翌日、リリーさんにチャーシューとレシピを渡すと、到底女性とは思えないほどの強い力で俺を抱きしめ、喜んでくれた。
「リ、リリーさん、く、苦しい……」
「いや、本当に嬉しくって! ありがとう!」
「は、はい……。 グッ……」
「で? 今日はアンタらが手伝ってくれるんだって? 悪いねぇ。 もう、大冒険者様だっていうのに、ほんっと」
と言いながら、俺の背中をバシッと叩いた。
「へ?」
「ジョシュアから昨日聞いて、ありがたくってねぇ……。 ホントに甘えちゃっていいのかい?」
慌ててジョシュアを見ると、ニヤニヤと嫌らしい顔で俺を見返してくる。
クッソ……。 まぁ、確かに? 俺とモコも別にすることもないし、手伝うのは全然良いんだけどさ。
「あ、あぁ、まぁ……、俺に出来ることがあるのであれば……」
「じゃあ悪いんだけど、キッチンの手伝いをしてもらってもいいかい?」
「はい」
「もうね、ハヤシさんに作ってもらった麺もとっくのとうに無くなっちゃったのよ。 それからはもう、幾ら作っても作っても足りなくてね。 だから、申し訳ないんだけど、麺をお願い出来る?」
「はい、分かりました」
それから丸一日かけて小麦粉を使って麺を作りまくった。 モコも麺のコシ出すため踏み込みを手伝ってくれ、変な自作のラーメンのうたを歌いながら楽しそうにしている。
あっという間に一日が終わり、リリーさんが閉店作業を始める。
「お疲れ様。 本当に今日は助かったわ!」
「あぁ、いえ……」
俺とジョシュアは休憩もほぼない状態で働き、ヘトヘトだ。 対照的にモコはゆったりと昼飯の唐揚げ弁当を大量に食べたり、大好きなお絵描きをし、最近ハマりかけている塗り絵をし、俺に抱きつき、麺を踏んだり、と充実の一日を過ごしたので、ご機嫌だ。
「リリーさん、もう誰か雇わないとこの状況、無理なんじゃないですか?」
「そうなのよ〜! でもね〜、村に残ってるのは農作業で忙しくって、うちで働けるような人がいないのよ。 だから、うちの兄に相談してるんだけど、なかなかねぇ〜……」
参った、という表情でリリーさんは言った。 かなり疲れているようにも見える。
「大丈夫ですか? かなりお疲れみたいですけど……」
「まぁね、そうなのよ。 身体だけは頑丈だったんだけど、最近は結構キツくてね……」
「おっふはいれば?」
俺とリリーさんの話しを聞いていたモコが、口を出した。
「あ! モコ、良いアイデアだな。 リリーさん、洗い場借りますよ!」
「え? あぁ、どうぞ?」
俺とモコは洗い場へ行き、浴槽をアイテムボックスから取り出し、お湯を魔法で入れた。
よし、今日の入浴剤は鬼怒川温泉だ。
「わぁ、きもちよさそうだね!」
「そうだね〜」
「もう、おっふはいる?」
「うん? 今日はまだだよ。 先にリリーさん入れてあげようね」
「はーい!」
お風呂から上がったリリーさんは、赤ら顔で「こんなにさっぱり綺麗になったのは初めてよ〜」と、上機嫌で出て来た。
「ハヤシさん、ちょっと相談というか、私、アイデアがあるんだけど」
「何ですか?」
「あのね、今はラーメン屋と宿で頑張ってるんだけど、閃いちゃったのよ」
「はぁ」
「お風呂屋さんやろうかと思って!」
「えぇ???」
「今、うちもあなたのおかげでラーメンと宿も景気がいいし、この波に乗ろうかと思って!」
どうやらリリーさんは本気らしく、ビジネスプランを語り出した。
「でも、生活魔法のキープがないと、お湯の量も温度も下がっちゃうんじゃないんですか?」
「大丈夫。 水魔法は私つかえないけど、火魔法とキープは使えるから。 だからうちのラーメンは伸びないのよ」
はぁ〜〜〜、なるほど、そんな魔法の使い方もあるのか……。
「まぁ、水は貯めればいいだけだし、なんとかなるでしょ」
風呂からモコとジョシュアが上がってきて、俺とリリーさんの様子を黙って見ていた。
商人として商いに目覚めたリリーさんの熱意は高まるばかりで、俺は頷くことしか出来ないでいる。
困ったな……と思っていると、ジョシュアが俺に風呂へ入るよう促してくれたので、助かった。
俺が風呂を上がってくると、リリーさんは俺の代わりにジョシュアへビジネスプランを熱心に話している。 というか、話すことで頭を整理しているんだろう。
「あ、ハヤシさん! 見てみて、お風呂屋さんの名前も考えたのよ〜」
どれどれ……、と見せてもらうと、『モコの湯』と書かれていた。
「な、なんでモコ?」
「だって、お風呂のアイデアくれたのはモコだもの」
そしてリリーさんは三ヶ月後、本当にお風呂屋『モコの湯』を別棟にオープンすることになる。
村には浴槽が一つもなかったし、冒険者もある事情(俺とモコのせい)があって更に増えたので、連日大盛況。
『モコの湯』の看板には、子どものときと大人のとき、それぞれのモコの似顔絵が書かれている。 ラウルさんが酔っ払ったときに描いたものだったので、それはそれは酷いものだった。
初めてそれを見た時のモコは癇癪を起こし、俺はなだめるのに苦労したのは、また別のお話し。
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