あれから我は家なき旅、路頭を彷徨い続け、勇者を探し続けていた。
それはそれは一言では語りきれないほどに長く苦しい旅路だった。
なんか自称勇者とかアホみたいに多くて、全然関係ない連中ばっかだったが、ようやくして我を討った勇者の居場所を突き止めることができた。
それが今、我がいる街。その名もパエデロス。
人間のセンスはよく分からんが、そういう名前だ。
とにもかくにも、この街に勇者が滞在しているのだという。
我、結構がんばっただろう。褒めてもいいんだぞ。
田舎ってほどでもなく、都会ってほどでもない、可もなく不可もない、せいぜい都会被れ程度の立ち位置にあるこの街は立地だけは悪くないらしい。
北を往けば洞窟、南を往けば遺跡といった感じで、いわゆるダンジョンが近辺にあるため冒険者たちにとって都合の良い拠点のようだ。宝目当ての盗賊も多く、治安が悪いのが玉に瑕か。
もっと都会にいけば大きなギルドが上手いこと管理しているものらしいが、あいにくと発展途上のせいか、その辺りのバランスが崩れている様子だ。
んでもって、聞くところによれば、勇者はその辺りの事情を汲んでか、しばらく滞在して治安維持に努めているのだとか。
人間ってそんな面倒くさいことをよくもまあ好き好むものだな。
まあそんなことはどうでもいい。
ここに勇者がいるというのであれば、するべきことはただ一つ。偵察だ。
そしてそれから作戦を考える。
今の我にできることはそう多くはないからな。
敵を知ることこそが勝利の秘訣よ。
我は既に情報を得ている。このパエデロスの酒場に勇者が現れると。この街には飯が食えるところはいくつかあるが、パエデロスにある酒場で繁盛している店は一つだけ。いわば、冒険者の集う酒場だ。
となれば、夜に待ち伏せすれば高い確率で勇者と遭遇できるという算段よ。
なんと我、賢い。崇め奉られて然るべきだ。
そんなわけで、ちょうど日も落ち始めた頃合い。
パエデロスの酒場へと我、いざ出陣。
わいわい、がやがや。酒場の中の何と賑やかなことよ。この雰囲気は我が一度死ぬ前の魔王城を思い出す。ちょっとセンチメンタルになるじゃないか。
あー、そういえば我、生き返ってからとんと酒を飲んでなかったなー。せっかく酒場にきたのだから酒の一本や二本、飲んだっていいだろう。どうせ勇者が現れたとしても我には何もできやしないのだから。
「おい、マスター。酒をくれ」
何故か周囲がざわついた気がした。なんだ、我が酒を頼んだらいけないのか?
「ぁー、悪ぃがダメだ」
「何? 何故だ。ここは酒場だろう? 金だって払うぞ」
人間の貨幣の使い方もやっと覚えたのだぞ。通貨の形状と価値を覚えるのも一苦労だった。今なら金貨と銀貨の種類も少しくらい分かるつもりだ。
「ダメなもんはダメだ。お嬢ちゃん、ここは大人の戯れる場所なのさ。背伸びは嫌いじゃねぇけどよ、ごっこ遊びなら他所で頼む」
何を言ってやがるこのクソガキ。我を子供扱いする気か。
何千年生きていると思っているんだ。確かに今はザコザコのよわよわのヘボヘボかもしれないが、見た目で判断してもらっちゃ困る。
あ、いや、見た目どころか中身も魔力スカスカなんだった我。
悔しい。悔しすぎるぞ。元・魔王の我も小娘扱いなのか。
「我はこれでも大人なのだ。信じてくれ!」
「ぁー、はいはい、かわいい大人でちゅね」
取り合ってももらえない!?
昔だったらもっとムキムキのカチカチのムチムチだったのに。キサマなんぞ片手で山の彼方まで投げ飛ばしてやれたのに。クソ! クソ! クソ!
「我は大人なのだ!!!!」
「その辺にしときなよ」
むんずと背後から肩を掴まれる。
振り向いてみたら、目玉が飛び出るかと思った。
だって、そこに立っていたのは――
「ゆ、勇者……!」
「ん? ああ、俺も有名になっちまったもんだな。キミみたいな子にも顔が知れ渡っているなんて」
まずい。やばい。こわい。死ぬ。
勇者だ。本物の勇者だ。我の心臓に聖剣を突き立てた、あの勇者だ。忘れもしないぞ、その顔。
間違いなく、紛れもなく、我がずっと探してきた勇者以外の何者でもない
我、偵察するつもりが、まさかまさかの勇者と真正面エンカウントとは。ああ、なんか身体が震えてきた。
殺意は向けられていないのに、背筋が凍結するくらいに怖くて仕方ない。
「あれ? えぇと、キミ、何処かで会ったことある?」
ひぃぃぃっ!! ここで魔王です、なんて言ったら殺されるぅぅぅぅ!!!!
不幸中の幸いか、どうやら我が魔王であることには気付いていないらしい。
そらそうだ。聖剣で魔力丸ごとブワァーって消し飛ばされて、今の我は残りカスみたいなもの。あのときと見た目も違うし、魔力も感知できないはず。
いわば、全くの別人なのだから。
「ロータス、その子、怖がってるわ」
「ああ、ごめんごめん。突然驚かせちゃったよね」
勇者の後方から、刺すような言葉を投げかけてきたのは女魔法使いだった。あの女も覚えている。勇者とともに我の城に攻め込んできた一人だ。確か名前はダリア。
「大丈夫ですか? 気分が悪いのなら治してあげますよ」
そう優しく声をかけてきたのは女僧侶だった。
当然こいつも知っている。同じく勇者の仲間だ。マルペルという名前だったか。
勇者と勇者の仲間が二人とは分が悪いにもほどがある。こいつら、まだパーティを組んでいたとは。勇者が一人旅をしているなどという話は聞いていない。だから一緒にいたとしても何の違和感もない。
「大人になりたいのは分かるけど、マスターさんを困らせちゃいけないよ」
勇者に頭を撫でられた。めちゃくちゃむず痒くなってきた。
確かにな、我、今は小さいけど。
確かに、我、勇者からしたら丁度いいところ頭があったかもしれないけど。
こんな屈辱的なことあるか!!!!
「くうううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
思わず堪らず我、逃亡。
「あ、ちょっと……!」
勇者の制止も振り切り、酒場の外へと文字通りに飛び出していったのだった。
※ ※ ※
とんでもなく大誤算はあったが、収穫はあった。
勇者は噂通りにこのパエデロスの街に滞在していることが分かった。あの様子だとまだしばらくは滞在していることだろう。
ともなれば、この街に張っていれば、いつでも勇者の命を狙えることと同義。
しかし、その代償は計り知れなく大きかった。
まさかあそこまで子供扱いされてしまうなんて。
自覚していなかったわけではないが、今の我は人間の目線で見ると、小娘くらいにしか見られないらしい。
そりゃあここに来るまでもなんか変に見られてるなぁ、とは思っていた。
実は元・魔王の威厳が少しでも残っているのかなぁ~、なんて希望的観測をしていたが、分かっている。ああ、分かっているさ。
今の我が貧弱、脆弱、虚弱なのは認める。だが、こうも明確に、あんな、あんな頭を、なでなで、なでなでされるなんて。
未だかつてない屈辱だ。
「殺す」
言葉にして、沸々と内なる感情がわき上がってくる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……勇者、殺す」
なんで今、我がこんなにもザコザコのよわよわのカスカスでちんちくりんになってしまったのか。その全ての理由を我は知っている。
「我がこんなザマなのも全て奴らのせいではぬわいかぁ!!!」
くすぶっていた復讐心に灼熱の如き炎が燃ゆるのを感じた。
我は今一度誓う。あの勇者に復讐を果たすと。
覚悟していろ、勇者ロータス。
このフィテウマ。どんな手を使ってでもキサマを葬ってやる!!!!
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