自然に作られたであろう木のうろの中のようなその場所は、彫り込まれたように広いホールになっており、怪しげな空気が漂っていた。
年輪の見える床には複雑な魔法陣が描かれており、中央には大きな祭壇が設けられていた。それを取り囲うように眺めていたのはエルフたちだった。
そのエルフたちの視線の先――祭壇の上には少女が横たわっている。月の如く美しき銀の髪を持つ、そんな少女が力なく眠るようにぐったりとしていた。
「愚かな小娘よ。自ら浄血されようとは滑稽極まりない。ミモザの身代わりになったつもりなのかもしれないが、お前さんの犠牲には何の意味もなさない」
装飾の施された杖を振りかざすエルフ――族長のプディカは、哀れなものを見るような目でその少女に語りかける。
「ミモザへの処刑の儀式がほんの少し延びただけだ」
やれやれといった面持ちで、プディカ族長が床の方に転がっているエルフの少女を見下ろし、距離を詰める。太陽に照らされる小麦のような金髪を持つ少女――ミモザは、意識を失っているようで、身じろぎもしない。
ミモザは目隠しをされ、首紐も繋がれ、あまりにも無防備を晒す。
プディカ族長がミモザに向けて手を伸ばそうとした――そのとき、その手はバシンと弾かれ、ミモザの身体がプディカ族長から距離を離すように跳ぶ。
正確に言うのであれば、ミモザの身体は何者かに持ち上げられたのだ。
「族長殿。どうか、考えを改めてもらえませんか?」
ミモザの身体を持ち上げたその女は、懇願するような眼差しを向けつつ、プディカ族長から距離をとる。
「お前さん……ミモザのなんだ?」
「拙者はヤスミ。お嬢に仕える者です」
エルフの族長プディカは、ヤスミと名乗った女を睨む。
あまりにも不愉快だった様子だ。
しかし、ヤスミは見た限り、相当の手練れのようだった。なんといっても、儀式の祭壇のまわりには少女以外にも何人かのエルフが倒れており、彼らは皆、このヤスミによってやられていたところをプディカはその目で見ていた。
「店長ぉ~、お嬢様ぁ~」
「師匠! フィー様! 無事かぁ!?」
プディカとヤスミと対峙していると、ホールに何者かが四人、ドタドタと飛び込んでくる。褐色肌エルフと、黒光りする肉体美の女。それに続いて、小さなドワーフ少女に、メイド服の少女だ。随分とバラエティに富んでいる。
「なんだなんだ、次から次へと。お前さんらもミモザのお友達か?」
ただでさえ儀式が中断されて失望しているところだというのに、この期に及んでまだ邪魔者が割り込んできたことにプディカは呆れ果てるしかない。
「やいっ! てめぇが族長だな!? 師匠にはこれ以上指一本触れさせねぇぞ!」
ミモザを庇うようにプディカの前に立ちはだかる。その黒光りの女は見るからに筋肉隆々としていてテコでも動きそうにない。それに何より、状況は多勢に無勢。
一見して、プディカには分が悪いようには見えた。
「ああもうっ! しゃらくせえええぇぇっ!!!!」
が、プディカがその杖を振りかざすと、その場に竜巻が巻き起こり、なんということか、ミモザを除く女たちをピンポイントであっさり弾き飛ばす。
そしてそのまま壁に叩きつけられ、床に落ちる。
「ぐあああっ!」
しかし、それでもまだプディカの怒りは治まらないのか、グイングインと杖を振り回し、今度は杖の先から稲光を放つ。
バチバチと迸る閃光が床に倒れ込んだ彼女らに直撃する。連続攻撃には為す術もなく、一瞬にして黒焦げだ。
「無詠唱で……こんな威力、とは……くぅぅ」
褐色肌エルフは余計に黒ずんだまま、指一本動かせそうにないまま、床を這いつくばる。相手はあくまでもこのエルフの里を統括する族長。生半可な連中など相手にもならない。
「ワタシは誇り高きアレフヘイムの族長、プディカだ。よぉぉぉく覚えておけ!」
ホール内は酷い惨状だ。何処を見回しても誰かが倒れている。
逃げ出していったエルフもいるが、今この場に立っているのはプディカのみ。
それはもう、苦虫を噛みつぶしたかのように渋い顔をしていた。
始末に負えないことはない。ただ、部外者を何人もこの地に入れてしまった責任を負うことになりそうだ、と脱力するような心地で、はぁぁと深い溜め息を一つ。
「――すまない、パーティ会場はここでいいのか?」
「誰だっ!?」
不意に、背後の方から掛けられる男の声。聞き覚えすらないその声に、プディカは振り返り、そして杖を構える。次の瞬間には、魔力を圧縮した強力な弾丸が数十と放たれていった――が、何に当たることもなく、それらは全て空中で弾けた。
何が起こったのかは分からない。確かにプディカは魔法を放ったはずなのに、まるで数十にも拡散された弾丸を一つ残らずはたき落とされたかのよう。
そんなことが可能なのだろうか。そんな疑問を浮かべながら、プディカは本日何人目かの招かれざる客人の顔を確かめる。
「あなたが族長さん……でいいのかな」
「お前さん、何者だい? ここが何処だか分かってんだろうね!」
そこに立っていたのは若い人間の男だった。恐ろしいと感じたのは、汗一つかいていないし、服も乱れていないというところだろうか。
「本当はもう少し早い段階で仲裁するつもりだったんだが……こちらも色々と多忙の身でね。相当遅れてしまったらしい」
男は辺りを見渡して、その惨状を確認すると申し訳なさそうに頭を掻いた。
「誰だって聞いてんだよ、こちとら!」
「俺はここより少々離れた辺境の地にあるパエデロスというところからやってきたものだ。一応、そちらさんでいうところの族長みたいな立ち位置かな」
プディカはパエデロスと聞き、直ぐさまそこに倒れているミモザの顔を見る。そして、そこで最も偉い人間の名前を頭の中に反芻させた。
「そうかい、お前さんがロータスか。なんだいなんだい、みんなしてうちのミモザを連れ戻しに来たっていうクチかい? やれやれ、泣けちまうよ」
「これでも治安維持を努めているものでね。実のところ、彼女はパエデロスにはなくてはならない存在になってしまっているんだ」
「笑わせてくれる。お前さんに何の権限があると思っているんだ。ここはワタシの里。ワタシこそがルールだ。どいつもこいつも首を突っ込みやがって」
構えた杖を降ろすことなく、プディカは溜め息をつく。
「情報はそこに倒れている――といっても分からないかもしれないが、女の子から聞かせてもらったんだが、どうやらあなたは実の娘を処刑するつもりだったようだね」
「そんなこと、お前さんとどう関係がある。自分の娘をどうしようと勝手だろう。ま、どういうわけか、自称親友とやらが身代わりになっちまったんだがな」
そういって祭壇を上に視線を向ける。そこにはまだ、あの少女が横たわったまま。
それを見て、ロータスはその場の状況を大体把握するに至った。
「でもあなたは、本当はそんなことをしたくなかったはずだ」
「何故そう思った。あの子は潜在魔力がなくて追放された身だ」
「じゃあ、何故わざわざ呼び戻した?」
「愚問だね。魔法使えないエルフなんて汚名でしかない。その名を広めたからさ」
「いいや、違う。あなたはミモザを――実の娘を守りたかったんだ。パエデロスで起こっているエルフ襲撃事件の噂を聞きつけ、娘の身に危険が降りかかると思って」
プディカは「馬鹿げた冗談だ」と鼻で笑ってやるつもりだった。しかし、表情を取り繕うことができず、図星を突かれたかのように硬直してしまった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!