※使用人サイド
使用人たちは、どうにも驚いていた。
パエデロスでも随一の富豪と知られる令嬢フィーのお屋敷。その実、資産の出所に関しては不明な点も多く、主であるフィーは湯水のように日々使い続ける。
裏で囁かれていることとして、フィーが何処かの貴族の家出少女で、その親からくすねてきた宝石類を売って資産にしているのではないかという説が有力だ。
ともなれば、いずれは底を尽きることは目に見えていた。特に、パエデロスは繁栄していくに比例して物価も高騰しつつある土地。不安は募るばかり。
さしもの使用人たちとて、ただ仕えるだけの無能ではない。賃金あってこその信頼も当然あるわけで、そこに疑問を持たない方がおかしい。
ところが、使用人たちは、どうにも驚いていた。
それというのもフィーの屋敷が日に日に充実してきているからだ。
キッチンには砥石要らずの魔法包丁や、万能な魔導駆動式のオーブン、冷蔵するという機能を持ち合わせた貯蔵庫に温度調節のできる魔法のポット。
コックは大助かりで、ただでさえ絶品の料理にもますます磨きが掛かる。
同じくそこに勤めるメイドたちも、埃やゴミを吸引してしまう掃除する魔具やら、洗濯物を放り込んでおけば洗ってくれる魔具など便利なものが増えて大満足だ。
屋敷全体がただの富豪という次元ではない、格式の高さを主張しつつあった。
こんな魔具は、都会でもなかなかお目に掛かれない。かの有名な先進国と謳われるレッドアイズ国でさえ、よほどの名家でもない限り、ここまではない。
疑問、疑問、疑問だ。
フィーのお屋敷の資金源は一体どうなっているのだろうか。どのような大富豪であったとしてもその資産が無尽蔵であるはずがない。
その答えの一部を知っているメイドでさえ、その現実を把握しきれてはいない。
「オキザリスしゃん、こんにちは。フィーさんはまだ帰ってきてないのでふか?」
フィーのお屋敷の玄関先に現れたのは、主の次に出入りの多い客人。太陽に照らされる小麦の如き金髪と、空色をした瞳で、ズレたメガネを掛けたエルフの少女。
自他共に認める令嬢フィーの親友のミモザだった。
このパエデロスにおいて、フィーの次に有名といっても過言ではない。
むしろフィーよりも有名ではないかという噂もあり、そのようなことを口にすればたちまち血を見る論争となるであろう。
「ええ、お嬢様はあれからお戻りになっておりません」
丁寧な語調でシャキッと答えたのはこれまた小さなメイド、オキザリスだ。
このお屋敷に勤めて極めて浅い、新人の中の新人ではあるが、過去の経歴を探ると、レッドアイズ国の城に勤めていた過去を持っている。
「フィーしゃんのことだから大丈夫らと思いまふが……心配れすね」
ミモザは首を傾げて口元をしぼる。
「ミモザ様のご用件は以上ですか?」
定型文のようにオキザリスが鋭く切り返す。別段、オキザリスはミモザに対して激しい拒絶を示しているわけではなく、ただ単に生真面目なだけだ。
ミモザの方も最近その辺りを把握しつつあった。
「いえ、本当はフィーしゃんにも見てもらいたかったんでふが……」
そういって背負った鞄から取り出したのは、一見するとただの灰色のブレスレット。その側面には模様のように何やら文字がぐるりと刻まれていた。
「それは新しい魔具でしょうか」
「わたしの気持ちの込められた、渾身の作品れす。でも、魔具ではないんでふよ。最近たまたま珍しい素材が手に入ったから造ってみました」
ミモザはニコっと笑ってみせた。
オキザリスはそのミモザの手の中で光る腕輪を眺めてみる。銀のような灰色をしているが、銀そのものではないらしく、輝き方はその比ではない。
「変わった金属のようですね」
「はいっ、ミスリルでできています!」
「ミ、ミスリル……? よくそのようなものを入荷できましたね」
ミスリルといったら希少鉱石の一種だ。
羽のように軽く、鋼よりも硬く加工することのできる金属で、その一寸のくすみもない美しさは多くの貴族を虜にしたとも言われている。
「山の民の方がパエデロスの市場に来てまして、本当に運がよかったのれす」
エルフを森の民とするならば、山の民はドワーフなどを指す。まさかそんな種族までパエデロスへ来ていたことにオキザリスもやや驚く。
「値段も張ったのではないですか?」
「えへへ……ちょっと奮発しすぎてしまったのです」
ミモザは未だ金管理に危うい面を持っていることをオキザリスは何となしには察していた。奮発しすぎた、という言葉はおそらく本人が思っている以上の出費に違いない、そんな確信さえあった。
「わたしの――ええと、エルフの言葉で、真なる銀という意味があるんでふ。この腕輪もエルフの絆という名前で、その親愛なる友に贈るものなんれふ」
少しばかり頬を赤らめながらも、ミモザは腕輪――エルフの絆を指先で弄る。
「エルフの絆、ですか。でしたら、お嬢様がお帰りの際にお渡ししましょうか?」
「ふみゅぅ……できれば自分の手で渡したいです」
「失礼しました。では、お嬢様にはこのことは伏せておきます」
「ありがとうございまふ」
ミモザはペコリと大きくお辞儀し、落ちかけたメガネを抑えて位置を調整する。やはり少しズレてしまったが、当の本人はそこまで気にしていないようだ。
「そういえば、オキザリスしゃん。こないだの、魔具はお役に立ちましたか」
「ええ、素晴らしいものを頂き、本当にありがとうございます」
「ふへへぇ、よかったのれす。オキザリスさんから聞いた話だけで造ったからちょっぴり不安れしたから」
こないだの魔具。それはとどのつまり、フィーの屋敷で使用人たちを驚かせているオーブンやら洗濯機のことだ。
ついぞ先日より都会であるレッドアイズ国からやってきたオキザリスの話を参考にミモザが作り上げ、その度にフィーの屋敷に提供されてきていた。
それというのも、ミモザにとってフィーは親友であると同時に恩人でもあるから。
よそにいけば、金貨銀貨を何枚も積まなければならないような高級品であっても、ミモザにとってはお構いなしだ。
パエデロスで一目おかれているミモザの魔具店を建てたのは誰でもないフィーだし、設備の整った工房やら高度な魔法技術のレクチャー、良質な魔力を秘めた材料の提供など、数え切れないくらいミモザはフィーに助けられている。
むしろ、フィーの方が無駄にミモザのために出資している傾向は強いともいえる。
今でもミモザはフィーに店の売り上げをじゃんじゃんと謝礼代わりに渡している。
当初は多額の借金と思われた膨大な額もとっくの昔に完済済みだ。
それでもなお高級魔具店である売り上げは支払われ続けているし、最新作となる魔具の数々もこれこのようにとフィーの下へと届けられている。
おそらくは、フィーの屋敷に勤めている多くの使用人たちが疑問に思っていることの半分くらいの答えはミモザによる功績が占めていることだろう。
どうして目に見えるような資産がなく、それでもなおパエデロス随一のご令嬢は当たり前のように金持ちらしい生活を続けていけるのか。
何のことはない、過剰なキャッシュバックによるものだ。
無論、ミモザから謝礼を貰ってることなら九割の使用人が知っていることだが、金勘定に疎いミモザの采配によってその帳尻があっていないことが大体の原因である。
銅貨数枚が金貨数十枚になって返ってきているようなものだ。
「はぁ~……フィーしゃん、何処に行っちゃったのれすかねぇ……」
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