暖かな日差しがこのパエデロスの街を包み込み、何ともはや清々しい朝を演出しているようだった。
そんな太陽の下、我は何をしているかというと、ミモザの店の前に並べておいた植木鉢に水を与えてやっていた。すくすくと育つが良い。
「おーおー、朝から精が出ますねぇ、フィーちゃん」
そんな最中に現れたのは、おそらく巡回中であろうダリアだった。
「お前も朝からご苦労なことだ」
あまり休みというものもないのだろう。コイツとそのお仲間のおかげでパエデロスの治安も守られているのだからな。サボられては一大事というもの。
「というか、魔王なのに花を愛でてるの? なんかイメージと違うんだけど」
「キサマ、我を無差別的な破壊を好む絶対悪か何かと勘違いしてはおらぬか? 我の行動原理は自然の摂理に反する人間どもと相反しているだけであって、花を愛でることは我の思想に反することではない。あと、みだりに魔王と呼ぶな」
辺りを見回した限りでは幸いにもそこまで人通りは多くなく、聞き耳を立てている者もいないようだ。やれやれ……ヒヤっとさせてくれる。
これでも一応我は人間社会に忍び込んでおる身なのだぞ。
「ごめんごめん、つい。ところでミモザちゃんはお店の中? まだ寝てるの?」
「逆だ。寝ていない。間違っても中に入ろうとするなよ」
我の言葉の意味するところを上手く汲み取れなかったのか、ダリアはきょとんとした顔をしていた。少しの間を置いてハッとする。
「ああー、魔具を造ってるのね。てか、また徹夜? 大丈夫なの?」
「我ももう既に諦めた。邪魔をするとミモザも不機嫌になるしな」
魔具の製作が調子に乗っているときほど集中を極めてミモザは修羅になる。ああなってしまうとどうしようもなくなる。
時には夜通しどころか、昼夜の差も分からなくなるほど体力の限り無茶ばかりするから、我も何度か止めさせようと試みたこともあったが、やるだけ無駄だということをミモザと付き合ってきてよく理解した。
ミモザもあのなりだし、一見真面目で、素直そうな印象を抱きがちだが、魔具の製作に関して言えば一転する。放っておけば髪もボサボサでデロデロの油まみれになるし、全身から鼻がもげるほどの異臭が漂ってきても平気で作業し続ける。
まさしく職人気質という奴なのだろう。
だからこそ品質の良い高性能な魔具を造ってこれたとも言える。
まあ、かといって逆に放っておきすぎもよくない。
しばらく音沙汰がないと思ったら工房の中で餓死寸前の状態でぶっ倒れていたこともあったくらい。見極めが肝心ということだ。
「で、なんだ。ミモザに用でもあるのか?」
「ちょっと近くを通っただけだから、そんな特別に用事でもないよ」
「我はてっきりまた魔具の査定かと思ったわ」
そう言うとダリアは少し苦笑いする。
「私も何度かミモザの指導をやらせてもらってたけど、物覚えは悪くない割には意外と頑固ものなのよね、あの子。できることはとことん突き詰めるまでやりきらないと気が済まないというか……だから販売基準を叩き込むのも苦労したわ」
「親友を名乗る我が言うのも何だが基本はアホだぞ、ミモザは。妥協というものを知らん。気付いたら作業以外のことは何もせんし、しようとも考えない。だから我が事あるごとに湯浴みさせたり、食事を摂らせてやっておるのだ」
「それじゃ本当に手間の掛かる子供みたいね」
アハハ、とダリアが笑い飛ばして言う。
そんなくだらないミモザトークで盛り上がっていると、ふと店内の方から物音が聞こえてきたような気がした。そろそろ終わったのだろうか。
「フィーしゃん、できまし……あ、ダリアしゃんもいたのれふね」
扉を開けて姿を現したのは噂の渦中の我が親友、ミモザだった。これまた毎度のことながら凄い有様でのご登場だ。
ほんの一瞬だけ、ダリアが顔をしかめそうになったのを我は見逃していない。
何をどのようにしたら身体中をそこまでデロンデロンに汚せるのか想像もつかない。汚水の溜まったプールにでも突き落とされたのだろうか。
髪の毛もゴワゴワのバリバリだ。この時代にはそぐあわないヘアスタイルであることは分かる。何世紀かしたら流行りそうだ。
おそらく、ミモザだと分かっていなければ、ソレを見てミモザであると認識するのは難しいのではないだろうか。
「もう仕込みは終わったのか?」
「はい、今日のも最高傑作れふ。きっと売れましゅよ」
今日の、とはいつの今日のことを指しているのか曖昧なところだが、ミモザが嬉しそうで何よりだ。
「さて、ミモザ。疲れただろう? 我の屋敷に来い。また一段と汚れておるからな」
ついでに一段と異臭を放っておるし。
「えへへ……はいっ。あ、そうだ。ダリアしゃんも一緒にどうれふか?」
「え? 私も?」
急に振られるとは思っていなかったのか、不意を突かれて驚いた様子だ。
というか、我も驚くぞ。コイツを我の屋敷に招待するだと?
ついぞ先日には我を殺そうとした勇者の仲間ではないか。
「フィーしゃん、ダリアしゃんも一緒でいいでふか?」
「――うむ、いいぞ。人数が増えたところで何ら問題はない」
二つ返事かよ、というダリアの心のツッコミが聞こえた気がするが気のせいだ。
※ ※ ※
「広っ! てか、広っ! さすがご令嬢様は違うわ」
大浴場にダリアの声が反響する。まったく、なんで我が勇者の仲間なんかとよりにもよって裸の付き合いをせねばならぬのだ……。
まあ、ミモザが喜んでおるのならいいか。
「ふへへへぇ……みなさんと湯浴みできるの楽しいれす」
使用人数人がかりでセッセと洗われたミモザもなんとかキレイになったようだ。
デロデロの髪もすっかりつやつやとした太陽のような小麦色になっている。
「やっぱりこうやって並ぶとキミら姉妹みたいだわ。うん、色んな意味で」
ダリアは果たして何を見比べてそういったのだろうな。
「いやぁ~、にしても朝からひとっ風呂とは贅沢しちゃってるわ、あはは」
「ダリアさんはいつも街のためにがんばってくれてるからごほうびでしゅ」
まあ確かに、このパエデロスの治安が日に日によくなっていっているのはダリアたちのおかげではあるし、そのためにどれだけの苦労をしているかも知っている。
褒美の一つや二つ、くれてやってもお釣りは出るか。
我にとっては弱体化の要因となっているのだが、もう何も言うまい。
もはや何をしても手遅れなほどに最弱なのだから、治安がよくなってもらわなければ我も困る。また荒くれ者どもに襲われようものなら敵わん。
「どうせ日頃の疲れも溜まっておるのであろう? 羽を休めるくらいよかろう。我が許可してやる」
「どの立場で言ってんだか……でも助かったよ。ここのところは寝付きも悪くってね。休んでも休んだ気にならなかったし」
ダリアはウーン、と両手を挙げて伸びをする。……まったく、こんなもんを二つもぶら下げよって。我に対する当てつけか?
「じゃあ、ダリアしゃんも一緒に寝ましゅか?」
とろ~んとした顔でミモザが言う。そろそろ眠気が押し寄せているのだろう。
「それもいいね。と言いたいところだけど、そこまで甘えるわけにはいかないよ。私にもまだ仕事があるわけだしね」
「残念れしゅねぇ……」
そこでまたミモザがふわわぁ、と大きなあくびをした。
「さて、そろそろ上がるとするか。立てるか、ミモザ」
「ふみゅぅ~……」
「あらあら眠そうねぇ」
今にも湯船に沈んでしまいそうなとろとろのミモザを半ば引き上げるようにして、朝風呂を終えることにした。
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