで買って用意しておいた。
もちろん、おはぎだ。
みんな初めての食感に最初は驚いていたが、とても気に入ってくれた。
門番のおじいさんが喉に詰まって死にそうになる、というプチハプニングがあったものの、宴会はつつがなく終わった。
その夜ラウルさんが俺の部屋に来た。
「今日はありがとうな、兄ちゃん。 兄ちゃんのおかげで、こんなに楽しい祭りは久々だったぜ」
「楽しんでいただけたなら、良かったです」
ラウルさんが、何やら言いずらそうにモジモジしていた。
「どうかしたんですか?」
「あのな……。 あの……」
「なんですか?」
「あのな……。 ジョシュアが家出しちまってよ……。 また怒鳴り合いになって出てっちまったんだよ……」
「どうにもアイツ、焦ってるみたいでよ……。 こないだのキマイラキングにしろ、兄ちゃんたちの活躍を見てどうも自分ももっと出来るっていう所を見せたいんじゃねぇかと思うんだよな」
「はぁぁ?」
俺は呆れた。 思春期にもほどがある。
「っていうか、どこにですか?」
「分かんねぇんだよ。 ただな、今日新しくギルドに出した依頼書がねぇんだよ。 閉まるギリギリに貼ったから、取ったのはアイツしかいねぇんだよな」
「受注しなくてもいいもんなんですか?」
「基本は受注しなきゃだめなんだが、まぁ禁止ってわけじゃねぇ。 特に今の時代はな」
「で、何処に行ったんですか?」
「依頼書の所だとすると、森の奥にあるダンジョンだな」
「ダ、ダンジョン!?」
なんだか、本当に異世界って感じだな……。
「あぁ、この前の大規模討伐のときに新たに発見されたダンジョンでよ、ようやく調査依頼することになったんだよ」
「はぁ……」
「でな? 言いづらいんだかよ……」
うわぁ、面倒臭い……。 ラウルさんもそこから先の言葉が出ないようだった。
「……どんなモンスターが出るんですか?」
「キマイラキングみたいのはよ、出ないと思うが……、まぁこないだのこともあるし、ハッキリ言って分かんねぇな……。 いくらアイツが強いと言っても、まだガキだからよ……」
えぇ? なにこれ、俺行かなきゃいけないの? めんどくせぇ……。 え、イヤなんですけど……。
「ジョシュア、いないいない?」
モコが口を挟んだ。
「たかふみ、ジョシュア一緒に探す?」
モコ、それは言っちゃいけないよ……。 もう、後に引けなくなるじゃないか……。 気まずい長い沈黙の後、俺は言った。
「分かりました、行きます……」
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