汗ばむ季節を超えて、日も傾けば肌寒さも感じるようになってきたこの時節。このパエデロスというものは、そんな季節感を欠いているのでないだろうか。
街を歩けば代わり映えしない冒険者どもや、何処ぞから転がり込んできた異種族たちがのほほん顔で闊歩しており、いつも通りの賑わいっぷりだ。
ご存じの通りだとは思うが、冒険者なんてものは少なくとも危険な旅路を行く稼業なものだから重装備こそ標準装備。
異種族的な話をするとエルフは同じ服しか持たない主義なのかと思うほどに常に動きやすい軽装。オーガとかあの辺に至っては服を着る習慣も疎いのか、ほとんど裸で言葉通りに筋肉を剥き出しにして歩いているようなもの。
はて、今は夏だったか。それとも秋だったか。
パエデロスで服に気遣おうとするのは貴族くらいのものだというのは知っているが、まさにそれが一目瞭然といった光景だ。
「フィーお嬢様、お食事の準備が整いました」
「うむ」
窓辺から外を見下ろしていたら、使用人がスッと現れる。キビキビとしたこの態度からはその熟練具合を推し量れるというもの。
間違いなく言えることは、我はこの街において名のある令嬢であるということ。貴族という認識、はたまたその括りであるということだ。
しかし、それは大きな誤りだ。
正確に言うのであれば、爵位もなく、そんな貴族とも縁のない我は、ただ金を持っているだけの小娘に過ぎない。
一応はバレないようには振る舞っているつもりではあったのだが、どうしたものだろうか、ここのところはずっと目立つようなことばかりが多く、パエデロスでも我にとってよろしくない噂が蔓延しまくっている。
さすがにもう隠し通せているなどとは言えない。
確証を持って言えることだが、使用人たちにも、その主が人間ではないこと、そして貴族でも令嬢でもないことは知れ渡っている。
それでも尚、仕えている理由は何だ。
我のカリスマか? それとも美貌か? フフ……それもあるだろうがな。
やはり理由としては金を持っていることだろう。
我の資産はとんでもなく希少な金品や宝石ばかりだった。それは発展途上の街だった頃のパエデロスからしてみれば大金と呼ぶにも規模が違う。
屋敷を建てても使用人を雇ってもアホくらいお釣りが余るくらいだったのだから。
「どうぞ、フィーお嬢様。お召し上がりください」
「うむ、いただこう」
使用人の手で銀色のクローシュが持ち上げられ、その下から上等すぎるにもほどがある料理がホッカホカと現れる。
我の屋敷には専属のシェフも雇っているからな。それもかなりの腕利きのだ。食材だって妥協しているつもりはない。
比較対象を挙げられないが、おそらくこのパエデロスで最も裕福な暮らしをしているのは我であると確信を持って言える。
――が、しかし。
ここに懸案事項がある。とても非常に物凄く極めて重要なる懸案事項だ。
パエデロスが発展途上と呼ばれなくなって実にもう久しい。
ダンジョン目当ての冒険者やら何処ぞから流れ着いてきた移民やら金の臭いを嗅ぎつけてきた行商人やら、なんやらかんやらが集まって、そんでもって勇者ロータスたちが日夜せっせとそういった連中を上手いことコントロールしてきた。
結果として、いよいよパエデロスも一つの国家になろうというところまで上り詰めてきており――まあ諸事情でそれも少々遠のいてはいるのだが――少なくとも、我がここに訪れたときとは状況が一変してきている。
特に何が大きく変化しているかといえば、物価だ。
そらまあ、なんだかんだで色々な連中が訪れてきて、治安も維持されてきていて、国になるレベルまでには成長してきたのだから、物流も盛んになって当然。
パン一つ買うにしても、以前までの何倍かくらいまで値段が跳ね上がってきているのが現状だ。貧困層の喘ぎも聞こえてきそうな気もするが、働き口などいくらでもあったりするのだな、これが。
エルフが道具屋を営んだり、オーガが用心棒を務めたり、獣人が農業を開拓したりと、亜人ですら行き場所に困ることがないってんだから大したものよ。
無論、ここにまで至ったのは勇者ロータスとその愉快な仲間たちの功績であることは揺るぎない事実なのだが、こんなにも加速してきてしまったのは、実はレッドアイズ国が絡んできていたりするのだ。
ああ、まあ、レッドアイズ国も国王様の不祥事でてんやわんやと大騒動になってしまった。その際にパエデロスの噂が一挙に流れ込んできていたようだ。
レッドアイズ国の王子がパエデロスのご令嬢に求婚したっていうアレな。あそこからパエデロスに関心や興味を持つ住民が増えたそうな。
パエデロスときたら、差別思想もないし、貧富の差はあれど生活苦などレッドアイズ国に比べたらないに等しい。
そういった経緯もあって、レッドアイズ国からパエデロスに移住してくる者も少なくはなかったようだ。中には路銀がなくて徒歩で来るものもいたとか。
――さて。
で、色々と脱線してしまったが、何が懸案事項と呼べるのかって、物価が高くなったということは今後の出費もシャレになってないということだ。
「フィーお嬢様、お味はいかがでしょうか」
「ああ、いつもながら美味だ」
って、平然とステーキ食ってるけど、コレも普通にヤバいんだよな。
流石に我の持つ資産だって無尽蔵ではないのだから。
まず、パエデロスにおいて我の収支はどうなっているかといえば、圧倒的に出費の方が多い。でっかい屋敷建ててるし、使用人めちゃくちゃ雇ってるし、日々の生活にだってとんでもな額が使われている。
一方で、収益はというと、アレだ。アレしかない。ミモザの店のお手伝い。
ミモザからは普通の給与に加えて、店の売り上げのいくらかをもらっている。
……給料もらっていることがおかしな話なのだが、あの店では看板娘として営業してしまっているので、仕方なく、という体で受け取っている。
あと、我の使用人もよこしているので、その分の給与も加算されるが、そっちに関しては元々の雇用費で実質赤字だ。
日雇いの給料しか収益がないって、控えめに言ってもまずいし、ヤバイし、もはや本格的に我も偽令嬢ではないか。このままの生活を続けていけば、ミモザと立場が逆転するのも時間の問題。
ミモザの店は儲けの額が凄まじいからな。さすがは優秀なる技術者よ。
たまにしか店を開かないし、魔具の値段もグングン高くなっているというのに、それでも客足が途絶えないのだから、そうもなろう。
我も質素な生活にしていかないとなぁ、とは思ってはいるのだが、そうなるといきなり使用人をごっそりと解雇させねばならん。最近求人出したばかりなのに。
そんなことしたら我の信頼もごっそりと落ちてしまうことだろう。
身の回りの要らない生活用品をまとめて売り払うか? なんだったらこの屋敷も売っ払ってもっと小さな家に住むか? いやいや……根本的な解決じゃあない。
困った。ああ、困った。
今の我から金をとったら一体何が残るんだ。カリスマと美貌だけじゃやっていけんぞ。ただちに資産が底をつく状況ではないとはいえ、なんでこんなことにも今まで気付かなかったのだろう。
あぁ、もう、我のバカバカバカっ!
「フィーお嬢様、グラスが空いております」
そういって執事がボトルから水を注ぐ。
ここいらじゃ普通に飲める水なんてそうはないからこれも高いんだよなぁ……などと思いつつクピクピとグラスを傾けて喉を潤した。
何か、早く何か策を考えなければ。
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