校内に設けられた集会場に集まってきた我らは、とりあえず空いている席を探して適当に座る。勿論、ミモザは我の隣で、生徒ではないオキザリスは立ちだ。
ついでにコリウスは大テーブルを挟んで向かい側に座った。
見学の時にも見て回ったが、なんとも仰々しい内装だ。
その見かけだけなら教会のような荘厳さがある。今は、新入生どもがワイワイガヤガヤうるさくしているから教会の静寂さにはほど遠いのだが。
しばらく天井から吊り下がっているシャンデリアをなんとなしに眺めていると、壇上にゾロゾロと見知った顔が現れる。勇者ロータスと、魔女ダリアと戦士リンドーと、あとは誰だったかな。レッドアイズで見かけた気がする。
あの並びの感じだとアイツらが教職員なのだろうな。そこに僧侶マルペルがいなかったことを幸いに思おう。
「新入生の皆さん、おはようございます。そしてネルムフィラ魔導士学院にご入学おめでとう。俺が一応この学校の校長ということになっている、ロータスだ。以後、よろしく頼む」
集会場内が、一気にざわつき始める。
そりゃあまあ、まさかの世界を救った勇者が校長なんてやっているわけだし。事前に知っていたとしても目の当たりにしたらそうもなる。
聞き耳をたてなくとも「勇者様だ、本物だ」「生勇者、久しぶりに見た」という声やら「勇者くらいパエデロスにいれば珍しくないぜ」「レッドアイズいけばいくらでも見えるぜ」という声やらが聞こえてくる。
「長い前置きは苦手でね、何から喋ったものか……、生徒さんの中には俺よりも年配者も多いようだし、困ったものだな」
相変わらずロータスはロータスのようだ。いつもの調子と大差ない。
「この学校にきた諸君らは、魔法という技術を学びに来ている。しかし、それらは決してただの便利な道具なんかではないことを重々承知してもらいたい。これから学んでいく上でも、そのことを心がけて――」
ぁー、ダメだ、眠くなってきた。手短にとか言ってたのに長話コースに入っておるじゃないか。本当、クソ真面目な男だ。
途中からロータスの武勇伝に入り始めた辺りで、呆れ顔のダリアが横から耳打ちして、とりあえず話は終わりになったようだ。
興味津々の生徒もいたようだが、中断されてせいせいしたわ。
「おほん。では、改めて。入学おめでとう。卒業までよろしく頼む。続いて、教師の紹介に移ろう」
ロータスがそう促すと、後ろに並んでいた連中が前に出てくる。
「ダリア・ノベルティよ。変な魔法の使い方をしたらビシバシ叱っていくからそのつもりで!」
わざわざ手のひらに炎の球を作ってみせて教師アピールする。そんな脅しを入れなくても赤髪の魔女の脅威を知らん者がいるとは思えんが……。
というか、自分が変な魔法の使い方をしていることにツッコむべきか。
「リンドーだ。魔法学校ということでちょいと場違いかもしれんが、体力面も疎かにはできん。体育指導を担当させてもらうから覚悟するように!」
いつもより軽装ながらも防具を身に付けた大男がどっしりと構えながら声を張り上げる。兵隊の号令のような大音声だ。
いや、実際にアイツはそういう立場だし、むしろなんでレッドアイズからこっちの学校に来たのか分からん。そんなに暇なのか? それともその逆か?
「カーネ・ディアンカリーだ。魔法薬学についてはこの私に訊くように」
ギンギンと眼鏡を光らせながら刺すような強い口調で言い放つ。リンドーと同じくレッドアイズから来たのだろう。見るからに気難しそうな男だ。
もう既に叱られているかのような気分にさせられる。
「こ……、こんにちはぁ……、あの、その、わ、わ、私は、呪い――あっ! じゃなくて! マーガ・キッキバルです! 呪いとか、ええと、そう! 呪術に関しては……詳しいです!」
なんだあの弱々しさを体現したかのような女教師は。ところどころ声が小さかったり、急に大声をあげたり、なんとも落ち着かない。
しかも、たどたどしいながらも自己紹介の内容が不気味だし。
「こちらのキッキバル先生はレッドアイズの国立魔導学院を首席で卒業した大先生よ。とても凄い人だから敬ってね」
よほど見ていられなかったのか何故か横からダリアが割り込んで紹介を代弁してきた。あのダリアが凄いというからには本当に凄いのだろう。その当人はビクビクしているが。
「はっひ!? あの、その、ええとぉ……そうなので、どうぞ、よろしくお願いしますぅぅ……」
マーガと名乗る女呪術師がそうペコリとお辞儀すると、照れ隠しなのかフードを頭からすっぽり被り、顔を丸々隠してしまった。
薄闇の向こうから覗き込んでくる感じが、何とも不気味さを増す。
教員はこれで全員だろうか。
そう思っていたらロータスが再び壇上の前に出てきて声を張る。
「本当はあともう一人、防衛魔法担当の先生がいるが、ちょっと手続きの問題もあって今日のところは欠席とさせてもらっている。挨拶はまた後日とさせてくれ」
よく分からんが一人足りていないらしい。校長が勇者で、魔法全般が魔女で、体育が軍事国家の兵士。薬学に呪術、そしてまだ姿を現していない防衛魔法か。
貴族のために勉学が必要とか何とか言っていたような気もするが、結構偏っていないか? それとも魔導士学院ではこういう構成が普通なのだろうか。
それにしたって教員の面々、随分アクの強い連中を揃えてきたものだ。この分だと欠席している教員とやらもまともじゃなさそうだ。
「それじゃ、自己紹介も終わったことだし、堅苦しい入学式はこれでおしまい。続いて新入生のクラス分けを始めるわ。案内に従って、試験会場に向かってね!」
と、ダリアが声高らかにアナウンスすると、集会場内はまたどよどよとした声が響き渡っていく。やはり、大半は試験のことを聞かされていなかったのだろう。
というか、長い校長の挨拶と、教員の自己紹介で入学式終わりなのかよ。
事前に聞かされていた我にも、今のは唐突すぎると思ったくらいだ。本当に大丈夫なのか、この学校。段取りに難があるような気がする。
まあ、おそらくクラス分けが本日の最優先事項なのだろうな。
いきなり試験があると聞かされた生徒たちは渋々口々グチグチと愚痴をこぼしながら教職員の誘導に従い、集会場から出ていく。
さて、いよいよ我も覚悟を決めなくてはな。
「試験、頑張りましょうね! フィーしゃん!」
隣でミモザはふんすと鼻息を荒くする。
そのくらいの意気込みで我もいきたいものだ。
「同じクラスになったらよろしくお願いしますね、ミモザさん、フィーさん」
お前は正直どうでもいい。もしもミモザと同じクラスになって、我だけ外れたらこの学校に火をつけてやろう。
「それでは参りましょう、お嬢様」
あの退屈な時間をずっと立ちっぱなしでいたオキザリスは顔色ひとつ変える様子もなく、きびきびとした態度だ。
流れのまま廊下へと赴くと、先ほど自己紹介した教員とはまた違う、がっちりとした兵士のような連中が頑張って生徒達を誘導している光景がそこにあった。
「新入生たち! 試験会場はこっちだ!」
「慌てなくてもいい! ゆっくり前に進むんだ!」
何やら大変そうだな。結構な渋滞を起こしているじゃないか。
イライラ具合が見てとれるようだ。
先ほど集会場にいた数だけでみても新入生はざっと二百人以上はいたはず。
そのいずれも貴族ばかりだったし、従者も引き連れていたから余計に多い。
無駄にプライドが高い輩もいるようで、統率も上手くとれていないようだ。
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