うららかな陽気の下、我とミモザはネルムフィラ魔導士学院の制服姿で手を繋ぎ、並んで歩いていた。
その後ろには、ボディガードの如く、オキザリスもついてきている。
我らが向かう先は勿論、その学校だ。
今日はいよいよ入学式の日。なんともはや不安要素が多いのだが、こんなにも心地の良い日にネガティブに苛まれても仕方あるまい。
「えへへぇ~、フィーさんと一緒のクラスになれるといいでしゅね~」
「う、うむ。どんな試験かは知らんが、ミモザと同じクラスになりたいものだ」
「お嬢様であればきっと問題ないでしょう」
本当に急な話をぶち込まれてしまったものだ。入学式の日に試験を行ってクラス分けをするなどとは誰が予測できただろうか。
ダリアも成績の善し悪しではないとは言っておったが、我とミモザとでは試験結果が大きく広がりすぎるのではないか。そこが一番不安なところだ。
「ふわぁ~、凄い人だかりでふ」
「こんなにいたのか、同級生ども」
ネルムフィラ魔導士学院の正門前まで来ると、我らと同じ制服を身に纏った輩がごった返していた。中には馬車通学している奴もいて、軽い渋滞も起こしている。
分かっていたことなのだが、年齢も種族もかなりバラバラだ。目に見える限りは貴族、貴族、貴族ばかりで、何処の国の舞踏会が始まるんだと言わんばかり。
「ご安心を、お嬢様。ワタクシめがお守りします」
「おい、オキザリス。入学前に殺気を飛ばすんじゃない」
相変わらず目つきの悪いオキザリスは、人だかりを睨む。この筋肉ムキムキのメイドは、ボディガードとしては優秀だが、過剰防衛に至る節がある。
今も、人間以外の種族がうじゃうじゃと集まる校門をみて、警戒している様子だ。
同じピリピリとした緊張でも、我の横の方とはえらい違いだな。
「これからこの人たちと通うんれすよね。何だか緊張してしまいまふ……」
「何を緊張する必要があるのだ。同じ制服を着た同じ生徒どもだ。ミモザが劣る要素など何一つないだろう」
そも、ミモザの経営している魔具店は、パエデロスにおいて人気も売り上げも上位に食い込んでおる。下手したらマジの王族でもない限り、そこいらの貴族なんかよりはずっと資産家のはずだ。
加えて、最近ではミモザチップスの知名度もグンと上がり、パエデロスの外でだって噂が飛んでいくくらいには有名人になりつつあることを我は知っている。
とどのつまり、ミモザはここいらに集っている有象無象どもとは比べものにならない地位と名誉を持っていると言っても過言ではない。
もし、ミモザの頭が上がらないような輩がいるとしたら――
「フィーさん! ミモザさん! おはようございます!」
爽やかに明るく元気よく挨拶を飛ばしてきたのは、勿論あの小僧。
軍事国家レッドアイズの王子、コリウスだ。
「おはようございまふ、コリウ……王子しゃま」
「だからコリウスでいいですって。えへへ」
コイツと同じ学校に通うことが何よりも苦痛だ。
だって、我の城に攻め込んできた、あのレッドアイズ国の王子だし。
そうでなくとも、コリウスに関わると碌な目に遭わない。
「これから卒業までどうぞよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。コリウスくん」
我はイヤだ。と言ってしまいたいが、相手が相手だけにそう強く突き放せないのが辛いところ。何せ、レッドアイズ国の王子なわけだし、この小僧。
ついぞ先日のことを忘れるほど、我も呆けてはおらん。
エルフ襲撃事件なるものがこの平和な街パエデロスで起きていた。
その事の発端となったのは――本を正せば我も一枚噛んでおるのだが――レッドアイズの愛国者どもだった。
愛国心が強いが故に、パエデロスのエルフがどうこうという曖昧な噂だけでそのような事件が相次いでいた。今は収束しつつあるようだが、今後の我の行動次第では、ひょっとすると再発する可能性すらあるわけだ。
パエデロスのご令嬢がレッドアイズ国の王子にどうこうとかいう、そんなたわいもない下らない話すら、どう転ぶか分かったものではない。
我だけで事が収まるのならまだいいが、それで巡り巡ってミモザにまで飛び火してしまった前科もある。それを鑑みれば厄介極まりないぞ、このバカ王子。
「コリウス王子。お久しぶりです」
我の後ろからひょっこりとオキザリスが出てきて、ぺこりと深々お辞儀する。
そういえば、オキザリスは元々レッドアイズ国の城に仕えていたんだった。
なんか失業したとか言ってたけど、どういう心境なんだコイツも。
「ああ、オキザリス。久しぶり。一応、また一緒になるということになるのかな。ええと、まあよろしく」
昔雇っていたメイドを前にして、コリウスもどことなくぎこちなさを感じる。
ただ単に、オキザリスの目つきの悪さに圧倒されているだけかもしれないが。
「それではお嬢様、ミモザ様。入学式へまいりましょう」
コリウスへの挨拶はそれで終わりなのか、そういってオキザリスが促す。
仮にも相手は王子なのだが、そんな塩対応でいいのだろうか。まあ、オキザリスは過去にコリウスの横っ面をビンタした前科もあるし、前々からこんな感じなのかもしれない。
「いやぁ、ワクワクしてきましたね!」
オキザリスのあの素っ気ない態度をものともしないのか、それとも慣れているのか、何食わぬ顔で我らと足並みを揃えてくる。
勝手に合流してくるなと言いたいところだ。
「コリウスくんとも同じクラスになれるといいでふね」
お願いだからミモザ、あまりソイツに関わろうとしないでくれ。
いつ何処で変な連中が目をつけているのか分からんのだし、同じクラスというだけでどんなことになるか想像もつかない。
我含む一行が校門を潜り、そして校庭へと足を踏み入れると、少し前に訪れたときとは比べものにならないほど賑やかな光景が広がっていた。
あのときはただ見学しにきただけだったし、他の生徒も誰もいなかった。
校舎に向かう道が埋まっているだけでこんなにも違って見えるものか。
日頃、パエデロスで冒険者相手に魔具店を営んでいる立場からいうと、学生服に身を包んだ連中はある種、新鮮に感じられるくらい。
もの好きでもない限り、従者付きの貴族がミモザの店に訪れることはないしな。
見渡した感じでは、どの生徒にも我のように横にメイドなり執事なりがついてきていた。そこでふと、些細な疑問が浮かんできた。
「そういえば……コリウスには従者はついていないのか? 仮にも一国の王子であろう?」
「いえ、ちゃんといますよ。ちょっと姿を隠していますが、校内のあちこちに配備されています」
さらっと目配せするものだから視線を追ってみると、確かに生徒でも従者でもなさそうな輩の姿が確認できた。曲がり角からこちらを伺っていたり、待ち合わせを装っていたり、見渡してみると物凄い数だ。
さすがは王子といったところか。何か危害でも加えようものなら四方八方から飛んできて取り押さえられるというわけだ。
ひょっとするとまだ我が気付いていないだけで、この周囲にも数人くらいボディガードが潜んでいてもおかしくはない。急にまた別な緊張感が走ってきた。
これから間もなく入学式が始まるというのに、新しい学校生活へと期待も不安も、なんだか我だけ違うものを感じているような気がしてくる。
はたして、平穏な学校生活が待っているのだろうか。校舎に入る前からもう既に色々なものが押し寄せすぎなのではないか?
「入学式、楽しみでふねっ!」
ああ、ミモザの純粋な笑顔が眩しい。
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