北へ往けば洞窟、南を往けば遺跡、東に往けば密林、西ならば古城がある。その大きな街から歩を進めればどの方角であろうと数多くのダンジョンに当たる。
冒険者にとっては都合の良い土地に開拓された街の名は、パエデロス。
元を正せば、金に目の眩んだ無法者たちが流れ着くような掃き溜めの集落だった。
今では、名無しの冒険者も、はぐれ者のエルフも、流離いの獣人も、垣根のない関係を築き上げられるくらいには治安の維持された街となっていた。
パエデロスの名を出せば、遠方の国々からも口々に、異種族同士が手を取り合う平穏な土地だと答えるだろう。
ある日、そんなパエデロスの中央に、城の如く大きなソレが建築された。
ネルムフィラ魔導士学院。かつて、世界を恐怖に陥れたとされる魔王を撃退した兵力を持つ、軍事国家レッドアイズの最新技術を結集させ、魔力を持たないものであっても魔法を習得することができる、世界でも数少ない魔法学校だ。
何故そのような学校が設立されたのか。
冒険者たちの旅路をより円滑にするためとか、生活水準を引き上げるための街の文化レベル向上であるとか、そういったことは二の次、三の次だ。
第一の目的は、その技術力を世界に知らしめるため。次いで、パエデロスに移り住んできた貴族たちの子息の学力向上である。
パエデロスという街がいかに大きく発展しようとも、得体の知れない異種族が混ざり合った土地であることには変わりなく、払拭しきれるほどマイナスは小さいものではなかった。遠くに面白い街がある。未だ、その程度の認識でしかない。
統括することが危険だとも言われているほどで、その実、過去にもパエデロスの町長を名乗ろうとした者は数多くいたが、異種族異文化をとりまとめることに頓挫し、良くも悪くも各々が自由気ままに過ごしていた。
この街の発展ならびに治安維持に努めてきた男は、根気強く辛抱強く平和な街へと整え、異種族交流という思想の布教を目的に掲げていた。
その目的への一歩が、国への昇華であり、イメージアップというわけだ。
果たして、それは理想の通りの形となるのか。
その結末を予測できるものは、そう多くはなかった。
※ ※ ※
辺境の街パエデロスの繁華街にあるその酒場は、あらゆるエキスパートの冒険者が訪れる、人気スポットともいえる場所だった。
今日も今日とて、パーティを組んだ数人単位の冒険者たちが店の一角を占拠するかのように取り囲い、戦利品の勘定に勤しんでいる最中だ。
「あの洞窟も大分稼ぎが悪くなってきたんじゃないのか?」
「他所のギルドからタレコミがあったらしいぜ」
「おいおい、ルール違反って奴じゃねえのかよ、ソレは」
「バカ言え、こちとら法の整備も整ってないんだ。むしろこっちの方が非合法さ」
むさ苦しい男たちが報酬の少なさに嘆く声が惨めったらしく店内に響いてくる。
酒の進みも遅ければ、肴の山もちっとも減っていない。
「あーあ、ロータスの野郎は何してんだか」
「文句言うなって。これでもマシな方なんだからよ」
「そうそう、あの男が来る前だとお宝丸ごと横取りなんてのもざらにあったしな」
「ハハハ、懐かしいぜ。あの頃は生きて帰るのも一苦労だったなぁー」
渋い面を下げながらも、金銀財宝、希少鉱石の取り分をすんなりと分配していく。
手慣れた動き、目利きの具合からいって、その熟練度も察せる。
どっしりと椅子に腰掛けて、気晴らし程度に酒をあおる。
遠いものを見るかのような目で、冒険者の男の一人は重い溜め息をついた。
「すっかりおままごとみたいに小綺麗になっちまったが、この街はいい街だな。飯は美味いし、酒も美味いし、当たり前のように帰ってこれる」
「商人さまのおかげさね。食材だって道具だって全部連中の手腕だろ」
「いいや、貴族のおかげだ。あいつらが金をばらまいてくれたから巡り巡ってオレらの方に回ってきてんのさ」
「なぁ~に、言ってんだか。そんなのフィー様の……おっとっと、これはタブーだったな。何にせよ、金の巡りも物流の質も、そこらの隣国よかずっと良くなってる」
何かを言いかけた冒険者は、思わず口を塞ぐようにしてテーブルの上のおつまみを口の中へとかっ込み始めた。それに対して他の冒険者も特に何を言うわけでもなく、納得したような表情を浮かべる。
「不思議なもんだよな。根幹は腐った連中が好き勝手にやってただけの街だってのに、クソ真面目にやってきてるデッケェ国よりマシなんてよ」
「そりゃあまあ、ルールで縛られてるよか、自由に動けてる方がフットワーク軽いからな。検閲だってユルユルなんだぜ。ところ変われば武器の一つ、ナイフの一本だって押収されるとこだってあんだからよ」
「そこんところ、ロータスは上手いこと立ち回ってるよな。必要以上に束縛しないっつーか、お人好しのなあなあで全部済ましちまうし」
「あれは立ち回りかぁ? 単にあの勇者野郎が強すぎて怖いだけだろ。何せ、魔王をぶっ殺した男だしな。見方を変えりゃ独裁政治と変わらんだろって」
鼻も、耳も、真っ赤にした男が、ようやくして酒のおかわりを注文する。
うつらうつらとした瞳は、少なくとも目の前に積まれた宝の山には向いていない。
「なあ。アレ。アレはどうなんだよ。地域活性化だか何だか知らんが、ドデカい学校をおっ建てやがってよ。急に貴族贔屓ときたもんだ。本性現したんじゃないのか?」
「ああ例の魔法の。金払ってどうにかなるんならオレも是非とも通いたいもんだね。どうも胡散臭くて、悪質な詐欺商売に手を染めたんじゃないかと」
「んあー、あの学校のせいで大通りを馬車が埋め尽くしてうぜぇことこの上ないな」
「しょうがねえだろうよ。ロータスだって貴族のもんじゃねえんだし、資金に困ったら手段も選ばざるを得ないだろ。そうでなくとも、クソまみれだった頃からパエデロスを必死こいて立て直してきたんだ。今までがおかしかったんだよ」
べろんべろんに酔っ払った男が、ジョッキを持った手をだらんと床に向けてたらしながら、脱力したように言う。酒と一緒に不満ごと飲み込んだ様子だ。
「意味ぃ……あんのか? あの学校。いや、魔法が学べるっつうのはいいことだろうし、実際に習得できるって信頼もある。が、根本的によぉ。ぁー、なんつぅんだ?」
「時期尚早?」
「ぁー、そういう奴。難しい言葉はてんで覚えられんなぁ」
「焦ってんじゃね、と思う節はあらぁな。ま、そんだけパエデロスもデッカくなりすぎて舵取りが上手くいかなくなってきてるってことよ」
呂律も怪しくなってきている一行。旅の疲れが出てきたのか、酒の酔いが酷く回ってきたのか。いずれにせよ、うつらうつらと酔っ払いの集団ができあがってくる。
不穏そうな言い回しも飛び交いつつ、その言葉の芯には、会話の中心になっている男に対する期待と不安をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたソレがあった。
「勇者だか何だか知らんがよぉ。あんな若造が、よくも、泥臭ぇこと真剣にやってけるもんだ。すぐにぶっ壊れちまいそうなくれぇヒョロいくせしやがって、まったく、まったくよぉ……」
「おいおい、こんなとこで酔い潰れんなよ。せめてベッドの上に倒れな」
「ハッ……ベッドか。ちいと前なら地べたでも転がってたのによぉ。あぁあ、すっかりキレイに。すっかり上品だこって。勇者様よぉ」
語尾も聞き取りにくくなるくらいデロンデロンになった冒険者は、そのままテーブルに突っ伏して、嫉妬のような愚痴を吐き捨てた。
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