たんまりとお宝も頂戴し、あのジメジメ洞窟を後にして、冒険者の男どもとも解散して、とっととパエデロスに向かって帰路につく。
むさ苦しかったとまでは言わないが、なんとなく開放感もあり、またなんとなく寂しさもあった。ほんのついさっきまで騒がしかったせいもあるだろう。
結局、あの三人はどういう集まりだったのだろう。
コーベ――というかシゲルが元勇者の仲間だということを聞きつけて、甘い汁を吸うためにつるんでいる、くらいには考えていたが、そうでもないらしいし、なんか普通に楽しく冒険者やってた辺り、ああいうのを男の友情と呼ぶのかもしれない。
まあいいだろう。我にだって友情という概念はある。
今回のダンジョン攻略では想定以上に時間を掛けてしまったから、きっとミモザも寂しがっていることだろう。なら、こちらは女の友情というものを堪能しよう。
むしろ一刻も早く帰らなければまたダリアの奴にちょっかい出されている可能性すらある。洞窟探検の疲労も忘れる勢いで、自然と足が急かされてくる。
こう、あまり長いこと会う時間を欠いていると、いつか愛想を尽かされてしまうことだってあるだろう。ミモザに限ってそんなことはないとは信じたいが、それでも不安というものは募る。
今のうちに手持ちの戦利品を確認してみる。予定では大体全部売っ払うつもりではあるが、何かいい手土産になるものはないか漁ってみた。
あのお人好し冒険者組はコーベの持ち帰った宝を山分けするから、我の分はそのまま丸ごと持ち帰っていいと言ってくれたからな。
鞄の中はそっくりそのまま財宝が残っている。
金銭的な意味で価値のありそうなものはある。オリハルコン製の腕輪とか、これだけでも我の屋敷をもう一軒建ててもお釣りがくる。
ただ、ミモザに渡すとなるともう少し精査しておきたい。せめて魔具に加工しやすいような素材になるものでもあればいいのだが。
見繕うとしても、金銀財宝よりかは洞窟の途中でついでに採取してきた天然の炭酸水とか、猛毒ナメクジの粘液とか、そっちの方がミモザにあっているような気がしてしまうのは何故だろうな。
なんというか、我もミモザには沢山のものをプレゼントしてきた。
それこそ出会った頃など服や食べ物、それから加工場や魔具の素材、魔法技術の知識、後々にはお店そのものもプレゼントしたこともある。
今さら高価な品を渡す意義があるのか疑問に思う自分がいる。
なんだったらミモザなら宝石の装飾品よりも毒虫の死骸の方が喜びそうな気がしてしまう。もっと喜びそうなものがあるはずなのだがな。
まあ、こんなことで無駄に立ち止まっている時間も惜しい。何をお土産にするかはパエデロスに着いてから考えるとしよう。
※ ※ ※
見慣れたパエデロスの通りをさも普段通りに歩く。通りがかる連中は、相も変わらず人間だけでなく、エルフやらオーガやら獣人族やらと実にカラフル。
令嬢フィーとしての格好ということもあり、通りすがりに振り向くものもそう多くはない。ふはははは!! あまり我の美貌に見惚れるなよ。
そんなことは良しとして、瞬間的人違いを解除したせいか、荷物が若干重く感じる。別にこれには筋力を増強するような付加能力はないが、身長が一気に縮まったこともあって、体積的な意味で荷物とのバランスが崩れてしまったようだ。
魔法で誤魔化し誤魔化しでやってきたが、魔力の蓄積石は洞窟を抜け出した時点で底をついていて、今は素で荷物の重さに耐えている。これは思わぬ想定外だった。
ただでさえ冒険帰りで疲れているというのに、目の前がかすんできそうだ。
パエデロスでも随一の令嬢と呼ばれているこの我が、今にも自身の荷物に押しつぶされそうな醜態を晒している事実に、泣けてきた。
「はぁ……、はぁ……、ダメだ……、も、もう歩けそうにない……」
足が心的な意味でくじけて石畳の上、ぺたんと落ちる。
何処か都合よく、屋敷の使用人がブラついててくれたらよかったが、さすがにパエデロスの広さ的に考えてみてもそれは早々ありえない。
こんなことならオキザリス辺りにパエデロスの入り口辺りで待機してもらえばよかったのかもしれない。アイツなら例え帰る日を伝えなくとも毎日そこでジッと主の帰りを待ち続けているような気もするし。
とはいえ、屋敷まではもう少し遠い。まさか財宝の詰まった鞄をこの場に置いて帰るわけにもいくまい。いくらなんでも無防備すぎる。
戻ってきたときには鞄の中身など埃すら残らんかもしれん。
ふと、辺りを見回してみる。うむ、いつもと変わらぬ人だかり。
ここはパエデロスの心臓と言ってもいい、毎度お馴染みに市場だった。
そこで何やら向こうの方が妙に騒がしいことに気付く。
「今日は、何か曲芸師でも来ておるのか? ずいぶんと賑やかじゃないか」
ずりずりと鞄を引きずりながらも、踏みつぶされないよう注意しつつ、一段と人だかりの密度が濃い場所に進んでいく。何だか歓声まで聞こえてきた。
「さあさあさあ、どうする? お次は誰がいくかぁ!?」
見てみると、広場にちょっとした舞台が設けられており、その上に商人らしき男たちが並んでいた。
舞台の下では、いかにも金を持っていそうな輩が熱のこもった目で力んでいた。
「じゃあ俺だ。この商品を見てくれ。西の山から採れた魔晶鉱石だ! これだけのサイズはなかなかお目に掛かれないぞ!」
商人の一人が躍り出たかと思えば、舞台の一番目立つ場所にそれを置く。
自慢げな顔を浮かべているが、確かにそこに置かれた鉱石はかなりの希少なものだ。何処かの王宮に献上されてもおかしくはない代物だろう。
観客たちは「うおおおおぉぉ」と雄叫びのような声を挙げ、次々に「4ゴルド!」「俺は8ゴルド!」「12ゴルドだ!」と値段を叫んでいる。
そして、ほんの少しの間、沈黙が続いたかと思えば「落札!」と舞台上の男が木槌を力強く鳴らした。
ふむ、これはオークションだな。そういえば最近はパエデロスでもたまに行われているとは聞いたことはある。こうやって一つの商品に客たちが値段をつけて売りさばいていくわけだ。
それにしても凄い額が飛んできたものだな。パエデロスの物価が高騰しているのは知っていたつもりだが、金貨をそんな容易くはたいてくるとは。
もしや、これは都合がいいのでは?
丁度我の手元には大量の財宝がある。これを一気に売り払ってしまうチャンスではないか。どうせこのまま持ち帰る気力もないし。
「お買い上げ、ありがとうございまーすっ! さぁー、お次はどうですか? 今度はどんな商品が繰り出されるかっ!!」
舞台を中心にヒートアップしている様子が窺える。
他の商人たちがまごついている。出て行くとしたらまさに今だろう。
「ふははははははははははっ!!!! 我だっ!!!!」
壇上に飛び上がる。思いっきりカッコつける予定だったが、荷物が重すぎて若干よろめいてしまったが、なかったことにして、仁王立ちで取り繕う。
「フィー様だ」「フィー様ぁ?!」「なにぃ、フィー様だと!?」
一瞬にして会場がざわつき、そこでくすぶっていた熱気が最高潮のさらにその上をぶち抜く爆発的な大歓声に包まれる。
「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉ!!!!!!」」」
う、ちょっと耳がキンとしてきた。というかフラっとしてきた。
「まさかまさか、ご令嬢フィー様の乱入だぁー!!」
「さあ、我の品を見ていってもらおうか!!」
そこから我の独壇場が始まった。
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