テオドールさんのお店は、思った以上に立派だった。
建物は5階建てで、そのうちの4フロアが店舗、最上階が事務所になっている。
衣類や雑貨、浴槽から家具まであらゆるものを取り扱っていて、目にも楽しいデパートのような場所だな。
もちろんエレベーターなんかはないから死ぬ思いで5階までの階段を上がらされると、上品な応接室に通された。
「いやぁ、もう私も、この階段が辛くて辛くてかなわんのです……」
「はぁはぁ……。 テオドールさん、僕でもキツイですよ……」
「またまた、そんなお若いのに。 そろそろ私も、事務所を1階に移さなければダメかもしれませんね」
俺とテオドールさんは息も絶え絶えだったが、モコとジョシュアは涼しい顔だ。
若く綺麗な女性が、紅茶とクッキーに近いお菓子を出してくれる。
「ありがとうございます」
「あーがとごじゃ〜ます!」
モコはそう言うと、両手でもしゃもしゃとお菓子を貪り食う。
女性はモコを見てニコッと笑うと、そのまま部屋から出ていった。
「まずはハヤシさん、この度の護衛は本当にありがとうございました。 とにかく助かりましたよ!」
「いえいえ」
「それでは、これが護衛代です」
俺は金貨10枚を受け取ると、テオドールさんが言った。
「まずはジョシュア君の件です」
「はい」
ジョシュアは少し緊張してるみたいだ。
「ラウルさんに伝書鷲を飛ばすには、伝書局に依頼しなければなりません」
郵便局と一緒か。
「はい」
「なのでラウルさんにお手紙を書いた後に、行かれるようにされるといいでしょう」
「はい、分かりました」
「それからジョシュア君。 君がこれからどうしたいのか、どうすべきなのか、きちんとハヤシさんに伝えなければいけませんよ。 あと、お父さんにもそのことをキチッと手紙で伝えなければね?」
優しく諭すようにテオドールさんが言うと、ジョシュアは小さく頷いた。
「さて! ハヤシさん、あれは一体どこから手に入れたんですか!?」
あれ、とはシャンプーとトリートメントのことだ。
俺は何かと面倒だったので、シャンプーとトリートメントの取り引きは何度もお断りしているはずなんだけど、とにかくテオドールさんが引いてくれなくって困っているのが実情。
「すいません、入手先については言えないんです」
まさかネットスーパーとは言えない。
「ハハハ、それはそうですね。 商売にしようと思うなら、取り引き先は言えませんね」
「はぁ、まぁ……」
「では、いかほどの量を売っていただけますか?」
シャンプーとトリートメントは、詰め替えの袋から入れ替えなきゃいけないから面倒で嫌なんだよ……。
「あの、容器が足りないですし…」
テオドールさんは被せるように、説得にかかる。
「容器なら! いくらでもうちで用意させます……!! どうか、末永いお取引をお願い出来ないでしょうか!?」
ハッキリ言って、非常に面倒くさい。
世に流通させるほどの量を詰め替えるのなんて、どう考えても無理だ。
「すいません、俺も売るほど量を持っているわけでもないんで……。 少量しか卸せないですよ……」
「そうですか…。 それは残念です」
「でも、石鹸ならいくらでもありますから……」
「いえいえ、少量でもありがたいので是非、よろしくお願いいたします! すいませんね、冒険者の方にこんなお願いをしてしまって」
俺は疲れていたので、お店を見せてもらうのやら、買い取りうんぬんの詳しい話やらは、また別の機会にしてもらうことにした。
「しばらくの間は店にずっとおりますので、いつでもいらしてください」
さぁ、宿で休もう。
テオドールさんに紹介してもらった宿は、小さな川に面していて、大きな橋を渡ったところにあった。
大層ご立派な建物で、ひと目でカネがかかっているのが分かる。
これは『宿』ではなく、『ホテル』だな。
「しゅごいね〜」
「う、うん……」
ヤバい、高そう。
豪華な受付の女性に、テオドールさんからの紹介状を渡す。
「はい、承りました。 お部屋は何室にされますか?」
「二部屋でお願いします。 あの、お幾らでしょうか?」
「ダブルが金貨三枚、シングルが金貨一枚と銀貨五枚です」
た、高っ……。 しかも素泊まりで、だ。
「テオドールさんの紹介なので、半額のお値段ですよ」
受付のお姉さんがにっこり笑った。
いや、笑えない……。
こんなの連泊なんか出来ないよ……。
俺とモコはダブル、ジョシュアはシングルだから、一日だと日本円で約4万5000円だぞ!? ありえない……。
とりあえずは、念の為二日分だけ部屋をとることにした。
安い宿、探さなきゃな……。
通された部屋は値段の通り、確かに立派だったけど俺たちには調度品が飾られているような部屋は必要ない……。
次に案内されたジョシュアの部屋も、中々に立派だった。
俺が地球時代に出張で使っていたときの、〇〇インみたいなホテルよりも、よっぽとマシじゃないか。
俺たちの部屋にジョシュアを連行し、少し話をしてみることにした。
ジョシュアは非常に気まずそうな顔をしている。
「……。 あの、おカネ……」
一応ホテル代気にしてるんだな。
「あぁ、いいよ。 気にしないで」
言ってはみたものの、俺も気にしてるんだよ、実は……。
「……。 ありがとう……」
アリの囁きくらい小さい声で、ジョシュアが言った。
はぁ……、もうそんな風に言われちゃしょうがないか……。
俺はこそっとネットスーパーで買っておいたペンとレターセットをジョシュアに渡し、
「お父さんに書くんだよ」
と伝えた。
「……。 うん」
お、随分しおらしいんじゃないか?
「で、これからどうしたいの?」
「……。 俺は討伐隊にもう少ししたら戻らなくちゃいけないから……。 だから、それまではここにいたい」
怪我が治ったジョシュアが、また徴兵されてしまうってことか?
こんなまだ、思春期真っ盛りの子どもなのに……。
「そっか……。 いつ隊に戻るの?」
「……。 あと二ヶ月くらい」
「え? 随分余裕があるんだね」
「……。 俺は酷い怪我だったし、それに強いから、休暇も優遇されてる」
「……そうなんだ。 隊に戻ることは、ラウルさんも知ってるの?」
「言ってはいないけど、そういうもんだから言わなくてもそれくらい知ってる」
ジョシュアがぶっきらぼうに言った。
「そう……。 じゃあ、とりあえずそうしたいってことを手紙書いてね」
「……。 うん。 あのさ、アンタはこれでいいの?」
「良いも悪いも、ついてきちゃったんだからさ。 それにそれを許すかどうかは、ラウルさんが決めることだよ。 俺じゃない」
「………」
「ジョシュア、ずっといっしょ!?」
モコは嬉しそうだ。
「モコ、ジョシュア君はずっと一緒ってわけにはいかないけど、もしかしたらしばらくは一緒に居られるかもね」
「ふぅ〜ん。 モコ、ずっといっしょがいい!」
ジョシュアは少し嬉しそうだ。
「ジョシュア君、一人で出かけるのは禁止だからね。 手紙書き終わったら夕食にするから、俺の部屋に来るんだよ」
そう言うと俺はモコとダブルの部屋に戻り、ラウルさんへ手紙を書いた。
内容はというと……、俺はジョシュアのしたいようにするけど、どうしますかって書いた。
もう、俺がごちゃごちゃ言うのもなんだしな。
手紙はすぐ書き終わったので、俺は部屋付きの浴室(浴槽はなかった)でモコと二人、テオドールさんから少し貰ってきた容器に、黙々とシャンプーとトリートメントを詰め替える。
モコはこぼしまくるし、やらなくていいと言えば拗ねるし、俺は少量でも取り引きすることになったのを、心底後悔していた。
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