辺境の地にある発展途上の街パエデロスもそろそろ都会と呼んでも差し支えないのではないか。そう思うくらいには大分、大きく開発が進んできている。
元より、遠方から冒険者や移民の多い街ではあったが、気付いたときには新しい宿や店がキノコのようにポンポンと増えていて、ほんの少し目を離した隙に違う街にでもなってしまったのかというくらい変貌を遂げていた。
この街の治安を守っている勇者どもの差し金か、帝国辺りの偉い連中が時折顔を見せに来ることもしばしば。制度とかいうのを改めるそうだ。
パエデロスも独自の文化やルールが積もり重なっていたし、そういうのを精査するということなのだろう。我には人間どもの社会のことはよく分からんが。
ほんの少し前なら、そんなパエデロスの発展も憂えて嘆いていたところだが、今となってはただただ感服するだけだ。
ただ、差し当たって問題があるとすれば――――……
「んみゅぅ……」
小麦のような金髪をわしわし掻きながらも、ミモザが不安げな表情を浮かべる。
その手に持っているのは、今まさにミモザが経営している店の売り上げが書き綴られた書類だ。
我と出会う前のミモザは、市場の片隅でちょこんと場所をとり、いるのかいないのかも分からん程度の存在感で、大して売れない魔具で日銭を稼いでいた。
ところが今ではそれも一転し、店を建ててからパエデロス中の人間が押し寄せているのではないかというくらいの勢いでミモザの魔具も飛ぶように売れている。
当時と比べてしまえば、それこそ目玉の飛び出るくらいに売り上げの差はある。
あるのだが……。
「また少し、落ちてましゅね……」
そんなことを気にするな、と言ってやりたかったが、実際ここのところは日に日に売り上げが落ちてきている。
開店当初が爆発的だったせいもあってか、かなり見劣りしてしまう。
我としてはこんなものだとは思う。
店を開く度にそんなドカドカと金が舞い込んできたのでは、一応はこの街で令嬢を名乗っている我よりもミモザの方が莫大な資産家になってしまうわけで。
売り上げが落ちた要因として考えられることは三つ。
ミモザの売っている魔具というものは消耗品の部類では高価な品であり、そもそもが頻繁に売れるものではないということ。
それこそよほど粗悪なものではない限りな。
また、パエデロスの発展に伴って、この辺りにも沢山のライバル店が出てきた。中には魔具を取り扱う店まで出てきている。
おまけにミモザの店よりもグッと安価なのだ。これでは客もとられる。
そして、これが一番致命的だと思うのだが、ミモザの店で売っている魔具は全て店で手作りしているという点だろう。
需要と供給が追いついておらず、頻繁に店を閉めているのが現状だ。
当初は、たまに空いている穴場な店として評価はされていたが、ライバル店が多くなってきた今、それはただのデメリットでしかない。
他の店ではどうしているかといえば、専属の技術者が何人もいたり、遠方から取り寄せられる人脈のラインを持っていたりと、けして在庫が切れないような措置をとっている。ミモザの店がとびきり出遅れているというわけだ。
かといってだ。ミモザが店の方針を変えるかといえば否だ。今まで通りに店で作って店で売るしかない。それだけミモザには魔具に対するこだわりが強い。
「新商品を開発しまふか……」
と、こういった結論に落ち着くのは予想がついた。商才があるのなら、もう少し気の利いたアイディアもあったのだろうが、ミモザはあくまで技術者側だ。
「ふむ、では新しい素材を購入してくるとしようか」
「えぇーとぉ……実はちょっと考えてあるものがあるんでしゅ」
「ほほう、言ってみるがいい。ミモザの要望通りのものを用意しよう」
※ ※ ※
そんな会話を交わしてから一日半くらいだっただろうか。
どういうわけか、我とミモザは深い森の中にいた。
曰く、ミモザが考えている素材はこの森でしか採れないものなのだという。
だったらギルドにでも依頼を掛けて調達してもらうという手段もあっただろう。
ところがどっこい。これが希少なもので、依頼料も少々高い。
十分な数を手に入れるためにミモザが提案したこと。
それが自分で取りに行く、ということだったわけだ。
なんだったら我が金を出してやろうとも言ってやったのだが、こういうところでミモザは妙にこだわりが強い。
ちゃんと自分の店は自分で経営していきたいようだ。
前から自分の足で素材を調達することはそんな珍しいことでもなかったらしい。
我と出会ってからは我が色々と手を回して素材やら工房やらを用意してきたものだが、店を建ててからはそっち方面はミモザが仕切っている。
「すみましぇん、フィーさん……付き合わせてしまって」
申し訳なさそうにミモザが言う。
「何、気にすることはない。他でもないミモザの頼みだからな」
自分の足で素材を取りに行く。
ここまでは決意が固まっていたが、実はこの森は、それ自体がダンジョンのように入り組んでおり、厄介な連中の住処にもなっていて、エルフのミモザでも危険だった。
ならば、手伝うしか選択肢はあるまい。何も申し訳なく思う必要などない。
ミモザに頼られているのなら我も全力を尽くそうではないか。
ちなみにだが、我も一応正体は隠している身だ。
ミモザの作った怠惰なる色彩により我の月の如く美しき銀髪がパンのような小麦色に、血の如く紅い瞳も空色に。そして、同じくミモザの作った背伸びの願望により身長もグンと伸ばしている。
つまり、ミモザの姉のような容姿で冒険者っぽい恰好で来ている。
今さら隠すこともないんじゃないかと思われるかもしれないが、パエデロスでは令嬢としても店の天使としても顔が売れてしまっている。
普段のフィーの姿で変に魔法を使って目立ってしまうと、よからぬ噂が流れてしまう可能性も否めない。
そんなわけで、以前なら勇者どもに正体がバレて困るところだったが、今では生活に支障が出て困るという理由に挿げ変わっている。
ただでさえ、噂のご令嬢フィーが店の手伝いをしているということでよく分からん連中がパエデロスに沸きつつあるのだから用心に越したことはない。
「ふへへ……お姉しゃんと一緒に冒険ができてうれしいのれす」
我が優しく頭をなでてやると、申し訳なさの顔が少しほころび、ミモザはそっと我に身を寄せてきた。
フフ、フフフ……決して、このように義理の妹ができるから姿を変えているわけではないぞ。決してな。あくまで厄介ごとを避けるためなのだからな!
「さてと、森も大分深くまで進んできた気がするが、目当ての素材がある場所には目星がついているのか?」
「はい。冒険者しゃんに聞いたら、この辺りに巣を張っているって聞きましら」
探している素材。それは巨大蜂の集めた極上蜜だ。
食材としても貴族たちに人気が高く、エルフの間でも加工用素材として評判がいい代物だそうだ。
だが、蜜を守る巨大蜂はその名の通り人間の大人並みの大きさで、さらには毒耐性の強いゴブリンでさえも一晩でコロリと逝かせる猛毒を持っている危険な虫である。蜜を持ち帰るためには避けては通れぬだろう。
「あ! お姉しゃん、あそこ!」
ミモザが指さした先には、天をつきそうなほどの巨木があった。その太い太い枝の内の一本に巨大なソレがぶら下がっているのが見えた。
耳を澄ませば、おぞましいくらいの羽音も聞こえてきた。
噂通り、とんでもなくデカい蜂がそこに群れをなしていた。
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