異世界のんびり放浪譚

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第83話 〈閑話〉 はじめてのお使い

公開日時: 2022年5月14日(土) 23:36
文字数:3,497

 それは俺が家を建築したあと、テオドールさんがまたチコル村に来ていた時のお話し。


 テオドールさんは俺が家を建てる前にも村に来たが、そのあと仕入れですぐに旅に出た。 が、その仕入れの帰りにもチコル村に顔を出していた。


 短い滞在期間中にも、商売人としての自分をテオドールさんは決して忘れない。 俺から石鹸も仕入れなきゃいけないし、冒険者が増えたチコル村でも、露店でがっちり儲ける腹積もりのはず。

 ところが、広場にはすでに村人が新たに出した露天で溢れ、いつもの場所に店を出せない。

 しょうがないので通りを三つほど行ったところにある空き地に、大規模な露店を出した。


「ハヤシさん、テオドールさんの露店行きましたか?」

 ギルドが多忙のため、依頼の整理を手伝いに来ていた俺に、メルちゃんが仕事の手を休めることなく聞いてきた。

「え? あぁ。 昨日行ってきたよ」

「どうでしたか?」

「あのねぇ〜、いーーーぱっい! いろんなものがあったんだよ!! いーーーっぱい!」

「そっかぁ。 それは楽しそうだね」

 メルちゃんがそう言うと、モコはお絵描きの手を止め、

「うん! 楽しかった!」

と大きな声で答える。

「私も、買いに行きたかったなぁ……」

「メルちゃん、行かないの?」

「テオドールさん今日帰っちゃうし、私もお父さんも忙しくて、どうしても抜けられないんです……。 でも、どうしても食べたいお菓子があって……」

「あぁ〜、そうなんだ……」

 俺とメルちゃんの会話が聞こえていたらしい、配達に来ていた村のオバチャンが口を挟んだ。

「あら、お兄ちゃんのところのモコちゃんなら、もうお使いできるんじゃないの?」

「へ?」

「うちのチビ共なんか、モコちゃんの頃にはお使いなんて毎日のように行かせてたわよ」

 と言い、ガハハと笑う。

「おちゅかい?」

 モコは不思議そうに俺を見つめると、俺の代わりにオバチャンがモコに諭すように言った。

「あのねぇ、モコちゃん。 お使いっていうのは、お父さんやお母さんの代わりに、子供がお買い物に行ってあげたりすることなの。 大人はいかないのよ? そうするとお父さんやお母さんは、とーーーっても助かるの!」

 余計なことを……!! モコにはまだ早すぎるだろ!!

 まぁ、モンスター倒したりはするけど、それとこれとは別だ!!

「たすかる……。 たかふみ、モコがおちゅかいしたら、たすかる!? ありがとうっていっぱいモコにしゅる!?」

 キラッキラに期待を込めた目で見上げながら、モコは俺の腕を掴んだ。

「う〜〜〜ん……。 モコにお使い行ってもらわなくても大丈夫だよ? 危ないから、一人で行かせられないよ。 俺と一緒に行こう?」

 そうモコに言うと、「ピギャアァァァーーー!!」 と泣いた。 ピギャアって……。

「モコひとりでいくのーーーー!!」

「あぁ、ハイハイ。 もうちょっと大きくなったらね?」

「ピギャアァァァーーー!!!」

 更に火がついたように泣き出し、ギルドに来ていた冒険者たちも、苦笑いをしている。

「モ、モコ、もう泣かないで……」

「ヒック、じゃ、じゃあ、モコ、おちゅかいいっていいの?」

「そ、それはダメだよ……」

「ピギャアァァァーーー!!!!!」

 ダ、ダメだ。 段々、酷くなってくぞ……。

「あらあら、ごめんなさいね……。 なんだか余計なこと言っちゃって……」

 そう言うと、オバチャンはそそくさと帰って行った。 ホント、余計なこと言いやがって!


「ハヤシさん、ごめんなさい……! 私のせいで……」

 メルちゃんは申し訳なさそうにしている。

「あぁ、メルちゃんのせいじゃないから、謝らないで」

「ピギャアァァァーーー!!!!!」

 モコは床に転がり、手足をバタバタとぶん回している。

「おい、兄ちゃんよ。 お前過保護すぎるんじゃねぇか? チビでも行けるだろ?」

 ラウルさんが余りの騒々しさに、口を挟む。 っていうか、迷惑なんだろう。

「心配なのも分かるがよ、うちのガキ共だって、二人ともチビの頃には行ってたぞ」

 結局俺はラウルさんのその言葉に根負けし、モコにはじめてのお使いをさせることにした。 メルちゃんの欲しい菓子名と、それを五つ欲しい旨をメモ紙に書き、

「モコ、テオドールさんかお店の人にこの紙を渡して、五つください、って言うんだよ?」

と言いながらモコにメモ紙を渡す。

「これぇ?」

「そう。 あと、これがお金。 お釣りはしっかり貰うんだよ?」

「おちゅり?」

 ダ、ダメだ。 心配すぎる……。

「うん、お金を渡したら、お釣りっていうお金をくれるからね?」

「ふぅーん」

 うぅ……。 心配だ……。

「場所は大丈夫?」

「うん! きのうもいったもん! しょれに、モコ、おともらちと、なんかいもあしょんだ!」

 確かに近所のチビッ子たちと、その空き地には何度も行っているので大丈夫か……。

 モコはお出かけ用のショルダーバッグを肩から下げ、意気揚々とギルドを後にした。


「………………」

 俺は書類仕事が手に付かず、ソワソワしっぱなし。

「おい、そんなに心配なら見に行け。 そんなんじゃ、仕事にならんだろ……」

 ラウルさんが呆れながら言った。

「良いんですか!? じゃあ、あとでこの仕事、ちゃんとやりますから……!!」

 秒でギルドを後にし、モコの追跡を始める。

 ちょうどモコは初めての曲がり角を曲がるところで、手を力いっぱい振りながら、張り切っているのが遠目でも分かる。

 こ、これはバッテリーの少ないスマホの使い道では? 残り24% の充電を、モコの初めてのおつかいの撮影に使うべきでは!?

 俺はコソコソとスマホが人目につかないよう、早速、撮影スタート!!


 モコは村の爺さん婆さんに話しかけられ、どうやらお使いに行くことを一人一人にしっかり説明しているようだ。

 多分、「えらいねぇ」と言われているようで、嬉しそうにしている。

 そして爺さん婆さんは「ちょっと待ってな」という感じで家の中に入っていき、お菓子や果物をモコにあげていた。

 そんなことを話しかけられるたびに繰り返し、しまいにはモコは自分から顔見知りの村の人に話しかけて説明している。

 モコ、早く行くんだ……! 充電がなくなるぞ……!


 すると、突然モコはしゃがみこんだ。 どうやらアリの行列を見つけたようで、ついて行こうとしている。

 あああああ、ダメだよ! アリなんかについて行くな!

 何十歩か歩いたあとモコはハッと我に返り、きびすを返して空き地を目指した。

 はぁぁぁ……、心臓に悪い……。


 数々の大冒険をこなしながらモコは空き地に着くと、おもむろにショルダーバッグから紙を取り出し、露店の誰に渡していいか分からず固まっている。

 怖くて話しかけられないのか、うつむいてしまった。 静かに泣いているように見える。

 あああ! 助けたい! 今すぐ助けたい! 俺も泣きそうだ!

 その時、モコが上を向き、露店に向かって何か言っているように見えた。

 でも声が小さすぎて、誰にも気付いてもらえていない。

 頑張れ、頑張れモコ……!! 俺はちょっと涙が出てきた。

「…………しゃい」

 ん? なんて言ってるんだ?

「これ五つくだしゃい!!」

 あああああ、言えた! 言えたよ、モコ!! なんて偉いんだ……!!

 モコの大きい声にテオドールさんや露店の子たち、お客さんたちが一斉にモコを見た。

 なんだかテオドールさんは凄くモコを褒めているようで、モコは硬かった表情が、見る見る明るくなっていく。

 ?? なんか、五つどころじゃなくテオドールさんがモコに色々渡してるぞ? 大丈夫か?

 お買い物をやり終えたモコがこちらを振り返りそうになったので、俺はすかさず路地に隠れた。

 しばらく隠れて様子を伺っていると、誰かに腕を掴まれた。

「たかふみぃ! モコ、ひとりでっていった!」

 どこで気付いたのか、モコに見つかってしまった。

 プンプン怒っているが、抱っこして欲しい、とのこと。

「ごめんね、モコ。 でも、モコが怪我したりしないか心配だったんだよぉ〜」

 そう言って頭を撫でるが、まだ怒っている。

「でも、モコ凄いね! とーーーっても偉かったよ? 自慢の子だなぁ。 本当にありがとう!!」

 と言うと、怒りながらもモコは嬉しそうにして、頭を俺にグリグリ押し付けた。


 ギルドへ戻り、モコはメルちゃんへお菓子とお釣りを渡すと、自分の冒険譚をこんこんとメルちゃんに言って聞かせていた。 テオドールさんからはやはり他にも色んなお菓子を貰っていたようで、村人から貰ったものも、モコはメルちゃんにおすそ分けしてあげていた。 独り占めするようなことはないし、顔だけでなく、心までイケメンの道をモコは邁進している。

 忙しいにも関わらず、メルちゃんもモコの相手をしっかりしてくれ、偉い偉い、と褒めてくれるので、モコは有頂天。

 そしてあんなにおつかいに積極的だったラウルさんが、感動して何故か一番泣いていたのが俺的にツボだった。

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