異世界のんびり放浪譚

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第89話 ゴシップボーイ(前編)

公開日時: 2022年5月23日(月) 23:31
文字数:1,973

 レシピを売り込もうとした俺は、レシピサイトにあるメニューの生姜焼きやとんかつ、豚丼などの定食系のレシピを紙に書きまくった。

 が、字なんか久しぶりに書いたので、四ページ目に辿りつく頃には筆圧が強すぎるせいか、指が痛くて字が書けなくなってしまうという、何をやらせてもダメな奴丸出しの状態になってしまった。

「よし、もう今日はレシピ書くのをやめよう」

 こんな感じでレシピは大して進まなかったが、マリタへ商品を卸しに行ったり、依頼を受けたり、王都へ不審な動きがないかチェックしに行ったりの毎日で、それなりに楽しい日々を過ごしている。

 ところがある日、どえらい事件が勃発した。

 ラウルさんが再婚する、という噂で村中大盛り上がりしているのだ。

「ハヤシさん、アンタからラウルに聞いてみてくれよ」

 と村人たちは俺に言ってくるが、いやいやいや、自分で聞けって話しだろ……。

「自分で聞けばいいじゃないですか」

俺がそう言うと、村人は顔を左右に大きく横に振る。

「そんなこと俺らが聞いたら、怒鳴りつけられるだけだろ。 ハヤシさんなら、大丈夫だって」

「えぇ、俺も怒鳴られるだけだと思いますけど……。 ところで相手って誰なんですか?」

「それがよ、どうやら、ギルドの手伝いに来るようになった子がいるだろ? シャロンだったか? その人らしいんだよ」

 えっ……!? 確かに、最近ギルドは猛烈に忙しいので、新しくシャロンさんという綺麗な三十路くらいのブロンド女性が、数ヶ月前からギルド本部より派遣されている。

 でも、ラウルさんとそんな特別な関係だなんて、微塵も感じなかったぞ……。

 まぁ、俺に色恋のことなんかさっぱり分からないから、もしそうだとしても、恋愛関係だということは見抜くことが出来ないけど。

「とにかくハヤシさんや、なんか分かったらすぐ教えてくれよ!」

 田舎というのは娯楽がないので、このネタは格好の餌食になっているようだ。


 別にゴシップ根性で見に行くわけじゃないが、ギルドに依頼を受けにいくつもりだったので、ちょっとだけそこん所を意識して見てみようと思う。 別に、知りたくなんかないけど。 いや、本音はちょっと知りたいけど。

 クローズ間際の時間だったので、ギルド内の冒険者はまばらだった。

「おう、今日はなんだ?」

 ラウルさんはいつもと変わらぬ調子で、俺とモコを迎え入れてくれた。

「あ、なんか割のいい依頼がないかと思って……」

「メル! 兄ちゃんが割のいい仕事くれってよ!!」

「……。 ハヤシさん、モコちゃん、どうぞこちらへ」

 メルちゃんは不機嫌そうにラウルさんの言葉を無視して、俺たちだけに言葉をかけた。

 ??? どうしたんだ? メルちゃんはいつも笑顔で元気なのに……。

「メル……」

 モコもメルちゃんの異変に気付き、いつもならすぐ抱きついていくのに、今日は怯えたように俺から離れない。

 っていうか、ムッとした顔がジョシュアそっくりだ。 さすが兄妹だな……。

「ハヤシさん、今だとこれかこれが良いと思います」

 メルちゃんは淡々と依頼書を俺たちに見せてきた。

 俺が依頼書の内容を見比べていると、いつもならメルちゃんは色々助言してくれるのに、今日は無言だ。

 どうしたのかと俺は依頼書から目を離しメルちゃんを見ると、ラウルさんがシャロンさんに仕事を説明している様子をモンの凄く怖い顔で見ていた。

 メ、メルちゃん……。

「ね、ねぇ、メルちゃん。 お、俺、こっちのアースドラゴンの討伐にしようかと……」

 目からビームでも出てるのか? という目力でメルちゃんは二人から視線を外そうとしない。

「メ、メルちゃん……?」

「はい?」

 冷たい口調で返事をし、面倒そうに俺の方に視線を戻した。 っていうか、マジでジョシュアとクリソツだな……。

「あ! ご、ゴメンなさい! 私ったら……」

「あぁ、ううん。 っていうか、大丈夫?」

 俺がそう言うと、メルちゃんは目に涙をいっぱい溜めて、

「大丈夫です。 こちらの依頼ですね。 承りました」

と、精一杯の言葉を振り絞って答えた。

 鈍感な俺でも分かる。 メルちゃんは二人の仲に反対なんだ。

 だからと言って、俺は何にもしてあげられないしな……。 それに二人がデキてるって、確証があるわけじゃないし。

「じゃあ、メルちゃん、ありがとね……」

 と言い、俺たちがギルドを後にしようとすると、ラウルさんが声を掛けてきた。

「おい、兄ちゃん、チビ! 今日はウチでメシ喰っていかねぇか?」

「へ?」

「いや、シャロンが今日は得意料理を振舞ってくれるそうだからよ、お前らもどうだ?」

 えぇ、ヤダ〜〜〜!! 殺伐とした中でメシなんか食いたくない。

「いくーーー!! うまいうまいのいっぱい?」

 モコが俺の答えを待たずに、招待を受けてしまった。

「おぉ、いっぱいだ!」

 メルちゃんを見ると、美少女のはずなのに苦虫かみ潰したような顔でフルフルとしている。

 俺は憂鬱な気持ちで、ギルドの窓に映る西日を見つめ立ち尽くした。

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