マリタの街へは、ギルドカードを門番に提示するだで入ることが出来た。
城壁がものすごく高いし、古代ヨーロッパの街並みがどこぞのアニメのようだ。 思わず心臓を捧げたくなってしまう。
「すげぇ……」
俺は思わず、声が漏れる。 モコもキョロキョロしながらせわしなく頭を動かしてるから、街並みに魅入られてるようだな。
そして街は想像以上に栄えていて、人も多いし、食料店も品数豊富で驚きだった。
「あの……、チコルの村では食料品も少なくて大変そうだったんですが……」
「あぁ、この街はこの国でもトップクラスに栄えてますからね。 まぁ、王都には敵いませんが。 それに、この街の近隣にはダンジョンが溢れているし、土地も肥えているのでね、食料品なんかも困ってないんですよ」
ダンジョンが見つかると冒険者が集まるから買い取り品が多くなるので食料、アイテムが手に入るので経済が回って潤うそうだ。
それにマリタは国の中でも流通の要なので、ダンジョン巡りをする冒険者も一定の数を確保しているそう。 明らかな徴兵逃れの冒険者も、ある程度は目をつぶってもらえるらしい。
「貧富というか、格差が激しいですね……」
「そうですね。 田舎はどこもチコルと同じようものですから、どこも大変でしょうな」
ジョシュアはどこか悔しそうな顔をしている。
「でもね、チコル村の近くにダンジョンが見つかったそうですし、聞いたところによると食料になるモンスターが多いダンジョンだそうなので、大分楽になるとは思いますよ」
そっか。 そうだよな。 ダンジョンに行ってくれる人がいれば、っていう前提だけど、ちょっとホッとした。
「さぁ、ハヤシさん! この前お約束した件、お忘れではないでしょうな!?」
「は、はい……」
遡ること十日前。 それはチコルの村を出発した日の夜のこと。
俺たちは野営の準備を終え、みんなで談笑しているときだった。
「たかふみぃ、おっふ?」
「あぁ……、そうだね」
『おっふ』とはお風呂のことだ。
普通、旅の間はタオルで身体を拭く程度でお風呂代わりにするのだと聞いた。
っていうか、このまま十日間も風呂に入らず身体を拭くだけだなんて、地獄だ。 匂いが半端ないことになるだろう。
俺はモコを幌馬車の影に連れ出し、聞いてみた。
「ねぇ、モコ? 魔法で村の洗い場みたいのって作れないかな?」
「ちょっとまってて〜」
そう言うなり、モコは土で作った四角い十畳間くらいの部屋を作った。
す、すげぇぞ、モコ……!!
まぁ、換気口はないんだけど。
「モコ、これくらいの穴を壁の上のほうに何個か作れる?」
手で四角いサイズを示すと、いとも簡単にモコは換気口を作る。
「偉いねぇ! モコ、凄いよ! 天才じゃないか!?」
「わぁ〜〜い! モコてんさ〜い!!」
モコは褒められて、阿波踊りみたいなことになっている。
ドアを開け中に入ってみると、土というよりアスファルトに近いような壁の質感だった。
流石だな、我が息子よ……!!
あとは〜、排水とシャワーだな。 洗い場の排水口はまたモコに穴を開けてもらい、簡単になんとかなった。
シャワーはしょうがないので、手桶でいいな……。
「こ、これは一体なんなんですか?」
テオドールさんとジョシュアが俺たちがいないことに気付き、探しに来たようだった。
「あ、あの、ちょっと洗い場を……」
「え!? ハヤシさん、凄いですね〜!! 土魔法ですか?」
「あぁ〜〜?? はい〜?」
俺は有耶無耶に答える。
「土魔法はなかなか使える人が少ないんですよ!」
「え、そういうものなんですか?」
「はい。 みんな火・氷・雷魔法が圧倒的です。 あとは水や土、風なんかもありますけど、ぐっと減りますね。 光や闇なんか、ほとんど使えないんじゃないでしょうかね」
「へぇ〜」
「生活魔法なんかもありますけど、生活魔法の全てではなく、部分的に使える方がほとんどです。 ドライだけとか、ライトだけとかですね」
あれ? 俺、生活魔法っていう一括りでステータスに表示されてたけど、結構凄いってことか?
っていうか、モコってどこまで魔法使えるんだろう……。 まぁ、本人に聞いても分かんないんだろうけど。
「あの、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが……」
「なんでしょう?」
「俺、前に森やダンジョンでDランクの魔物と闘った時と、今回Dランクのアーヴァンクと闘ったときでは、同じDランクでも全然強さが違う気がするんです」
「あぁ、それはそうでしょう」
「へ?」
「スピードなんかや、使える攻撃も同じDランクのモンスターで全然違いますからね。 同ランクでも一概に一括りにはできませんよ。 それに属性もありますし」
「属性?」
「アーヴァンクは確か水属性のはずです。 なのでハヤシさんが使っていた火魔法だと効きづらいんですよ。 雷魔法だと効きやすいですな」
そういえば、前にジョシュアから属性のことを聞いた気がするけど、超感じ悪い教え方だったから俺も聞き流しちゃったんだよなぁ……。
「効きづらい魔法で倒せるということは、大したもんですよ。 まぁ、私は冒険者ではないのでそこまで詳しくはありませんがね」
じゃあ、モコの魔法は属性を乗り越えるくらい強いってことか。
ステータス極大アップになるキマイラの雫を付けてなかったら、Dランクなんか今の俺のレベルだと到底無理だということなんだろう。
「で、これは何ですか?」
「あぁ、洗い場です」
「へぇ〜。 中を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、はい。 どうぞ」
テオドールさんと俺たちは中へ入った。
「おぉ、これは随分とまた立派ですなぁ!」
「これで浴槽があれば、最高なんですけどね」
その時、テオドールさんの目がギラりと輝く。
「ハヤシさん! 私、浴槽あるんですよ!」
テオドールさんは俺の手を取り、興奮したように三つあるうちの幌馬車の一つに招き入れた。
真っ暗だったので、俺はライトの魔法を使う。
「どうです! これが我が商会自慢の浴槽です!」
その幌馬車の中には、ピッチリと色とりどりの浴槽が積まれていて、形も円形や長方形、サイズなんかも様々だ。
「おぉ、圧巻ですねぇ〜」
「しゅご〜い! なんかいっぱ〜い!」
「そうでしょう、そうでしょう。 後は私含めたうちの売り子たちのアイテムボックスにも、多少入っています。 まぁ、もちろん浴槽だけ取り扱っているわけじゃありませんがね」
「へぇ〜」
浴槽か……。 あった方が絶対いいよな……。
「お幾らくらいするんですか?」
テオドールさんの顔が商人のそれになった。
「うちの浴槽は質のいいものばかりですからね。 なんてったって、宝石で作ってますから!」
「宝石なんてとんでもないですよ! お手頃価格でオススメなのはどれですか?」
「そうですねぇ〜、フレイムロックやピーチストーン、大理石辺りがお手頃ですよ」
フレイムロックは真っ赤、ピーチストーンはピンク、大理石は大理石だった。
いや、一択で大理石だろ。
「すいません、大理石のもので、お手頃価格のものはありますか?」
「はい、もちろん!」
テオドールさんが示したそれは、円形の物で俺とモコが二人で入っても余裕で脚を伸ばるし、モコが遊ぶにもちょうど良い大きさだった。
「いかがですか? 立派でしょう?」
「はい。 お幾らですか?」
「金貨300枚です」
「さ、300!?」
「えぇ。 これが一番お安いものになります」
う、嘘だろ? 高すぎないか?
「浴槽は贅沢品ですからね。 むしろ、お買い得な価格ですよ」
俺は固まって言葉も出ない。
「ただ、ハヤシさんにはこれからもお世話になりますからね。 金貨240枚でいいですよ」
2割引か……。
今回の護衛の報酬は、金貨10枚だ。 そうなると、浴槽がどれほどの贅沢品か分かるだろう。
一生モノだと思えば安いのか? この先ずっと、風呂なし生活は厳しすぎる……。
モコだってきっと喜んでくれるよな……。
「分かりました、買います」
新車も買ったことがない俺の、人生最大の買い物だ。
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